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私の主人

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私の主人はとても賢い。



しかし、とても不器用で思い込みが激しい。

それと、人との付き合いが苦手で、子供の頃から付き合いのあった屋敷内の者としかろくに会話もできないのだそうだ。だそうだ、というのは、私たちの前での主人は快活で、朗らかだからである。

そもそも領地で過ごす彼は屋敷内の者以外と話すことが無いし、その必要もない。

 

だから、困ることは一つもないはずだ。

主人はこの領地で必要な人間とだけ交流を持ち、快適に過ごせばよい。

 

しかし、閉じられた扉が開かない。

彼の魔力は明確に私の侵入を拒絶している。私はこの先に踏み込めない。ただその扉の表面を見つめることだけが、今の私に許された位置なのだ。扉は動かず、変わらず、静かに私と主人を断絶する。

それでも、確かに扉の向こうには主人の気配がある。紙を引っ掻くペン先の音、息遣い、物音。主人がそこに在ることだけは私を許している。しかし、主人の声は聞こえず、姿は見えない。

ここは屋敷内だと言うのに、主人から名を呼ばれることもない。


何故、こうなったのか。賢くない私には一つも分からない。


***


私の主人ーーリチャード様は辺境領伯の三男だ。領地は厳しいが豊かで、広大で、統治の人員は不足気味である。お父上は健在だが、長男であるエドガー様に家督を譲って、奥様と共に広い領以内を巡り各所の地盤を固めていらっしゃる。次男であるヘンリー様は今、王都で騎士として職を奉していらっしゃるので不在であり、広い領地運営に若いエドガー様は奔走されている。

故に成人する前から主人はエドガー様の補佐として領内でお仕事をされ、頼りにもされている。その仕事量ははっきりと多い。王家から遠く離れたこの領地には、家を盛り立てるために社交をする必要性がほとんどない。だからやはり、主人が指示する相手は全て家のものなのだ。

 

「オスカー、これ、兄上に頼まれてた資料。あと義姉上の好きなワイルドキラーベリーの繁殖期の兆候ありって伝えてあげて」

「畏まりました。討伐依頼出しますかね」

「兄上はああ見えてロマンチストだからなあ。自分で狩りに行かれるんじゃないか」

「では、収穫用の魔道具の整備も必要ですね。声をかけておきましょう」

「あ、服のエンチャントにも注意するように伝えてやって。あの汁落ちないから」

「リチャード様もそれで一張羅をダメにしましたものね」

「お前の服もダメになったろ」

そう言って笑う主人は朗らかだが、その顔には明確に疲れが浮かんでいる。こうして気遣いの出来るこの人が外では他人とうまく話せないなんて、やはり不思議で仕方がない。そんな事を思いながら、回復効果のあるキュアの実を使って抽出したフルーツティーを給仕する。ありがとうと受け取った主人がそのまま口を着ける。これだけでは目の下のクマは消えないだろう。

少ししたら領主夫人から誘われて、ワイルドキラーベリーのパイを供したお茶会に参加する事になるのは想像に易い。そこで主人は領主夫人から働き過ぎを咎められる。いや、その前にいじけるからとエドガー様を誘うようにお命じになるかもしれない。領主夫妻と弟のお茶会という非常にアットホームな会の給仕を私はするのだ。そこで領主夫妻に働き過ぎを指摘して貰おう。実際はエドガー様も充分働き過ぎでいらっしゃるのだけれど。それにしたって最近の主人は度を越している。

……ここにいれば主人の世界は円滑だ。

主人から渡された資料を持って領主の執務室に向かう。主人から頼まれた追加依頼も同時にこなしてしまおうと、行きがけに伝達を済ませるのを忘れない。


 

主人は兄弟の中で最も賢く、魔力に秀でていた。兄2人に比べると、体つきという面では劣っていたが、体力がないわけではない。お2人が秀でているというだけである。兄弟仲についても非常に良好だ。

主人は突飛な思いつきや行動の多い方だが、長兄のエドガー様にはそれに耳を傾ける度量があった。そして彼がお父上であるチャールズ様へうまく進言することで、領地に良い変化をもたらした。畑の土に混ざる魔力測定をすることで、適した農作物を変えるという実験的な改革や、武具作成における調合比の数値化、更には対照実験に伴う新パターン発見など、成果は枚挙に暇がない。

それらの主人の成果がほとんどエドガー様のものとなっていたことは、私とって面白くなかったが、主人に言わせると兄の手柄にすることで矢面に立ってもらえるので助かっているらしい。主人のそういう大らかさを私はとても前向きで良いと思っていたし、だからこそ功名心の強いエドガー様とも上手くやれていたように見える。

