『魔王様に婚約破棄を言い渡されましたが、もともと討伐対象だったので問題ありません』
ハッピーエンド保証。
ただし、後書きを読むと……?
王国が魔王討伐のために編み出した作戦は、誰がどう見ても悪趣味だった。武力でも、魔法でも、英雄の血筋でもない。――答えは「婚約」である。
王都から遠く離れた辺境の村に生まれたリュシアは、幼いころから剣を握って育った。父は騎士だったが、名誉の戦死。母は早くに亡くし、姉妹もいない。人並みの暮らしには縁がなく、男の子と変わらぬ身のこなしで生きてきた。
そんな彼女が、王都の使者に呼び出されたのは二十歳の誕生日の直後だった。教会の奥の密室で、王国の老宰相が無表情に切り出す。
「君には、魔王の婚約者になってもらう」
最初は冗談だと思った。
だが老宰相は書類を広げ、魔王城の地図と、毒物一覧と、懐剣の設計図を差し出してきた。
「婚約者となり、魔王の懐に入って、機会を見て暗殺せよ。君の美貌と忠誠心は、王国が最も信頼する武器だ」
冷たい部屋に、妙に静かな沈黙が落ちた。
リュシアはしばらく考えて、それからあっさり答えた。
「……いいでしょう。もともと、ろくな人生じゃありませんし」
それが、彼女の『婚約』の始まりだった。
愛だの誓約だのは、最初から形だけ。指輪は偽物、誓いの言葉は演技、ドレスは王国の軍資金で借りたもの。彼女の目的はたったひとつ――魔王を殺すこと。
婚約者として魔王城に招かれたリュシアは、粛々と「内側からの討伐作戦」を進めていた。甘い言葉を交わし、愛想笑いを浮かべ、城の構造を記憶する。どんなに優しくされても、指一本、心を許す気はなかった。
――この婚約は、武器だ。
討伐のための道具でしかない。
リュシアは、それを疑ったことすらなかった。
◇
魔王城の生活は、驚くほど穏やかだった。
リュシアの予想に反して、血も硝煙の匂いもない日々が続いていた。
魔王は毎朝、礼儀正しく「おはよう」と挨拶し、食事の席には彼女の好きな紅茶を用意した。夜は部屋まで見送り、扉の前で「おやすみ」と微笑んだ。
まるで本物の恋人同士のように。
だが、リュシアの胸に湧くのは「疑念」と「任務」の二文字だけだった。
(……きっと油断させるためだ。騙されない)
その日も、普段と同じ穏やかな朝だった。
魔王城の広間に、いつも通り魔王が座っている。
漆黒のマントをまとい、金の瞳を伏せ、落ち着いた声で彼は言った。
「リュシア。今日は少し、大事な話がある」
リュシアは表情を変えず、椅子に腰かけた。
懐には毒薬を仕込んだ小瓶。懐剣も左太もものベルトにしっかり隠してある。
(――ついに来たか。疑いを持たれたのか、それとも私の正体を嗅ぎつけたか)
魔王はしばし言葉を選ぶように指先を組み、静かに、まるで天気予報でも告げるように言った。
「……婚約を、破棄しようと思う」
沈黙。
広間を満たすのは、柱時計の秒針の音だけ。
リュシアは、少しだけ瞬きをして、次の瞬間にはあっさりと椅子から立ち上がった。
「――了解です」
あまりにも冷静すぎた自分の声に、魔王が目を瞬く。
「……怒らないのか?」
「もともと討伐対象だったので、問題ありません」
リュシアは、何の感傷もない顔でそう答えた。心の奥では「よし、敵認定が正式に下った」と計算していた。暗殺のタイミングさえ、もう心の中では決めかけていた。
けれど――魔王は、なぜか苦笑いすら浮かべず、静かに頷いただけだった。
「そうか。問題ないのなら……よかった」
あまりにも穏やかで、未練もなく、名残惜しさすら感じさせない声音。敵としての緊張すらほどけてしまいそうになるほど、あっさりとした別れの言葉。
その瞬間、リュシアはほんの少しだけ違和感を覚えた。――討伐対象が、討伐の対象らしからぬ顔をしている。
