表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

そしてまた3人

 大新月の三日間は終わった。クラリーチェは、ベッドの上で寝ている。

 僕はまだなんだか、なにもかもの実感が湧かなくてクラリーチェの手を握りボゥ……としていた。


 朝日が昇っている。

 僕は、大事な記憶を少しだって忘れていない。それが嬉しくて、ボンヤリ笑みがあふれた。


「クラリーチェ、僕はね、やりたいことが出来たんだ」


 僕がこれから、生きる意味。


 より強く手を握れば、クラリーチェのまぶたが震えた。


 それから少しずつ瞼が上がっていく。

 ブルーグレーの瞳があらわになる。


「……なんで、呪いを解いてしまったんですか」


 クラリーチェは悲痛そうに顔を歪めた。零れた涙が、枕を濡らす。


「私は、二人が幸せならなにも要りませんのに」


 その幸せに君も含まれていると、どうしてこの良き方は思いつかないのだろう。


「フローラは最後、クラリーチェに言葉を残しました」


 言葉の一つ一つ、文字の一つ一つを、間違えることなく口にする。


『もう、十分なんです。ほんとうに、沢山の愛を、十分貰ったんです。ありがとう』


 言葉を咀嚼し終えたクラリーチェは、グッとなにかを堪えるような顔になった。

 クラリーチェは仰向けになっていた身体をゆっくり起こす。


 ころりと雫がシーツの上を転がった。


「……でも私はっ、フローラとエリゼオを、助けられませんでした」

「僕もだよ」


 端的に返せば、クラリーチェは動きを止めた。


「……フローラは、予言で成人を迎える前に死ぬと、そう言われていた。そして剣術に秀でていた僕は、そんな未来からフローラを守る為に、婚約者になったんだ」


 自分で言っておいて、自嘲じみた笑みが零れてしまう。


「だけど、僕は、フローラを守れなかった」


 クラリーチェは、ただ呆然としていた。「フローラが、死ぬ運命だった……?」とブツブツ言っている。


「クラリーチェ、よく聞いてくれ」


 華奢な肩を優しく掴みながら、クラリーチェと目線を合わせる。


「フローラの望みは、長生きすることではなかった。自分の人生を、謳歌することだった」

「自分の、人生……」


 ブルーグレーの瞳で、光がユラユラ揺れている。


「フローラはクラリーチェと友達になれて、とても楽しそうだった。自分の人生を謳歌していた」


 強く強く、と保っていた瞳から、僕は涙が出そうになる。


「だから、もう十分だったんだ。……クラリーチェ、自分が魔女の家系だと、そんなにも追い詰めなくて良いんだ。僕とフローラにとって、君は途方もない程に普通の女の子で、僕たちの大切なお友達、ただそれだけだったんだから」

「――っ、フローラ、フローラ……」


 涙を零すように、フローラの名を繰り返す彼女を、そっと抱きしめた。


「僕はね、やりたいことが出来たんだ。絶対に、これだけはやりきりたいんだ」


 身体から手を離し、僕はベッドに座る彼女を見上げるように跪いた。クラリーチェの手を、僕の手で包み込む。


「どうか、僕と結婚してください」

「な」


 真っ白なクラリーチェの頬が、朱色に染め上げられる。


「わ、私が貴方と婚約を結んだのは、元々フローラと入れ替わるつもりで……!」

「知ってるよ。だけど、」


 耳まで真っ赤になった少女を、僕は真っ直ぐ見つめる。


「半年後に、君を愛するという約束でしょう?」

「〜〜っ……!」


 おちゃらけて言ってみれば、もうなにも言葉にならないと言わんばかりに、クラリーチェが口をパクパクさせた。


 耳まで真っ赤で、その時僕は初めてクラリーチェも可愛らしい少女なのだと認識した。


「……僕には、祈りも呪いもない。だからクラリーチェに、どれ程のことをしてあげられるかなんて分からない。だけど、側にいるよ。君が困った時、すぐに手を差し伸べられるように」


 クラリーチェが口を閉じ、キュ、と肩を寄せた。


 パタリと、クラリーチェの手を包んだ僕の手を涙が打つ。

 涙がポロポロ、クラリーチェの顎から滴り落ちた。


「私も、二人をこの世で一等、愛しています」


 心が温かくなった。


 フローラと出会った日のことを思い出す。


 僕たちは七歳で、僕は鍛錬を一時中断させられ身綺麗にしてから、フローラに会った。

 初めて見た時、フローラがあまりにもつまらなそうな顔をしているから驚いた。周りにはお菓子もお花も沢山あるのに、なにも持っていないような顔をしていたことを、よく覚えている。