また、力に固執しがちな次兄のヘンリー様とは、効率的な鍛え方の研究に勤しんでいた。最終的に、鬼神と謳われたチャールズ様を成人して間もないヘンリー様が一騎討ちで倒すほどまで力をつけるに至ったのは我々にも感動的な結果である。なにせこの土地での強さは安全と命を担保する最も重要な要素なのだから。

結果としてチャールズ様が引退を決め、突然エドガー様に家督を譲ったため領政に多大な混乱を招いたが、それも結果として良い方向に進んでいる。

それに、ヘンリー様の強さとトレーニング方法は、辺境領軍のみならず、血統主義で権威主義の王都の騎士団に風穴を開けたらしい。先ごろヘンリー様が新設部隊の部隊長へ任命されたとの先触れがあったことがその証左だ。どうやら王都でも個人の武勇であれば並び立つもののいない実力でいらっしゃるようだ。

ちなみに、ヘンリー様が辺境領内の騎士団長となられないのは、エドガー様の地盤が固まっていないからである。エドガー様は臆病なきらいがあり、弟であるヘンリー様に武力を掌握させたと感じさせるべきではないこと、また辺境領軍と王国軍での練度の差が著しすぎるため底上げが必要というのが主人の見立てだ。そしてそれをアドバイスとしてヘンリー様に伝え、彼は素直に従っている。

私などから見ればエドガー様はそこまで狭量ではない様子でいらっしゃるし、家督相続の大混乱を収めるご苦労もあって、領内の地盤はかなり強固である。少なくとも、政治の得意ではないヘンリー様が入り込める余地などないと思うのだが、主人はこの点について妙なかたくなさと慎重さを見せられた。

それでも、遠くない未来にヘンリー様も領地にお戻りになるのではないかと私は思う。エドガー様に呼び戻されれば、彼は素直に従うだろうし、主人もそれを止めるつもりは無いだろう。

 

改めて思い返しても、身内に限れば主人は非常にうまく立ち回っていた。コミュニケーションという視点で見たとき、三兄弟で最も優れているといえる。

家族関係は良好であるし、主人を不安にさせる要素はない。私ども臣下一同も、そんな主人を誇りに思い、心からの忠節でもって仕えていたのだ。



そもそも、国の東端に位置するここラングレイス辺境領は魔獣の多くいる山脈を境に隣国と接した広大な領地である。主に魔の森と称される区域での魔獣討伐と、隣国への監視·示威の任があり、辺境伯家の一族は武門に秀で、魔力量も多く、領兵も精強だ。故にラングレイスの領主一族の武力は王族とも比肩すると言われている。

その環境の特殊さから王国内でも半ば独立した統治をしており、現在は経済的にも不安のない土地だ。故に領民にとって統治者とは辺境伯様以外に考えられない。領主一族への敬愛が強い分、領全体の王族への忠誠心の低い土地とも言える。

その特殊さ故か、王都ではこの地は教養もなく野蛮な蛮族の住む田舎と言われているらしい。

たしかに土地は非常に自然豊かである。華燭を好むものも居ない。豊かさは、厳しさでもある。華燭は命を守らない。命を守り、恵みを得るのは、強さと実用性だけだとこの地の者は知っている。戦いを好む性質を野蛮だと言うのであれば、誤りではない。ただ、この土地では子供であっても力のあるものはないものを守るし、貴族である領主一族は領民を守る。戦いの先陣を切り、生活を守る辺境伯を敬愛しないはずが無い。

ともに支え合わなければ、これまで繰り返されてきた魔物との戦いで生存圏を守ることはできなかったというのは、前辺境伯・チャールズ様の言だ。

父の世代はこの言葉を誇らしげに語るので、皆その言葉を知っている。このチャールズ様の言動を貴族に相応しくない野蛮さと断じるのであれば、野蛮とは賞賛であると考える方が自然だ。

あとは教養がない、か。この厳しく豊かな土地で求められるのは武力であるから、確かに文化的教養というのはひどく縁遠い。ただし、戦いに必要な知性や、魔物や特殊植物を取り扱うための研究も盛んであるので、武力一辺倒に傾倒しているわけでもない。と、思うのだが、まあそんなことは生涯生きた魔物を目にすることもないことも珍しくないという王都の人間には分からぬ話なのだろう。

考えてみても結局住む世界が違うのだから、かみ合うことは永遠に来ないのだろう。とはいえ、これもやはりほとんどの領民にとっては、関係の無いことだ。誰も他領で囁かれる言葉に興味が無い。その手の侮蔑を気にするのは、わざわざ王都に行かなければならない尊い生まれの方々や、研究発表に行く学者連中くらいなのだ。



つまり、私の主人もその一人だということでもある。



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