カルフォルニア骸骨(スケルトン)
1
日曜日の朝、マイケルは自宅の二階で、遅い午後の目覚めを迎えた。
開け放たれた窓からは、陽射しが刺し込み、さわやかな夏の風に、カーテンが揺れている。 庭からは、父が芝生を刈る音と、ラジオからのロック音楽が聞こえている。
それは普段と変わらない、平凡な日曜日の朝であるはずだった…。
(…………!)
マイケルは、カーテンに手を触れて、ハッと気付いた。
自分の手が、白い骨だけになっているのだ。
慌ててクローゼットを開けて、扉に付いた大きな鏡を見る。
なんと言う事か、鏡に写ったマイケルは、顔も全身も全て骨になってしまっていた。
「パ、パパーッ」
窓から首を出しマイケルは叫んだ。
「んー? どうした。マイケル。やっとお目覚めかい、随分気楽なご身分だ」
父は芝に目をやったまま呑気な調子で言った。「早く朝飯を食っちまってくれって、ママが言ってるぞ」
「いっ、いや…。その…」
何と言っていいか分からない。
取り敢えず外から見られないように部屋のカーテンをきっちり閉め、ドアが開けられないように、ベッドをドアの前に移動させた。 誰にも見つからないように時間を稼いで、何とか解決策を考えなくてはならない。
(でも…、解決策なんて…)
「マイケル! いつまでも寝ていないで、いい加減、起きなさい」
ベッドを移動する物音を聞いてか、階下で母親が叫んだ。
「…………」
「聞こえてるのっ、マイケル」
「う、うん。聞こえてるよ」
「だったら、早く降りて来なさい」
「それが、ママ、行けない理由があるんだ」
「それじゃ、朝食はヌキよ…」
「そんな…」
*
「マイケル、釣りに行こうぜ」
間の悪い事に、そこに友達のテッドがやって来た。マイケルは今日、彼と釣りに行く約束だったのだ。
「おおい、テッドが来てるぞ!」
父が叫ぶ。
「行けないんだ。ごめんよテッド」
「冗談だろ。昨日新しいフィシングマシーンが出来たから、テストに行こうと約束したじゃないか」
テッドが叫ぶ。
「マイケル。いい加減にしないか!」
父が芝刈り機を止めて、言った。
「早く降りて来なさいよ!」
母も急かす。
「おい、マイケルの様子がおかしいぞ」
父がそう言って、家に戻り階段を登ってくる。
「どうかしたのか、マイケル」
テッドの声も階段を登る。
「何をグズグズしてるの」
母はそう言って何度も部屋をノックする。
「開けなさい!」
「これには事情が…」
「内側からバリケードがされているな」
父がドアを強引に押す。「どういうつもりだ、おい、開けろ!」
「ダメだよ、パパ。駄目なんだ…」
「中の様子を探る道具が家にあります。胃カメラの原理を使ったグラスファイバーの小型カメラで、ドアの隙間から中を見る事が出来ます…」
テッドが言うのが聞こえる。
テッドは機械オタクだ。どんな新兵器を駆使するか分からない。
「テッド。頼むよ。余計な事をしないでくれ」
マイケルは懇願した。
「そんな必要はない」父は言う。「もっとシンプルで確実な方法がある」
父はそう言って、ドアにドンドンと体当たりを繰り返す。
「お願い。止めてよ…」
マイケルの声も空しく、何度目かのショックでベッドは床の上を滑り、ドアがこじ開けられた。
「…………」
「…………」
「…………」
一同がマイケルを見て声を失う。
「だから、言ったろ…」
マイケルが言う。
「随分感じが変わったわね…」
と母。
「わ、悪くない。と、父さんは思うぞ…」
最後に少し遅れてテッドが言う。
「マイケル…、なんと言うのか…、おまえ、文字通り、クールだ…」
*
「はっ、はははっ…」
不安気な表情の両親を見比べるようにして、初老の医者は大きく笑った。「大した事はありませんよ。若年性溶肉症ですよ」
「若年性溶肉症?」
父が聞き返した。
「ご存じないんですか、最近流行の病気ですよ、医学的にはよく分かっていないのですが」
「この子の生活に支障は…」と母。
「そうですな。骨が外れやすい事は気を付けなくてはいけませんが、日常生活に支障のでる事は特にありません」
そう言った後、先生はマイケルの顎を掴んだ。「それよりも、この虫歯が酷いですぞ。早く歯医者に行った方がよろしいな…」
2
「マイケルは病気になって、少し体が変わってしまったが、生活には影響がないそうだ。みんな今までどおり仲良くしろよ」
翌日小学校に行くと、先生はマイケルを黒板の前に連れ出して行った。