しかし任務に揺らぎはない。
たとえ破棄されようと、敵は敵。
彼女は懐の小瓶に手を伸ばしながら、魔王に軽く頭を下げた。
「では、短い間でしたが、お世話になりました」
魔王も、ゆっくりと席を立った。
「こちらこそ。……楽しかったよ、リュシア」
その言葉の意味を理解するには、もう少し時間が必要だった。
◇
婚約が破棄された翌日。
リュシアは荷物をまとめ、魔王城の門へ向かった。
長い廊下を歩きながら、頭の中では任務の結末を考え続けていた。――暗殺は失敗だ。
肩書きが消えた今、討伐の大義名分も消える。王国に戻れば、失敗の責任を問われ、次は自分が処分対象になるだろう。
(まあ、それも仕方ない)
彼女は、もう覚悟していた。
だが、城門を出る寸前、最後の最後で魔王の声が背後からかけられた。
「リュシア」
振り返ると、魔王は門の影に立っていた。
漆黒のマントも王冠も外し、ただの青年のような顔つきで。
「……君の使命は、最初から知っていた」
リュシアの手が、無意識に腰の剣へと伸びかける。だが魔王は、剣に手を伸ばす様子もなく、むしろ少し肩を落とした。
「最初は警戒していたよ。けれど、君は……殺さずにいてくれた」
沈黙。
言い訳も、反論も、命乞いも浮かばない。
冷静さは維持していたはずなのに、不思議と剣を抜く気にはならなかった。
魔王は続ける。
「君が命を取らなかった分、俺も君を殺すつもりはない。だから、討伐も、婚約も、全部なかったことにしよう。――君は自由だ」
その言葉に、リュシアは目を瞬いた。
討伐対象と婚約者――そのどちらからも解放された。敵でも味方でもない。ただの「自由な人間」として、この場を去れという意味だ。
(――何だそれは)
自分の立場がぐらりと揺れる感覚に、リュシアは戸惑った。討伐に失敗したはずなのに、罰もなく生きて帰れる現実。自分の任務を否定されるほど、奇妙に胸が痛んだ。
魔王は一歩、門の前まで歩いてきて、小さく微笑んだ。
「どうか、元気で。――また、どこかで」
「……ええ。……まあ、生きてれば、ですね」
それだけ言葉を交わして、リュシアは城を後にした。
道中、誰もいない森の小道で足を止め、独り言のようにぽつりと漏らす。
「討伐対象のくせに……変な奴」
そう言いながら、自分の胸に手を当てた。軽いはずなのに、なぜか心は妙に重たかった。
◇
魔王城を後にして、リュシアは独りで歩いていた。背中に差すのは、温かい春の日差し。けれど、心の中はひどくざわついていた。
森の小道は、こんなにも長かっただろうか。魔王城へ向かうときは、ただ任務のことで頭がいっぱいで、景色なんて目に入らなかったはずだ。
今は風の音も、小枝の揺れも、足元の石の感触さえも、やたらとはっきり伝わる。
(あれで終わり、なんだ)
ふいに、そんな実感のない言葉が胸をよぎった。偽りの婚約生活は、剣も毒も使うことなく、あっけなく終わった。本来なら、清々しいはずだ。敵を討てずとも、敵に討たれることもなかった。生きて帰れる。それだけで充分なはずだ。
……けれど。
胸の奥に、かすかな鈍い痛みが残っていた。それは任務の失敗によるものとも違う。誤算だったのは、任務そのものではなく――あの言葉だ。
『楽しかったよ、リュシア』
ふと思い出してしまい、思わず足を止める。
城門の前、魔王の顔。
あのときの声音。
任務を知りながら、それでも最後まで普通のふりをしていた優しさ――いや、愚かさかもしれない。
(……どうして、あんな顔をしたんだろう)
リュシアは、自分の感情がよく分からなかった。剣や毒では計れないものが、胸のどこかに引っかかっている。名前も形もないその感情をどう処理すればいいのか、分からないまま、足だけが前へ進んでいく。
