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episode 14 心の弱さ

「ニコラ・ベーレです。よろしくお願いします」


抑揚の無い声で無表情な美少女がそう言うと、クラス中が沸いた。

盛り上がるクラスメートとは裏腹に、俺は顎が机につくかというぐらい口を開けて呆然としていた。


俺の前と左、つまりライラと紅葉が首を傾げながら俺を見ている。



何が起こったかと言うと、ニコルが転入してきたのだ。しかも俺のクラスに。


ふと昨夜の彼女の言葉が頭をよぎる。


『また明日お会いしましょう』


…………。

あいつ知ってやがったなっ!!!


せめて心の準備ぐらいさせてほしい。

恨めしく睨みつけると、クラスメートの熱狂(男子女子両方)を受けながらも無表情のニコルは唐突に俺へと目を向けた。

視線と視線が交わる。


「先生。あそこの席に座ってもよろしいでしょうか?」


ニコルが指差したのは俺の後ろ。

クラス中が静まり返り、俺を凝視する。


だが口を開けて呆然としている俺の意識には入らない。


「はい、いいですよ」


絶対面白がっているミレア先生が頷くと、スタスタとこっちに向かってくる。すると彼女は俺で足を止めた。


「おはようございます悠希さん。昨晩からまだそんなに経っていませんが、今日も1日よろしくおねがいします」


そう言ってぺこりと頭を下げる。

ニコルのこの発言でクラス中から悲鳴なんだか歓喜なんだかよくわからない叫びが上がった。


いきなり何言い出すんだこいつはっ!?


「ゆうき……」

「……ゆう、昨晩何があったの?」

「違う!!激しく誤解している!!!」


ライラと紅葉が俺を疑わしげな視線で見つめてくる。


本当に違うんだーっ!!!!


それから誤解を解くのに1限目の魔術学を丸々使ってしまった。


元凶であるニコルは無表情のまま首を傾げるだけなのだから余計たちが悪い。





☆☆☆☆☆





明日はトーナメントのため、授業は午前中だけとなった。今日は整備のためアリーナも使えず、特訓もできないので俺の部屋はライラ、紅葉、桜、綾芽さん、ニコルの6人が集まって少々狭く感じてしまう。