マイケルは不安だったが、クラスの仲間はあまり驚いた様子もなく、不思議そうにマイケルを見ている。
*
休み時間。廊下を歩いていると、前からウエンディが歩いて来た。
ウエンディはサラサラとしたブロンドの髪を持った、学校一の美少女だ。
数多くの男子生徒の例にもれず、マイケルも彼女に憧れの気持ちを持っていた。
マイケルは思わず隠れたくなったが、マイケルを見付けたウエンディから、マイケルの方に近付いて来た。
「病気になったと聞いたけど、大丈夫なの?」
彼女からこんな優しい声を掛けられるなんて初めての事だ。
「僕は…、変わってしまっただろ?」
マイケルは目を逸らして俯いた。
「見た目は少し変わったけど、マイケルである事は変わらないわ」
「本当? 本当にそう思う?」
ウエンディは平然と頷いた。
「別に、私は気にはしないわよ。それに見た目だって、今まで痩せっぽっちで骨と皮みたいだったから、余り変わらないかも…」
「…………」
喜んでいいのか良く分からない。
ウエンディは輝くような笑顔を作って、髪の香りを風に乗せるように、廊下を歩いて行った。
*
「おい、今日は釣りにいこうぜ」
帰り際、テッドはマイケルの所に寄ってきて言った。「今度の新兵器は凄いんだ。前のは器材が大きすぎて、魚にバレちまって駄目だったが、今度の奴なら大丈夫だ」
テッドはメカおたくで、以前は、ずっと家に閉じこもり切りで機械いじりばかりをしていた。
そんなテッドの様子を心配した彼の母親が、数少ない友人の一人だったマイケルに、息子を外に連れ出して欲しいと頼んだのだ。
春にテッドを釣りに連れ出してから、テッドは釣りに夢中になってしまった。
「浮きに工夫があるんだ。魚の方角を分析し、水流に会わせてルアーを移動する仕掛けになっている。もちろん、センサーを川に取り付け、指定した範囲での魚の移動パターンを…」
帰り道で、テッドは訳の分からない機械の事を、ずっと話し続けた。
テッドは科学が完全に魚に勝利する日を思い描き、様々な機械を考案してきた。
しかし、一匹も釣れた試しがないのだから『魚釣り機』と言うよりは『ガラクタ』よく言ったとしても『川辺の前衛芸術』と言った代物だった。
やがて、自転車の前後に巨大な器材をくくり付けた二人の少年は、山の中の川を目指して、坂道を登った。
*
「ねえ、犬をどけなさいよ」
坂の上から、少女の声が聞こえた。
マイケルとテッドが慌てて、坂をかけ上がると『ブロッティ自動車修理工場』の前で、ウエンデイが困った顔をしている。
「どうしたの?」
テッドが聞くと、ウエンディは工場の前の道に座った大きなブルドックを指差した。
「川の向こうのおばあちゃんの所に行かなくてはいけないのに、この犬が通してくれないのよ」
同じ小学校の上級生。アルベルト・ブロッティの飼っている犬の『カエサル』だ。
工場の裏の廃車の部品置き場を守るために、放し飼いに去れているカエサルは、飼い主に似たのか、ふてぶてしい態度で、道を通る人間が弱そうだと、嫌がらせをして道を通そうとしないのだ。
「ハハハハ、遠回りして行きなよ」
工場の二階の窓から、アルベルトが顔を出して言う。
「ここは、君の道路じゃないだろ。ただちにカエサルをどけろ」
テッドが言う。
「文句があるなら、イヌに言ってくれ」
アルベルトは家の二階から眺めている。
「アルベルト、犬を鎖に繋げ」
マイケルはアルベルトに叫んだ。
「面倒だな。遠回りしていけよ」
「言う事を気かねえと、この犬をぶち殺すぞ」
「ははははは、こりゃ傑作だ。よく見なよ、ガイコツ野郎。カエサルがお前の骨をなめたそうにしてるぜ」
カエサルは道路の真ん中に座り、マイケルを眺めて、だらしなくヨダレを垂らしている。
「おい、止めとけよ…」
テッドが言うのも聞かず。マイケルはカエサルに近付いた。
ウエンディにいい所を見せようと言う気もあった。
「よしよし…」
そう言いながら、マイケルはカエサルに近付く。
「ウエンディ。僕がこの犬を掴まえているから、その間に通りなよ」
マイケルがカエサルの首輪を掴もうとした時、カエサルがマイケルの太ももの骨に噛み付いた。
「イテテテテ、離せ、離せ、バカ…」
足の太い骨が外れ、マイケルは倒れる。
ウエンディが口元を手で押さえて悲鳴を上げる。
「マイケル、大変だ。大変だ」
テッドが叫ぶ。
「ハハハハハ…」
アルベルトが笑う。
カエサルは外れたマイケルの骨をくわえ、ウエンディの方へ走る。
「キャーッ」
ウエンディは叫びながら逃げて行った。