ふと、道端に咲いた小さな白い花に目を留めた。こんなもの、任務中なら絶対に気にも留めなかった。でも今日は、なぜか立ち止まってしまう。
「……自由、か」
魔王が言ったその言葉を、もう一度口の中で転がしてみる。不思議と重みを持って響いた。
討伐対象でも、婚約者でもない――何者でもない自分。剣も、任務も、王国への忠誠も、何ひとつ背負わないただの人間。その「空っぽさ」に、不意に足元が揺らぐような心地がした。
(あいつのことを――魔王だって呼ぶのも、変な気分だ)
その思いが湧いた瞬間、リュシアは少しだけ、自分の胸に手を置いて苦笑した。
「……本当に、変な奴」
自分に向けたのか、魔王に向けたのか。
誰にともなく呟いて、また歩き出す。
森の木々の隙間から、見慣れた王国の街並みが遠くに見えた。これから待っているのは、任務失敗の報告と、処罰かもしれない。でも、不思議と焦りも恐怖も、湧いてこなかった。
(それでも……まあ、また会ったら)
最後まで言葉にはならなかった。
けれど、心のどこかで、何かが小さく芽を出した気がした。
◇
王都へ戻ったのは、夕暮れ時だった。城門をくぐった瞬間、リュシアは自分の「居場所」がもう、どこにもないことを理解していた。
――任務失敗。
それは王国において、裏切りと同義だった。
報告書も書くまでもない。
顔を見た上官たちは、わずかに眉を寄せるだけで、すぐ次の命令を下した。
「本日をもって、リュシア・カーネリアの任務は解任する。討伐失敗、及び敵性認定者への協力の疑いにより、拘束――または処分対象とする」
淡々とした声。
何の感情も、慈悲も、言い訳の余地すらない。
リュシアは、ただ黙ってそれを受け入れた。
元より、想定していた結末だった。
魔王も、王国も、自分にとっては同じ。
どちらも「任務」という檻の外には出られない世界だ。
だから、抵抗もせずに連行される道を選んだ。
城の地下牢に収容され、ひんやりとした石壁にもたれかかったとき、不意に看守が声をかけた。
「手紙だ。お前宛てだ」
差し出されたのは、見覚えのある漆黒の封筒。
リュシアは、受け取る手を一瞬だけためらった。
それでも、ゆっくりと封を切った。
中には、たった一枚の便箋。魔王の字で、こう書かれていた。
――リュシアへ。
自由になれたときの、君の顔が忘れられない。討伐も、婚約も、すべて終わってしまったけれど。もし次に会うときは、敵でも婚約者でもなく――ただ、名前で呼んでくれると嬉しい。 魔王より
リュシアは、便箋を持ったまましばらく動けなかった。
敵でもなく、任務でもなく、ただ名前で呼ぶ。
たったそれだけの言葉が、どうしてこんなにも胸を締めつけるのか分からない。だが、確かにその一文だけは、今までのどんな命令文よりも重かった。
そっと便箋を胸元にしまい、天井を見上げる。
(名前だけ、か)
ゆっくりと目を閉じると、不思議と牢の中は、少しだけ温かく感じた。
◇
処刑日の朝は、驚くほど晴れ渡っていた。
護送されるリュシアは、もう諦めきっていた。
任務に失敗した自分に、王国が情けをかけることなどない。たとえ処刑されずとも、一生地下牢に繋がれるか、見せしめとして消されるだけだ。
だが、広場の処刑台には、想像もしない人物が待っていた。
「よく来たね、リュシア。遅かったじゃないか」
そこに立っていたのは――王国の王。
ではなく、その隣に立つ黒衣の男。
魔王だった。
周囲の衛兵たちは全員、無言で頭を垂れている。
武器を捨て、魔王の前に跪く兵士もいた。
状況を理解するのに数秒かかった。
魔王は歩み寄り、リュシアの手枷を指先ひとつで砕く。
「――王国は、昨夜、滅んだよ」
