episode 25 深淵に住まう少女
「…………どこだ、ここ?」
何故か俺は真っ暗な空間の中にポツリと立っていた。どうしてここにいるのか、混乱する頭の中である一つのことがよぎった。
「ッ!!ニコル!!」
叫んでも誰も返事を返してくれない。あの後いったいどうなった?俺は確かニコルを―――。
「殺してないから心配しなくてもいいよ?」
「――ッ!!」
いきなり女性の声が聞こえてきた。突如目の前が光り出し、弾け散った。まるで武装展開の光を何倍にもしたような明かりに、一瞬目が眩む。
徐々に視力が戻るにつれ、声の主を確認する。
それは不思議雰囲気を纏った少女だった。歳は俺と同じぐらいだろうか、おっとりした笑顔を浮かべながら長い透き通るような黒髪をなびかせている。
「……だれ?」
こんな訳の分からない状況でも口は素直な疑問を呟いた。
だが、反対になぜか少女は驚愕に目を見開いた。
「わからないん?私はいつもあなたと一緒にいるのに……」
驚愕から一転、心底悲しそうな目をする目の前の少女に、何故だかわからないが罪悪感を感じてしまう。
だが、本当にわからない。これは事実だ。それなのに知っているような気もしてならない。自分の気持ちに混乱しながら少女を観察する。
結論から言うと見覚えすら無い。彼女の口振りからすると、ただ一回だけ通り過ぎただけの人というわけでも無いだろう。まだ若干の寂しさを漂わせる表情をしながらも無理に笑顔を作って俺に微笑みかけてきた。
「まぁ仕方ないかな。そのうちわかるようになるから」
そう言って笑顔を向ける彼女に、心のどこかで何かが引っかかるような感じがした。曖昧な気持ちを引きずりながら、とりあえずこの疑問を置いておく。
「君はここがどこだかわかるか?確か俺は気を失って……」
「ここ?ここはあなたの心の中。あなたの深層意識の奥深く」
は?今なんて言った?
首を傾げる少女からとんでもない単語を聞いた気がするが気のせいだろう、きっと。
「えーっと、もう一回言ってくれない?」
「だからここはあなたの心の中」
あははー、なんだか目の前が真っ暗だよ。あ、元から暗いのか。
全く意味が分からないといった面もちで首を傾げる少女。俺の方がわけわからないです。すみません。
混乱のおかげか、面白くもないことを思いながらどうにか平静を装う。
「ま、まぁ百歩……いや、一億歩譲ってそういうことにしとく。で、なんで俺はそんなとこに来てんだ?なんであんたはそんなとこにいんだ?なんで――」
「落ち着いて」
どうやら言動までは平静とまではいかなかったらしい。口からいくつもの疑問が吐き出されるが、彼女に指摘されて恥ずかしくなる。微笑む彼女は、どこから話したものか、と言った感じで人差し指を唇につけて可愛らしく考え込んでいる。
やがて考えが纏まったのか、俺に向き直った。
「じゃあ、まずあなたがここに来た理由から。まぁ、ここはあなたの中だから少し語弊があるかな?」
おどける彼女に目で促す。だが、
「理由は簡単。私が呼んだから」
「……は?」
間抜けな声を上げたことも、口が開いていることも今は気にならなかった。というより気にしてられない程彼女の言葉は驚きだった。
だが当の本人は首を傾げて「知らなかったの?」的な目で見てくる。
「どういう――」
「すごい頭痛とか眠気とか無かった?もう動きたくないってぐらいの」
「え……」
身に覚えがありすぎる。何度も倒れ、その都度誰かに迷惑をかけてきたあれだ。
だがなんでそんなことをこいつが知っている?
「だって私がそうしたんだもの」
「――ッ!?」
俺の思考を読みとったような言葉と、その内容に驚愕する。一体こいつは――。
「一体こいつは何なんだ?何処までが本当のことなんだ?って思ってるでしょ」
「――ッ!!」
また考えていることを読まれた。間違いない、こいつは俺の思考を呼んでいる。俺は鋭くを睨む。だが、
「……フフフ……アハハハハハハッ!!」
突如、信じられないことに彼女は俺の表情を見て狂ったように笑い声をあげだした。
優しい笑顔から一転。陶酔したような彼女に呆然としながらも警戒を解かない。豹変した彼女はなおも笑い続ける。だが、徐々に笑い声も小さくなっていき、彼女は先ほどと同じ笑顔を向けてきた。
「ごめんなさい。あんまり反応が可笑しかったものだから」
可笑しかっただけで年頃の女の子があんな声で笑っちゃだめだろ。若干引きつった笑みを浮かべながら、そんなことを思ってしまった。
まだ警戒を解かずにジッと睨み続ける。そんな俺の態度に再び口元を吊り上げて獰猛な笑みを浮かべるが、どうにかこらえたのか、笑顔のまま語りかける。
「なんで考えが読めるのか、だっけ?簡単よ。それはここがあなたの心の中で、こことリンクしている私はあなたの心と繋がってる。だから思考が読める」
「な――ッ!!」
いきなりそんなことを言い出す彼女に今日何度目かの驚きを露わにした表情をする。俺の心にリンクしているだって?ふざけんじゃねーよ。
勝手に自分の心がいじられたような、そんな感慨が胸を打つ。だが一つ引っかかる。
「ちょっと待て。じゃあなんで俺はお前の思考が読めない?」
「そんなのあたしが人間じゃなくて、心を持たないからに決まってるじゃない」
何言ってんだよこいつ。全然意味わかんねーよ。
もう色んな意味で錯乱してきた俺はキツく彼女を睨む。そんなことをしても向こうを喜ばせるだけだとわかっていてもそうせずにはいられなかった。
予想通り彼女は恍惚とした笑みを浮かべて嬉しそうにしている。歪んでやがる。
「じゃあ何か?お前は俺の中に住む住人で、俺と話があるからあの頭痛を使って俺をこっちに呼んだってのか?」
「住んでるってのはちょっと違う。まぁいいけど」
こいつ……。
「ならとっとと用件言って元のところに帰せよ」
ここで殴りかかっては帰れない、なんてことにもなりかねないため自制する。だが、向こうの反応は期待したのとは真逆の答えだった。
「話しても帰してあげない。と言うよりまだ帰せない」
「何言って……」
俺が呟くのと少女の顔がいきなり眼前に現れたのはほぼ同時だった。反射的に後ろへ下がろうとするが、何故か体はぴくりとも動かない。
そんな中彼女の声が辺りに透き通るように響いた。
「あなたは何が欲しい?何を求めて、何を望むの?」
幾分か温度の低い問い。先程と違って目に力強い意志のようなものが映っている。
突然の彼女の変わり具合と意図のわからない問い。彼女は一体何がしいんだ?
「あなたは何が欲しいの?仲間?金?それとも愛?望めば手に入る。望まなければ永遠に手に入らない」
再びの問い。望み。願い。その単語が頭に繰り返し響いてくる。何故だか心の底から沸き上がってくるもの、それが漏れるように俺の口は動き出す。俺の望み、それは……。
「……力が欲しい。あいつを殺せるだけの力。あいつに屈さないだけの力。そして――」