「なんで俺の部屋に集まるんだろう?」

「さあ?」


俺の素朴な疑問に曖昧に答えたのはライラだ。


「男の子の部屋に入るのって初めてだから緊張しますぅ」

「ここが悠希さんの部屋なのですね。綺麗に整理整頓されています」


初めて来た二人(前者が綾芽さんで後者がニコル)は物珍しげに辺りを見回す。


「お兄ちゃんって昔から几帳面だもんね」


ニコルの言葉に桜が頷く。


「別に几帳面ってわけじゃない。ただ汚いと落ち着かないだけだ」

「世間一般ではそれを几帳面と言います」


ニコルの厳しいツッコミ。

心なしかいつもより表情が和らいでいるような……いやわかんね。


それからくだらないことなどで盛り上がっていると、ライラが思い出したように口を開いた。


「そういえばさ、ニコラちゃんはトーナメントに出られんのか?」

「あー、そうね。なんてったってトーナメントの1日前だし」


それに紅葉も便乗する。もっともな意見だがニコルは首を縦に振った。


「ミレア先生に聞いたところ、トーナメント表に組み込んでいただけるようです」

「そうなんですか。がんばってくださいね、ニコラさん」


笑顔で応援する桜にコクリと頷くニコル。


『で、この子はどういった知り合いなの?』


突然頭に紅葉の声が響いてくる。念話だ。


『だからそんな関係じゃ――』

『そうじゃなくて』


俺の言葉を遮り、真剣身を帯びた声色が頭に響く。


『……なんのことだ?』

『とぼけないで』


誤魔化そうと試みるも、直ぐにバレてしまった。幾分か声の温度が低くなったのは気のせいではあるまい。


『弱ったねー……』


どこから話した物か。


『えっとな――』

『ただの戦友です』


観念して答えようと思った矢先、別の声が割り込んできた。

驚いて辺りを見回すと、ニコルがジーっとこちらを見ていた。


『ね、念意同調!?』


隣ではこちらも驚いた紅葉が目を見開いていた。


念意同調というのは、念意による通信を傍受、または妨害するための魔法だ。


たが傍受する回線に割り込むために脳波をその回線に合わせなければならないため、かなり難しい高等魔法に値する。


『に、ニコル……。脅かさないでくれ』

『こそこそと人の秘密を話すのは感心しませんね』

『『すみません……』』


絶対零度の声に俺たちは消え入りそうな音量で声を飛ばした。


『先程も話した通り、私と悠希さんはただの戦友です。一年前、悠希さんはドイツ軍と合同任務を受け、私はそこで知り合いました』


六年前の出会いは意図的に避けてくれたのだろう。無表情ではあるが人の嫌がることを言わない彼女に内心で感謝を述べる。

それで満足したのか、紅葉は「そ、そういうこと」と半ば逃げるように念話を切った。


今、回線に入っているのは俺とニコルだけ。

だが、妙に重苦しい沈黙がながれていた。


『ここにいる方々はみな知っているのですか?』


沈黙を破ったのはニコルだった。知っているとは俺の秘密のことだろう。

彼女の問いに他のみんなには気付かれないように小さく首を振った。


『……いや、紅葉だけだ』

『そうですか』


それだけ言い残し、ニコルも念話を切る。


さっきの話の意図はなんだったのだろうか?


ただの確認のための言葉だったのかもしれない。

もしかしたら違うかもしれない。


紅葉とニコルの声が聞こえなくなった頭の中は妙に静かに感じた。





☆☆☆☆☆





トゥルルル


ライラたちが帰ったのを見計らってシャワーを浴び、髪を拭いている所でケータイが鳴った。


ディスプレイに表示されているのは『波風一葉』の文字。


時刻を確認する。

今は夜の8時半。

こんな時間に呼び出しだったらどうしたものかと冷や冷やしながら通話ボタンを押した。


「もしもし」

『あ、悠希?今ちょっといいかしら?』


案の定電話越しから一葉の優しい声が響いてきた。


「ああ、できれば外出はやめてほしい」

『安心しなさい。今日は電話で済ますから』


その言葉を聞いた瞬間内心で安堵する。だが、続けられた言葉は安堵とは程遠かった。


『あんたの濡れ衣の件だけど、やっぱり少し可笑しなところがあるのよね』

「おい……」

『違法なことはやってないから問題ナッシング〜』


真面目な話もこいつが話すと緊張感なくなるな〜、このやろう。

俺の考えを即座に否定して言葉を続ける。


『魔力の痕跡が見つからなかったみたいなのよね、見つかったのは殺された術師の物だけ。普通なら武装展開しただけで痕跡は残るはずなんだけどねー。一つを除いて』

「……伝説武器保持者が絡んでるって?」


普通の補助武装は展開の際に魔力を撒き散らすように具現化させる。

だが伝説武器は魔力を発散させずに具現化するのだが、未だにどういうメカニズムで具現化されるのはわかっていない。

俺の推測を肯定するように一葉は話を続ける。


『そう。で、被害者の傷口から推測すると武器は刀じゃなくて剣なんだって。刃渡りはどれくらいかわからないけど』

「日本が保持している伝説武器の中で剣は二つ。俺の“ファランクス”と“デュランダル”だけ、ってことか」


伝説武器、それも剣の類となればある程度は絞り込める。

アメリカの“エクスカリバー”に“テスタロス”、イギリスの“メルフェス”、中国の“スサノオ”そして―――。


「―――ッ!!!ロシアの“ガラドボルグ”!!!」

『そう、私は全部ロシアの自作自演だと思う』


その瞬間“やつ”の歪んだ笑みを思い出してしまう。それと同時に吐き気がこみ上げてきた。

悲しみ、怒り、恨み、憎悪、様々な負の感情に押しつぶされそうな胃を抑え、なんとか耐える。


『……大丈夫?』


ようやく落ち着いたころに一葉の心配気な声が響いてきた。


「ああ、悪い。でもやつが関わってるなら、もう一葉は心配しなくていい」

『なんでもかんでも一人で背負い込むのは悪い癖』


一葉の真剣な声に思わず苦笑を漏らす。


「そうだったな」

『わかればいいの。それじゃおやすみ。明日はがんばってね』

「ああ」


電話を切ると、堪えきれなくなった吐き気と共にそのまま洗面所に駆け込む。


「うっ」


我慢しきれず胃の中の物を吐き出す。何度も何度も。


「はぁはぁ……くそっ!!!」


あいつを思い出しただけで嘔吐する自分の弱さに反吐がでる。

擦り切れるような痛みをあげる胃を俺は思いっきり殴りつけた。


「っ〜〜!」


痛みで床にうずくまってしまう。

そんな自分にうんざりしながら瞼を閉じた。



こんなんでニコルに勝てるのか?

頭をよぎるそんな疑問も、今はどうでもよく感じてしまう。



俺はそのまま意識を手放した。


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