episode 15 沈みかける意識
ドンドン。
ドアを叩く音で俺は目を覚ました。
ドンドン。
喧しい音が部屋を包む。
「おーい悠希、早く起きろ」
「ゆうー、集合に遅れるよー」
この声はライラと紅葉か。
今何時だろう?
時間を確かめたいが、身体がすごくだるい。
「お兄ちゃ〜ん?早くー」
「悠希さーん。私たちまで遅刻しちゃいますぅ」
桜と綾芽さんが催促する。
「ゆう?入るわよ?」
ガチャリと扉が開く音がした。それと同時に4人分の足音がこちらへ向かってくる。
一人足りない気がしたが、それはニコルの物だろう。
「――ッ!?おい、どうした悠希っ!?」
角に差し掛かったところで俺が床に倒れていることに気が付いたのだろう。4人が駆け寄ってくる。
すると綾芽さんが俺の額に手をやった。ひんやりとしていて気持ちいい。
「す、すごい熱ですよ!?」
彼女の言葉に全員の顔色が青くなる。
だが今はそんなことどうでもいい。
「……ライラ、今何時だ?」
「まさか出るつもりなのか!?やめとけって!!」
「何時かって聞いてんだよ」
「ッ!!」
幾分凄みを聞かせた声を投げかける。そんな俺に呑まれたのか、ライラはポツリと呟いた。
「……7時57分だ」
「開会式は?」
「…………8時半」
それだけ聞き出すとヨロヨロと立ち上がる。
「ちょっとお兄ちゃん!?そんなふらふらなのに本当に出場するの!?」
心配気に見つめてくる桜。見ると他のみんなも同じ様な視線を投げかけていた。
無理矢理笑顔を作り、桜の頭にポンっと手を乗せる。
「心配しなくても大丈夫だって。そのうち治る。ちょっと準備に手間取るから先に行っててくれ。確か集合はうちの高校のアリーナだったよな?」
「あ、ああ……」
それでも動く気配の無いみんなに、どうしたものかと重たい頭で考えようとすると、紅葉が先に口を開いた。
「行きましょう。ここに居てもゆうが気を使うだけだもの」
「……わかった」
そう言うとそれぞれ部屋を出て行く。
最後に部屋を出て行こうとする紅葉が、ふと足を止めた。
「……絶対来なきゃ許さないから」
「俺が嘘付いたことなんかあったか?」
「…………バカ」
最後に軽口を言うと、紅葉が何か言ったような気がした。だが考えるよりもぐらつきかける身体を支えなければならなくなり、そんな暇も無かった。
体内に魔力を循環させ、筋肉の代わりに魔力で身体を動かす。
自分を一つの機械として扱うイメージだ。
俺はその状態でクローゼットにある制服に着替え始めた。
寮を出たときには既に開会式まで15分を切っていた。走らないと間に合わないだろう。だが、
「ジェネレート」
ブレスレット型の特化型補助武装を呼び出し、魔力を流し込んで、術式を発動させる。
この前と同じ“浮遊”の魔法を使って俺はアリーナへ一直線に飛んでいった。
およそ五分で到着し、近くの茂みに着地する。
もう何をするにしても億劫だ。だがこんなことで諦めていたら一生あの男に屈するような気がしてしまう。
それだけは絶対ごめんだ。
ふらつく身体に鞭を打って、アリーナの中へ入っていく。
中には第11高校の一年生だけで埋め尽くされていた。
これの26倍の生徒数か。
そりゃすごい。
取りあえずCクラスの場所を探す。今日は常に行うことになった身体強化で視力を上げる。辺りを見回すとすぐに紅葉たちを見つけることができた。
「すまん、遅れた」
うまく回ろうとしない舌までも魔力で動かす。もう自分の意志なのか魔力が意志になったのかよくわからなくなってきた。
「……本当に大丈夫なのか?」
「闘ってりゃ忘れられる」
未だに心配そうな視線を投げかけるライラに苦笑する。
すると、ある異変に気が付いた。
「ニコルはどうした?」
彼女の姿が見当たらないのだ。訝しく思って問うと、紅葉が答えた。
「さっきまで居たんだけどね。先生に言ってどっか別のところに行っちゃったみたい」
「へー……」
正直ありがたかった。
今の俺の姿を見たら彼女は失望してしまうだろうな。
そんな感慨に浸っているとついに開会式が始まった。
その時のことは、正直良く覚えていない。
☆☆☆☆☆
開会式が終わったのか、気が付いたら俺は歩いていた。
ケータイを開く。
俺の最初の試合はどうやら15分後、つまり一番最初の第一試合のようだ。
場所は第6高校の第2アリーナ。
意識が無かった割にしっかりしていたらしい。
ゲートがある方角にきちんと向かっていた。
「転移、第6高校」
ゲートに付き、俺は呟く。
すると沢山の光に包まれ、次の瞬間には別の場所に立っていた。
眼前には第11高校とあまり変わらない馬鹿でかい校舎が広がっていた。
ここが第6高校か、あんまりデザインは変わらないんだな。
そんな感慨に浸りながら足を進めるが、ある疑問が過ぎる。
第2アリーナってどこ?