ウエンディを追っ払うと、カエサルは方向を変え、今度はテッドの方に向けて走る。
「うあああー」
テッドが逃げると、カエサルはマイケルとテッドの自転車を倒し、テッドの新兵器を踏みつぶした。
その後、カエサルは日陰に行き、マイケルの骨を、ペロペロと嘗めた。
「畜生。科学の怨念を知れ」
テッドは懸命にカエサルを追い回したが、マイケルの骨を取り戻したのは、一時間程立ってからの事だった。
*
「骨と骨の間には関節がある。ここに差し込めばいい」
骨を奪い返したマイケルはテッドの自転車の後ろに乗り、『ジュードー接骨院』のサコタさんの所に連れて行かれた。
年老いた東洋人のサコタは、手に『気』を集めると言って、息を吐きながら手を合わせ、骨を掴んだ。
「イテッ」
無理に関節に差し込もうとするが、うまく行かない。
「すまん、すまん。上下逆だった…」
「…………」
骸骨であるため表情には出ないが、マイケルはさすがにムッとした。
再び骨を差し込み直し、サコタは笑った。
「立ってみなさい」
今度は、何ともなく立てた。
付き添っていたテッドも安心した様子だった。
3
アルベルトとの対決の機会は、すぐにやって来た。
テッドが自動魚釣り機の故障から立ち直れずにいたため、マイケルは、彼をビーチに連れ出した。
そこに、兄と一緒にトラックに乗って、サーフボードを持ったアルベルトがやって来たのだ。年上らしいビキニの女も、トラックから下りてくる。
マイケルとテッドは、砂で城を作ったりして、波打ち際で遊んでいたが、ボードを持ったアルベルトがわざとそれを踏みつぶした。
「すまねえな」
アルベルトは不敵に笑う。「海にはもっと楽しい遊びがあるんだが、骸骨には波乗りは出来ねえんだろうなからな」
アルベルトは兄達のガールフレンドに囲まれて、上機嫌だ。傍らでカエサルも馬鹿にしたように笑っている。
マイケルは相手をしないようにと、無視を決め込んでいたのだが、その時、視界の隅にウエンディが入って来たのが不幸だった。
彼女は女友達と海に来ていたのだが、マイケルを見付けて手を振った。
前回の失態を取り返さなくてはいけない。
「板を貸せよ」
テッドは止めたが、マイケルは、意を決して海に飛び込んだ。
アルベルトも、馬鹿にした様に笑いながら、並んで海を進む。
「よし、あの波だ。3番目の奴に乗ってみな」
「よし…」
テッドとウエンディとその友達が、不安そうに見ている。
アルベルトと分かれて、パドリングをし、沖に出る。
「おい、骸骨。無茶はしねえでそのまま岸に帰ったらどうだい」
アルベルトはなおも軽口を叩く。
無視して波に乗った。
体が軽いためか、たやすく波に乗れる。
軽やかに海面を進む。
波の斜面を心地好く滑った。
しかし、浜からの風を受けて波頭がブレークした。
波に飲み込まれる。
グルグルと頭蓋骨が回り、気が付くと砂浜にいた。
景色が逆さに見える。
ウエンディと友達が泣いている。
「大丈夫だから。僕はまだ生きてるから。骨を拾ってくれよ」
骨はばらばらになっていて、頭蓋骨が波打ち際をユラユラと転がっているのだ。
「おおい、みんな拾ってくれ」
テッドが言うと浜の人達が集まり、せっせと骨を拾い始めた。
やがて、骨の山が出来たが、誰も修復できない。ほとんどの人は、骸骨なんて学校で図鑑や人体模型を見ただけなのだ。
*
そこで、再びジュードー接骨のサコタさんが呼ばれた。
「おやおや、酷いなこりゃ」
散らばった骨を拾い上げ、難しい顔をしながら組み立てて行く。
「しかし、大変な事になったなあ」
「イテッ」
「我慢するんじゃ」
サコタは小さな骨を拾った。
「直るんでしょうか」
マイケルは不安になって聞く。
「うーん、パズルのようなものじゃからな…」
サコタはその骨を眺めながら、眉をしかめる。「ん。こりゃ、困ったぞ…」
しばらく難しい顔で考えた後、サコタは骨に鼻を近付けて、クンクンと匂いを嗅ぐようなしぐさをした。「うーん。こりゃ、フライドチキンの骨じゃな…」
「…………」
一時間ほどして、やっと体が出来上がった。
立ち上がろうとするが、上手く動かない。
「待ちなさい、一つたらんのじゃ…」
サコタが困った顔をしている。
「先生。もしかしてあれでは…」
「うむ…。まさしく…」
またしても、カエサルが大きな骨をくわえている。
「あれだ。あいつをつかまえてくれ!」
テッドがカエサルを指差し、みんなが走り寄って行く。
カエサルは鬼ごっこを楽しむように、人々の間を悠々と走り回った。
