episode 17 二回戦−痛み−
第21高校、第一アリーナ。
大勢の歓声に包まれながら、俺はそこのど真ん中に立っていた。
こんな中でも先程のライラとの会話が頭に流れ続けていた。
ライラは俺が今限界なんて言っていたが、こんな体調での学校の模擬戦なんて、何度となく赴いた戦地での命がけの戦いに比べたら全然マシだ。
だが、そう思う反面疑問に思うこともある。
この脳が破裂しそうな頭痛はなんだ?
これが血管の痛みだったらわかる。何度となく経験した“あれ”だ。
でもこれはなんだ?
再びの疑問に頭は答えを出してくれない。
これも頭痛のせいか?
いや、普通の状態でも答えはでないだろう。
頭に張り付く問いを無視することに決め、俺は正面を見据える。
目の前では次の対戦相手の男子生徒が屈伸をしていた。
「僕は新原和彦!今日はよろしくねっ!」
顔を上げ、人懐っこそうな童顔なこの少年、新原和彦が大きな声でそう言う。それが耳に入れられた。少し寝たお陰か、さっきよりは大分マシになったみたいだ。
「ああ、俺は華瀬悠希だ。よろしく」
そんな彼にこちらからも名乗ると、それっきり会話も途切れ、周りの騒音とは逆に俺たちは静かに開始の合図を待った。
「これより二回戦の新原和彦vs華瀬悠希の試合を開始します」
女性教員のその宣言がアリーナ全体に響いた。それと同時にざわつきも収まる。
一試合目が嘘のように、まだ痛む頭でそんなことを確認することができた。
そんな中で和彦の呟き声が耳に入る。
「ジェネレート」
そう言い放つと同時に彼の右手に光が集まり弾ける。現れたのは杖だった。
「特化型?」
「そうだよ」
俺の疑問に肯定の返事で答える和彦。
それは綾芽さんと同じ特化型の補助武装だった。
「君は?」
まじまじと見ていると、和彦が首を傾げながら尋ねてきた。その後の言葉が省略されていたが武器をどうするのか、というものだろう。少々迷ったが、今は少しでも魔力の消費を抑えたかったので首を横に振る。
渋い顔をされると思ったが、彼は別段気にした様子も無くただ「そう」とだけ応えて武器を構える。恐らく俺の第一試合の映像でも見たのだろう。ここの会場はカメラがいくつも設置されていて、校内ページでどの試合も見られるらしいからな。
「では始めてください」
そんな感慨に浸っているといきなり開始の合図を告げられ。一瞬反応が遅れた俺は嫌な気配を感じて真横に飛ぶ。
すると俺のいた場所に突如火柱が上がった。
あれ?デジャブ?
前にも同じようなことが合ったような気がして首を傾げる。そんな間にも和彦は術式を展開させ、次々と様々な魔法を放ってくる。
俺はそれをかわし、徐々に距離詰めていく。
残り三メートルを切った頃、俺はある異変に気が付いた。
(なんでさっきから同じような攻撃してんだ?)
和彦の放つ魔法は、全て遠距離系の単発攻撃。属性付きではあるが、当たらないのだから次の手を打ってもいいはずだ。
手札を変える暇がない?いや、でも何か隠して―――。
思考に脳を傾けながらも、徐々に接近する。あと二メートル。
「―――ッ!!」
二メートルを切った辺りから変化に気がついた。
和彦が笑ったのだ。
攻撃が止まる。
刹那の勘を頼りに後ろに飛ぶ。だが、
「もう遅いよ」
和彦が一瞬早く術式を発動させた。俺から半径五メートルの土が、紙を捲るように俺へと迫る。
【土属性魔法:土塊流丸】
上下左右逃げ場のない地面が押し寄せてくる。この魔法は対象がある程度近くにいないと発動ができない。さらに、魔力消費の激しい高等魔法だ。
これが決まれは勝ちは決まったような物だろう。本人もそう思っているに違いない。
まぁ相手が俺で残念だったな。これなら外から中が見えない。
「トレース」
瞬間展開を使って、一瞬で刀形態の武器型補助武装を呼び出し、魔力を込め一閃。
【無属性魔法:風切】
無属性魔法とは、その名の通り属性の無い魔法の総称だ。魔力の塊を打ち出すと解釈してもあまりかわらないだろう。
魔力が斬線にしたがって飛んでいく。そして土の壁にぶつかった瞬間、土の壁が真っ二つに切れた。切り開かれた土の壁を悠然と通り抜け、辺りを見回す。
こちらをみる視線の多くはそんな俺の態度、そして手に持つ刀に疑問や驚愕しているものが大半を占めている。その中でも和彦が一番呆然としているだろう。決まったと思った魔法があっさり切られ、本人は飄々とでてきたのだから当然だ。
そんな彼の心情を察し、素直な感想をもらす。
「よくやるぜ。ずっとあの魔法と他の魔法の術式を並立展開させてたのか。どうりで低レベルな魔法しか打ってこないはずだ」
術式の並立展開、それは複数の術式を同時に展開させることを指す。恐らく三年でも極わずかな人しか使えない技法を彼は不完全とはいえやってのけたのだ。
前にこの学校のレベルが低いなんて思ってしまったが訂正しなければならないな、などと思いながら、和彦との距離を一瞬で詰め、いつぞやのときのように刀を突きつけ、ニコリと微笑む。
「……降参します」
両手を上げる彼のその宣言で、この日の俺の試合は全て終わってしまった。
☆☆☆☆☆
和彦との試合を終えて、俺はすぐに寮へ戻った。
模擬戦中は忘れられていた頭痛などが再び襲ってきたからだ。寮に戻る途中も何度か意識が飛びそうになったが、なんとか到着できた。
着替えるのも億劫でそのままベッドに倒れ込む。
だが、確認しなければならないことがあったため、ポケットに入れたケータイを取り出した。
大会ホームページに接続し、試合状況を確認する。
(紅葉、ライラ、綾芽さんも全勝。ニコルは……)
彼女の名前を探す。
(…………こっちも勝ち進んでるな)
ニコラ・ベーレの名前を見つけ、内心で安堵すると共に当然か、とも思った。このままいけば明日の最後には俺と当たるのか。
案外早めにやりあえそうだと思いながら、激しい眠気に身を任せ、泥ような眠りについた。