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ここは江戸ではない

はじめまして。なんとなく初めて見ました。もし少しでも面白いと思って下さったら光栄です。

よろしくお願いいたします。

目を覚ました瞬間、鼻を突いたのは湿った土の匂いだった。

冷たく、重く、肺の奥に残るような匂い。


「……どこだ、ここ」


起き上がろうとして、身体が思うように動かないことに気づく。

布の感触がやけに粗い。


視線を落とすと、着物のようなものを着せられていた。


畳。

木の壁。

紙の障子。


テレビも、スマホも、見当たらない。


一瞬、頭が真っ白になり――その後、妙な納得が追いついた。


ああ、これ。

タイムスリップだ。


障子が静かに開いた。


「お目覚めですか」


現れたのは、ちょんまげ姿の男だった。

作り物ではない。

本物だ。


その時点で、俺は理解してしまった。


外は、完全に「江戸」だった。


土の道に木造の家屋。

着物姿の人々が行き交い、下駄の音が響く。


電線はない。

舗装もない。

空は妙に広く、どこか色が薄い。

自分でも驚くほど冷静に、頭が分析を始めていた。

混乱するより、状況を整理した方が楽なのだろう。


話を聞くと、俺は道端で倒れていたところを拾われたらしい。

身元不明の流れ者。


都合のいい立場だ。


数日過ごして、違和感に気づいた。


夜が、異様に暗い。


行灯が少ないからではない。

月が出ていても、星が見えていても、闇が深い。


「……夜って、こんなに暗かったっけ」


そう呟くと、近くにいた男が不思議そうに首を傾げた。


「昔から、こんなもんですよ」

「闇は濃いですからな」


濃い、という言い方が引っかかったが、誰も疑問に思っていない。

そういうものなのだと、受け入れている。


数日後、用水路を掘り直す作業に駆り出された。


鍬を振るい、土を掘る。

思ったより体は動いた。


だが、途中で鍬が弾かれた。


カン、という鈍い音。


「……硬い」


隣の男が、慣れた様子で言った。


「底物だな」

「よくある」


土を払うと、黒い平板が現れた。

表面は均一で、角は不自然なほど真っ直ぐ。


さらに掘ると、錆びた金属片や、割れた透明な破片が出てくる。


――全部、見覚えがある。


だが、村人たちは気にも留めない。


「使えんしな」

「昔の世の廃棄物だ」


廃棄物。


その言葉に、背筋が冷えた。


休憩中、誰かが言った。


「福箱は出なかったな」


「……福箱?」


「ああ、中身入りのやつだ」

「出たら殿様に献上だがな」


詳しく聞くと、こういうことらしい。


地中から稀に出る、中身入りの箱。

それが「福箱」。


中身は、妙に加工精度の高い品ばかり。

一般人が掘り当てた場合、必ず藩へ献上する決まりになっている。


藩、あるいは幕府が検分し――


価値あり、と判断されれば没収。

価値なし、と判断されれば、掘り当てた者へ下賜。


「価値って、どうやって決めるんです?」


俺が聞くと、男は笑った。


「分かりやすいかどうか、だな」


分かりやすい。


「甘い飲み物が入った筒とか」

「食い物とか」

「誰が見ても役に立つもんは、価値ありだ」


逆に。


「板とか」

「意味のわからないものとか」

「使い道のわからんものは帰ってくる」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。


作業の帰り、地主の屋敷に立ち寄った。


座敷の奥、床の間。


そこに――見覚えのある板が置かれていた。


黒く、薄く、傷ひとつない。


スマートフォン。


「それ、福箱の品ですか」


俺が聞くと、地主は誇らしげに頷いた。


「ええ。価値なし、と下賜されましてな」

「使い道は分かりませぬが、綺麗でしょう?」


確かに、ここでは異様なほど整った造形だ。

木でも石でも金属でもない。


だが。


それはただの板じゃない。


通信端末で、

情報の塊で、

世界を繋いでいた道具だ。


でも今は――

ただのキレイな板。


飾り物。


俺は、はっきりと理解してしまった。


ここは過去じゃない。


掘れば、

意味を失った未来が出てくる世界だ。


そして。


その意味を知っているのは――

この村で、

俺ひとりだけだった。

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