そう言う事もあり、マイケルの体が直ったのは、そのまた一時間後の事だった。
マイケルが立ち上がると、安心したのかウエンディがまた、泣きだした。
4
その後テッドは、マイケルを自分の家のガレージの奥に連れていった。
そこは彼の『実験室』になっている。
様々な薬品の瓶や、怪しげな機械類がところ狭しと並べられている。
「おまえの体は特別なんだ。老人が杖を持つように、おまえも体に補助を付けたほうがいい」
テッドは電動回転の椅子に座り、マイケルに言う。
「止してくれ。僕は小学生だ。老人になるのはまだ早いぜ…」
「老人は例えだ。それじゃ『猿』にしよう」
「…………」
テッドは、目を閉じて話し始めた。
「科学こそ、毛のない猿を人間たらしめている根源なんだ。もし、僕が他の動物と同じように、火も道具も持たずに、野原を裸で走り回ったとしよう。どうなると思う」
「風邪を引くか、警察に連れて行かれる…」
「バカ、風邪の前にライオンに食われるよ」
「ライオンなんて何処にいるんだよ」
テッドはマイケルを馬鹿にしたように、首を振った。
「ライオンは例え話だ。おまえだってこの前カエサルに骨を食われかけただろ」
「確かに…」
「おまえは新たなる科学を駆使して生きる。新世代の人類として新たな進化を遂げるんだ。ラジコンだって火星を走る時代だ。そのくらいの進歩ではむしろ遅すぎるぐらいだ」
「…………」
マイケルには、テッドの言う事の意味がほとんど理解出来なかった。
*
その夜、マイケルとテッドはアルベルトの自動車修理工場の部品置き場に、忍び込む事になった。
「オイ、大丈夫なのか…」
「大丈夫だ。この暗闇では、イヌは耳が頼りだ。音の反射率を歪めるこの装置を使えば、カエサルが我々の場所を特定するのは、ほとんど無理だろう」
そう言って、テッドはデコボコしたアルミの板を、体中に取り付け始めた。
「こんな物でか…」
マイケルは訝しげにそれをコツコツと叩く。「空軍の戦闘機と同じ技術だぞ」
自信満々のテッドは、自作の暗視スコープを付け、金網の向こうへと降りて行く。
しばらくして、テッドは金網の向こうから、次々と部品を投げ始めた。
マイケルはテッドの放り投げる器材を拾い、テッドの自転車の後ろに取り付けられた、電動リアカーの後ろに放り込んだ。
(…………!)
「うっ、うあああああっ!」
テッドの方を見て、マイケルは思わず叫んだ。
「どうした?」
無線でテッドの声が返ってくる。
「どうしたって…、テッド…」
テッドが夢中になって漁っている廃品の山の上に、カエサルが座り、じっとテッドを見下ろしているのだ。
マイケルは、カエサルと目が合う。
カエサルはウシッシッ、と笑うように口から空気を漏らす。
「ヤバイ、緊急に撤退しろ…」
「どうした…」
「上を見ろよ…」
「………」
テッドの体が固まる。
ウッシッシッ…。カエサルが笑う。
「逃げろっ」
マイケルが叫ぶ。
「うあああっ」
逃げようとするテッドにカエサルが飛び掛かる。しかし、テッドの着たアルミの板に、モロに頭をぶつけ、そのままひっくり返って伸びてしまった。
「…何が空軍の技術だよ」
ホッとしたマイケルはテッドに言った。
「でも、確かにカエサルは倒しただろ…」
「…………」
二人はリアカーに荷物を積み込み、テッドの家へ走り出した。
テッドの家の庭で、部品の確認をする。
「これだけそろえば大丈夫だ。手術は明日決行する」
*
翌日。手術はテッドの家のガレージで決行された。
溶接の火花や、ウイーンと音を立てるモーター音何かを聞いていると、マイケルは、自分がフランケンシュタインになって行くような、複雑な気分だ。
「よし、完成だ」
テッドが誇らしげに言う。
起き上がると、マイケルの体は補強のためのジュラルミンに覆われていた。
動く度に金属音が鳴る。コンピューターが周囲の状況を読み取り、頭蓋骨の裏に取り付けられたモニターに、データーを映し出している。
『危険』『危険』『危険』…。
赤い文字が点滅している。
「おい、故障しているんじゃないのか…」
「何故だ?」
「モニターに『危険』、と出ている」
同時に耳に警報のアラームが鳴った。
「うーん。外を歩いてテストしよう。調整が必要かもしれない…」
テッドがガレージのシャッターを開ける。
その時になって、モニターに示された『危険』の意味が分かった。
カエサルが、空になったリアカーの後ろに座っているのだ。
ウーーーーーッ!
