決闘
ユキが死んでから1年近くが経った。その日、タカシは郵便配達をしていた。はがきだけでなく、ゆうパックで送られたものも届けていた。ゆうパックの配達は、受取人のサインが必要になる。目の前にいる受取人が面倒くさそうにサインを書いている。歳はタカシと同じ20代後半に見える。
タカシは受取人に荷物を渡して、車に乗った。エンジンをかけようとしたとき、自分の父親が前から歩いてくるのに気が付いた。タカシは高校を卒業してすぐ、実家を出た。結局近所に住んでいるのだが、その時以来、父の顔を見たのは数えられる程度だ。前に見たときはタカシの知らない女性と一緒にいたが、今回は1人で歩いているようだ。競馬の帰りなのか、パチンコの帰りなのか、タカシには分からない。タカシは父に声をかけなかった。父の方も車に乗ったタカシに気付かず、通り過ぎて行った。そのときタカシは、自分が今まで、誰とも出会ったことがないということに気が付いた。
タカシはLINEを開いた。トーク履歴の一番上はユキのお母さんだった。ユキのお母さんからのメッセージと着信履歴が100件以上たまっている。全てのメッセージがタカシに対する罵声だった。トーク画面を開かなくても、ポップアップ通知でそれが分かる。タカシはケンとのトーク画面を開いた。そして〇〇森林公園で森林浴をして、傷を癒そうという趣旨のメッセージを送った。
タカシが森林公園のベンチに座っていると、ケンがやってきた。
「タカシ、ホントにごめんな。」とケンが、申し訳なさそうに言った。
「お前に謝ってほしくて呼んだんじゃねえ。」とタカシはケンを睨んで言った。
「やっぱりそうか。」とケンはほくそ笑んで言った。
「言っておくが、わざとじゃねえぞ。俺もつい最近までリハビリしてたんだ。」とケンが言った。
「そうか、でも悪いな。お前をぶっ飛ばさねえと気が済まねえんだ。」そう言ってタカシは二人分のボクシンググローブと1本の包丁をケンに見せた。
「叩きのめした方が、この包丁でとどめを刺す。そういうルールでどうだ?」とタカシは言った。
「上等だ。俺もガキの頃からお前が目障りだったんだ。その妙にすかした態度がな!」