なにぶん初めて参加するもんだから他校のどこにアリーナがあるかなんてわからない。
取り敢えず誰かに聞こうと思い、周りを見回す。するとお喋りをしている女子生徒三人を見つけた。この子たちに聞くことにしよう。
「ちょっといいかな?」
「え?は、はいっ!?」
いきなり硬直し出す彼女たち。だがこっちとしてもあまり構っていられる余裕はない。
「第2アリーナってどこか教えてくれない?」
「は、はい!!えっと、そこを真っ直ぐ行って……」
道を指で指しながら何故かたどたどしく説明しだす黒髪の少女A。だが、
「…………ごめんさっぱり」
さっぱりわからない。
そんな俺をクスッと笑う茶髪のおっとりした少女B。
「よ、よろしければご案内しま、致しましょうか?」
何故かすごく仰々しく提案してくる金髪の少女C。
「ああ、助かる」
俺が頷くと、ガッツポーズやハイタッチを交わし出す彼女たち。訝しげに首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「「「いえっ!!」」」
「凄く息ぴったりだな」
まったくズレの無い反応。俺の素直な感想にえへへー、と照れる少女B。
「そろそろ時間無いし……いいかな?」
「ご、ごめんなさいっ」
と、少女C。
「あ、あの!!私、春日野遥っていいます!!」
少し歩くと少女A――もといい春日野さんが少々テンパりながら名乗ってきた。
少し驚いていると、意図はわからないが同様に他の二人も便乗しだす。
「私は水谷里香だよぉ。私たち三人はここの生徒なのぉ。よろしくねぇ」
「せ、セシリー・ビーンですっ!!よろ、じゃなかった!!ふつつか者ですがよろしくお願い致しますっ!!!」
少女Bこと水谷さんと、少女Cことビーンさんも自己紹介していった。
正直俺は今凄く喋りたくない状態なのだが、女の子に名乗らせといて自分だけ名乗らないのは寝覚めが悪いだろう。
「第11高校の華瀬悠希。よろしくな」
「「「……え、え〜〜っ!?!?」」」
え、何?なんか変なこと言ったっけ?
いきなり驚きだした彼女たちに若干後ずさると、春日野さんが目を爛々と輝かせて詰め寄ってきた。
「も、もしかして波風さんを倒したっていう最近話題の転校生さんですかっ!?」
た、他校にまで伝わってんの!?
広めたやつ出てこい。今は無理だけどミンチにしてやる。
そんな風に質問責めを受けながら歩いていくと第2アリーナに到着した。
「で、ではゆっきーさんまた」
「またねぇゆっきぃー。観客席で応援してるからねぇ」
「が、がんばってくださいませゆっきー様」
珍妙なニックネームで呼びながら手を振ってくる三人。この短時間でいつのまにか愛称で呼び合う仲になっていた。別にいいんだが。
さっき観客席で応援すると水谷さんが言ったが、そこまで時間を取らせるわけには……と、抗議したのだったが、頑なに首を縦に振ろうとはしなかったのだ。
諦めた俺は手を上げて応え、控え室に向かう。
控え室は思いの外広かったが、今は第一試合ということもあって中には誰もいなかった。
途中ベンチに座りたい欲求にかられかけたが、ここで座るともう立てなくなるような考えに捕らわれてしまい、結局座ることはなかった。
開始三分前の放送が鳴る。
俺は重い身体を引きずって球技場内に向かった。