 そんな彼女とのお茶会は、やっぱり話が弾まなくて。僕は両親たちが別室に出ていった後、側に置いてある花々をフローラに許可を取ってから手に取り、編み出した。


「……なにやってるのですか?」


 紅茶を飲み終わって焦れたのか話しかけて来たフローラの頭に、僕は作り終わった花冠を乗せた。紫色の花が、彼女の真白の髪によく映える。


「……わあっ」


 フローラは途端に目を輝かせた。それから、せがむように僕の服の袖を掴む。


「どうやったんですか? もう一個作って……!」

「うん、いいよ」


 なんだ、彼女も、普通の女の子ではないか。


 僕は編み方を教えながら、笑う少女に目を細める。


 どうか、この花のような笑顔が末永く続きますようにと願って。


 ――懐かしい思い出に想いを馳せていると、扉辺りから音がした。

 クラリーチェに待っているよう言って、僕は扉の方に行く。


 開けて見れば、クラリーチェの父親と、白い犬の体を無心に撫でる母親と、唇を噛み締めた兄がいた。


「……どうして、撫でているんですか?」


 色々と聞きたいことが多すぎて、まずそこから聞いてみれば「泣かないように、気を紛らわせているの」と返された。


 不思議そうな顔をする僕に、クラリーチェの父親が返す。


「ここで泣いたら、フローラ様がいなくなったことを、喜んでるみたいだろう……それが、僕たちは嫌なんだ」


 ぐう、と喉が鳴る。


「あんなに良い子、中々いないわ。クラリーチェと分け隔てなく、お友達になってくれるような子……っ」


 クラリーチェの兄は、窓の外を見ていた。丁度、鳥が一羽飛び立つ。


「僕たちは、嘘でも虚勢でもなく、本当にフローラ様が妹になっても良いと思ったんです。彼女がとても良い子だと、クラリーチェの姿を見て、痛いほど分かっていましたから」


 そう言い終えた彼の瞳が、僕を捉えた。


「だから、僕たちは泣きません。それがフローラ様への、僕たちからの敬意です」

「……やっぱり、貴方たちの矜持はとても尊いですね」


 ズビ、と鼻をすする。


 しんみりとしてると、白い犬が突然走り出した。


「レオナルドっ、どこ行くの!」


 クラリーチェの母親が悲鳴を上げる。

 そのいかつい名前に慄きながら後を終えば、白い犬――レオナルドはクラリーチェの上に乗っていた。


 慌てて引き剥がそうと近づく。

 だけど予想とは違い、クラリーチェは幸せそうな表情を浮かべ顔を舐められていた。

 焦りがすっかり解けてしまい、僕は微かに笑みを浮かべながら、ベッドに腰掛ける。


 クラリーチェの頭を撫でれば、あの日のフローラのように、顔を綻ばせた。


◇◇◇


 ――なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。


 私は今、フローラを呪い魂だけになった時と同じように、淀みの中にいる。身体が重く、上へ昇ることが出来ない。



 エリゼオと結婚してから二年後、可愛い赤ちゃんが生まれた。

 私たちはその子に、フェリーチェという名前を付けた。

 それから二人の男の子にも恵まれ、とてもとても、楽しい日々だった。


「寒い……」


 だからか、この淀みはとても寒く感じる。

 私の死因は老衰で、夫であるエリゼオに見守られながら、息を引き取った。


 その時思ったことは、あの淀みへ戻ることの恐怖。私は永遠にここから抜け出せないのだという絶望。

 幸せを私は知りすぎた。知りすぎてしまった。

 ここが地獄の底なのだと、正しく認識出来る程に。


 泥が身体に纏わりついたような倦怠感が占める。もうどのくらい、ここにいたのかなんて分からない。


 神様、私はあと何百年、ここにいるのでしょうか。生まれ変わることは出来ますでしょうか。もう一度、二人に会えますでしょうか。


 ……いいや、駄目だ。淀みに沈んだ私に、二人と出会いお友達になろうとする資格なんてない。


 でも、それでも――……


 手を、天上目掛けて伸ばす。




 その手を取った、人がいた。


「……エリ、ゼオ?」

「遅くなってごめん、クラリーチェ。フェリーチェがお母様の後を追うような真似は許さないって怒って。寿命を迎えるまでの間、君を一人にしてしまった」


 泥に光が入ったように、白い手が私の手を掴んだ。

 グッと、引き上げられる。


 引き上げられていく程に、真白の光に近づく程に、ほろほろと私の身体から泥が落ちていく。白いワンピースがあらわになった。


「これが、僕のやりたいこと。やりきれて、良かった」


 天上へ昇っていく。


 私は強く、エリゼオの手を握った。


 瞬間、光が周囲を覆った。眩しくて目を閉じてからゆっくり開けると、真っ白な空間に私とエリゼオだけがポッカリ浮かんでいた。彼は、私たちが出会った頃のような姿をしている。

 ふと自分を顧みれば、私の髪も黒くなっていた。


 その髪を漂わせ、私はエリゼオが引っ張るままに昇っていく。


 ゆっくり私を見つめながら、彼が顔を綻ばせた。

 何十年も変わらない彼の笑顔に、胸が軋む音がする。

 ジン、と鼻が痛くなって、どうしようもなくなる。



 ああ私、また二人のお友達になりたい。

 そして今度は、私から声をかけるの。

 だって二人は絶対、笑ってくれるから。資格なんて必要ないと、また私の手を引いてくれるから。


 ありがとう、どうかまた会う日まで、お元気で。



◇◇◇


 少女が、頬を赤らめながらこちらを見つめる二人を引き止める。

 決意を固めるように、胸の前で手を組み口を開いた。


『あの、私と――!』


 その言葉を聞いた二人は、少女の手を引き笑った。なにを今更と言うように、少女を左右で挟む。

 ギュウギュウ挟まれた少女は、キョトンと目を瞬かせてから、安心したように笑った。


 今日は月も星も綺麗に見えることだろう。そう思わせられる程に空が澄み切った、穏やかな昼下がりだった。




ここまでお付き合いいただきありがとうございます

少しでも面白いと思ったら★★★★★押してもらうと励みになります。

ブックマークや感想も嬉しいです。誤字報告もありがたいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
どうしてこんな情緒深く丁寧に優しさ溢れるお話が作れるのだろうと 引き込まれすぎて泣けてしまいました。 3人が出会ってからの幸福感がまさに光と花がまあが如くきらめいて おしよせるようにぐわわって伝わっ…
 自分の体をあげてまでフローラを蘇らせようとするクラリーチェ、クラリーチェに体を返そうとするフローラ、そしてその二人のそばにいて支えたエリゼオ、3人がそれぞれを大切に想う気持ちの美しさに涙が出ました。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