短く、あっさりと告げられた。
魔王軍が、何の抵抗も受けずに王都を制圧し、王城も既に陥落。この広場に集まっているのは、王国の住民ではなく、魔王の新たな臣民だった。
「王国は君を討伐対象にした。でも、俺は違う」
魔王は、彼女の左手を軽く取り上げた。
その薬指に、再び指輪をはめる。
それはかつて、討伐任務の仮初めの証として渡した婚約指輪と同じものだった――ただし、今度は偽りではない。
「君を自由にするって言った。だから王国を壊した。さあ、討伐対象でも婚約者でもなく――王妃として、隣に来てほしい」
リュシアは息を呑んだ。
討伐も、任務も、偽りの婚約も、すべて終わったはずだった。だが、彼はそのすべてを踏み越え、今度こそ本物の「求婚」を突きつけてきた。
答えは、すぐには出せなかった。
だが、自分の指には確かに指輪がはまっている。
その事実だけが、すべてを物語っていた。
魔王は、手を差し出した。
「名前で呼んでいいか?」
しばらく沈黙したあと、リュシアは小さくうなずいた。
「……好きにすれば、陛下」
魔王はにやりと笑った。
「陛下、か。――なら君は今日から、俺の国の王妃だ」
広場に、新たな王国の民たちの歓声が響いた。
こうして、かつて王国の「最終兵器」として育てられた少女は、討伐対象だった魔王と、世界を変える新たな物語の主役になった。
(ChatGPT生成によるリシュアと魔王)
◇
【後日談】
――王妃の日記・一頁目。
「魔王が、王国を滅ぼした日」
私は、牢の中にいた。
……いや、正確には「私が牢にいる日」を、魔王は選んでいた。
きっとあの男のことだから、すべて計算済みだったんだろう。
王国が処分命令を出したのも、魔王がそれを待っていたのも。
私を引き取る権利を得るために、王国が自ら私を切り捨てる瞬間を待っていた――そう考えれば、合点がいく。
それに、牢番の態度。
今思えば、あの看守も魔王軍側に寝返っていたのだろう。
私に差し出された手紙も、釈放も、全て筋書き通り。処刑台への護送も「引き取り」を公開するための儀式だった。
全部、あの男の筋書き通りだった。
……でも、王国は私の「帰る場所」を奪ったけれど。魔王は、私の「生きる場所」を作った。
それが、たった一つの違いだ。
「名前で呼んでいいか?」と、あの日聞かれた時。私は首を縦に振ったくせに、結局いまだに、あの男を「陛下」と呼んでいる。
多分これは、負け惜しみだ。
でも、負け惜しみを言える相手がいるのは、悪くない。
討伐対象から王妃へ。
誰がこんな結末を予想できただろうか。
私自身も、未だに信じられない。
けれど、指輪がちゃんと薬指にはまっている限り――これが現実なんだろう。
(了)
―― さて、この作品を読んだ皆様の率直な感想はどのようなものでしょうか?
実はこの作品、ChatGPTといっしょに「大喜利的に」創り出した異世界恋愛モノ作品であったりします。
『魔王様に婚約破棄を言い渡されましたが、もともと○○だったので問題ありません』
「このタイトルで短編を書くとしたら、どのようなあらすじが考えられますか。何例かよろしくお願いします」から始まったAI小説。
ChatGPTは本作以外にも『魔王様に婚約破棄を言い渡されましたが、もともと顔を覚えられてなかったので問題ありません』『魔王様に婚約破棄を言い渡されましたが、もともと人間じゃなかったので問題ありません』『魔王様に婚約破棄を言い渡されましたが、もともと偽装婚約だったので問題ありません』なども、あらすじといっしょに提案してくれましたが、私は本タイトルを選択し、今回このような作品に仕上がることとなりました。いわゆる編集者的な作業のみです。
率直なご感想や評価などが頂けると幸いです。