カエサルはマイケルたちの姿を見て、助走を付けて飛び掛かってきた。
「うっ、うあ…」
その瞬間、マイケルの胸のパネルが開いた。 先にボクシンググローブの付いたアームが、勢いよく飛び出す。
グローブはカエサルの顔を真っ正面から捕らえ、カエサルは気を失って仰向けに倒れる。
「大丈夫かい、カエサル…」
あまりに完璧なノックアウトだったので、心配になったマイケルは、カエサルに近付こうとした。
『…………!』
再び意識を取り戻したカエサルは、飛びでそうな程目を見開き、キャンキャンと鳴きながら一目散に逃げて行ってしまった。
「科学の勝利だ」
テッドは満足そうに頷いた。
*
テッドのシステムは凄かった。
衛星TVも見られるし、全米の道路を網羅したナビゲーションシステムも内臓されている。
翌日、内臓されたコンピューターは、算数のテストで、威力を発揮した。
今まで、計算がだいの苦手だったマイケルが、あっという間に全てを解いてしまったので、先生は驚いて呆然とした様子だ。
放課後。テッドの薦めで、マイケルは野球に参加する事にした。
マイケルは今まで、バットにボールがまともに当たった記憶も無かったのだが、投手の投げるボールの軌道が、瞬時にモニターに示され、腕のモーターが自動的に動くため、毎打席、ホームランを連発した。
みんな、口をポカンと開けている。
スタンドに座ったテッドは、それを満足そうに眺めていた。
「テッド。凄いよ、君は本当に天才だ」
「科学の勝利だ。次はおまえが火星探査も出来るように改造してやるよ」
*
家に帰ると、テッドは釣りも魚の位置を分析し、最も良い方法でルアーを投げるためヒットが連発出来ると言う装置を、マイケルに取り付けた。
「さあ、釣りに行こう」
*
『ブロッテイ自動車修理工場』の前から、また、ウエンディとアルベルトが言い争う声が聞こえた。
アルベルトはマイケルの見違えるような姿に驚いた顔をしたが、それよりも激しく驚いたのはカエサルだった。
マイケルの姿を見付けたカエサルは、心臓が止まるような顔をして、慌てて工場の奥へと逃げ出した。
「ウエンディ。さあ、大丈夫だよ」
マイケルが工場の奥を覗くと、工具の陰に隠れるようにして、カエサルは大きなからだを懸命に縮めている。
*
その日、ウエンディもマイケルとテッドの釣りを見物する事になった。
マイケルはウエンディの目の前で次々と、マスを釣り上げた。
テッドは我が事のように手を叩いて喜んでいる。
その後、川の上流に住んでいるウエンディの祖母が、それをオーブンで料理をしてくれて、みんなでおいしく食べたのだった。
*
その夜、ウエンディとマイケルは近くの丘に並んで座って、満天の星を眺めた。
「あなたって凄いのね。あんな大きな犬を追い払って…、釣りも上手いし…」
「そっ、そんな…、みんなテッドのおかげだよ…」
照れたマイケルは慌てて言った。
「…………」
マイケルがウエンディを見ると、彼女はじっとマイケルの横顔を眺めていた。
「どうしたの?」
「キスをしようと思ったんだけど、あなた。ぽっぺたもなくて、唇もないからどうしていいか分からなくて…」
ウエンディは澄んだ目で、マンケルを見つめている。
「…僕には鼻もないから、邪魔にはならないんだけどね…」
二人は見つめ合う。
マイケルはウエンディの肩を抱き寄せた。 柔らかい夜風が、優しく二人を包んでいた。
アメリカンなテイストです。