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クラリーチェ《1》

「君を愛することは出来ない」


 婚約者となったエリゼオにそう告げられた。だから私は、ニコリと微笑んでみせる。


「構いません。半年後に愛していただけるなら」


◇◇◇


 初夏。学園。クラリーチェ•フォルクスという名前を持つ、ある意味有名人である私はため息をついた。

 ……何故『魔女』と呼ばれるような私が、『聖女』と言われているフローラ様とその婚約者であり類稀なる剣の腕を持つエリゼオ様とお茶をしているのだろう、と。

 ふんふん、と楽しそうに紅茶に角砂糖を三つ入れるフローラ様を横目に、私はミルクティーを飲む。


 気まずくてもう一度小さくため息を零せば、「クラリーチェ様」と話しかけられた。ミルクティーを置き向き合ってみれば、真白の髪に桃色の瞳を持つ童顔の美少女はなんだか頬をぷっくり膨らませている。

 そんな表情ですら可愛らしい。私がすれば「呪いの水でも吐き出すのか!?」とでも言われそうだ。


 美少女であるフローラ様が口を開いた。なんだか決意に満ちている。


「私っ、貴女のような人が魔女だなんて言われるの我慢なりません!」

「いえ、言われ慣れていることですしお気づかいなく……」

「まあ、一体誰に言われているのですか?」

「同級生の……なんか赤髪で豪奢な方です」


 名前が思い出せずボンヤリと特徴を挙げれば、腕まくりをする仕草をしたフローラ様は隣に座っているエリゼオ様の腕を引っ張った。


「……そんなド派手な人は一人しかいません。さあ、エリゼオ! 本当の恐怖とはなにか、レイラ様に教えてあげなさい!」

「いいね。よし、殴り込みだ!」


 ひゃあ脳筋。フローラ様もだけど、エリゼオ様もその銀髪に赤目の凛々しい顔でなんてことを。逃げて、今名前を知ったレイラ様超逃げて。聖女様と騎士科のエースが貴女の命を狙ってる。

 

「ふ、二人共落ち着いてください」


 オロオロしながらそう言えば、二人はなにか言いたげだけど大人しく席に着いた。

 子供が不満を訴えるような表情をしている二人に、私は人差し指を向ける。


「私は、二人にご心配頂かなくとも平気です」


 魔女が生まれる家系で順当に魔女の力を宿して生まれてきた私は、「あ~、呪いてぇ」などと軽率に思わないように訓練を受けている。つまり色んなことに不平不満を感じにくいようにされている。

 だからレイラ様の嘲笑についてなにか思ったりはしたことない。家族が「潰しちゃう? 我が公爵家の力を以て物理的に潰しちゃう?」とたまに問いかけてくるぐらいだ。もちろん否と答えているが。


「楽しい時間をありがとうございました。では、私はここで。以降、私に声はかけてこないでください」


 席を立ち、手をヒラヒラと振る。

 黒髪を揺らしながらそのまま去ろうとすれば、目の前にハンカチが差し出され思わず止まってしまった。


「クラリーチェ様は、とても排他的な方ですね」


 排他的……部外者を排斥して退けるという意味


「え?」


 戸惑う私を、フローラ様が見据える。


「それならば何故、私のハンカチを拾ってくださったのですか?」


 そこでようやくハンカチを見れば。

 一昨日フローラ様のポケットから落ちたのを見た、不格好な、なにかの紋様の刺繍が施されたハンカチだった。

 声をかける勇気なんてなくて。彼女の机の上にそっと置いたハンカチ。

 フローラ様の机は知らなかったけど、聖女様にプライバシーはないのかどこの学年でどこのクラスなのか〜という情報は、聞き耳を立てればすぐに仕入れられる。加えて不自然に磨き上げられた机を見つけるだけ。

 これ程お手軽な人も中々いないと思う。


「何故、私が置いたと?」

「丁度、見てしまったんです。貴女が私の机の上に置くところを。私の側にいた子たちは私がこのハンカチを使っていることは知らなかったんですよね。だからその不格好な刺繍には呪いが施されている、聖女様を呪う気だと言いました」

「まあ、実際には僕が刺したんですけどね」


 エリゼオ様が刺したハンカチが、私のせいで呪具のような扱いを……。


「でもこのハンカチは、元々形が歪なだけで呪いなんてかけられていませんでした。――教えてください。どうして、()に親切にしてくれたのですか?」


 その瞳は暗に、「貴女は『魔女』で、私は『聖女』なのに」と言っている気がした。

 私はうーんと考える。特に深い意味はない。だって、私は不平不満を感じにくいように訓練を受けているのだし。だからなんとなく拾って、持ち主に返しただけ。


 けれどその行動に理由を付けるとするならば。


「……大切に使われていそうなハンカチでしたから」


 我が家で飼われている白い毛並みの犬みたいに、汚れればその都度丁寧に洗われたような白で。

 私は返さなくてはと思った。


 場を沈黙が支配する。

 身が詰まる気がして顔を上げれば、エリゼオ様に両手を握られた。


「クラリーチェ様は、良き方(よきかた)ですね」

「え、私今まで悪き方(わるきかた)だったんですか」


 しみじみと言う彼にツッコむ。


「いえ、どちらかと言えば良き方から"とても"良き方に変わった、という感じです」

「なるほど、良き方の上位互換ですか」


 それです、と笑うエリゼオ様の笑みが綺麗で少し見惚れていると、ベリッと音がしそうな勢いでフローラ様にエリゼオ様と繋いでいた手を剥がされた。

 向こうから繋いできたとは言え、相手は婚約者持ち。やってしまったと思って土下座をしようとすれば、それを遮るようにフローラ様に抱きしめられた。


「ふふっ、はい、当たりです。このハンカチは、私にとってとても大切なハンカチなんです」


 ヤバい。とてつもなく良い香りがする。


「ありがとうございます、クラリーチェ様」


 少し私から体を離した彼女はうっすら涙ぐんでいて、それからなにかを意気込むように眉をキュッとさせた。


「私と、お友達になってください!」

「いいね、フローラ。というわけでクラリーチェ様、僕とも友達になりましょう」


 雷が落ちた。ううん、実際には落ちていない。だけどそれくらいの衝撃が、私の身を貫いた。


「な、何故ですか!」

「……予言とか? ですかね?」


 嘘だ。神様が聖女様が生まれた時にただ一つ与えるとされる予言がこんな内容の訳ない。

 ジッと見つめれば、「だって是が非でもクラリーチェ様とお友達になりたいんですもんっ」と幼子のようにフローラ様が嘘を白状した。

 少々戸惑ってしまう。


「え。いやだから私は魔女で……」

「なりましょうよぉ」

「フローラ様は聖女で……」

「私とお友達になりましょう」

「エリゼオ様は騎士で、将来聖騎士になるのだから魔女とは関わらない方が……」

「友達、いい響きですよね」


 押し問答の末、私が二人の圧に耐えきれず「……なります、友達」と力なく言ってこの勝負は幕を閉じた。


 やったー、とハイタッチする二人を見て、まあいいか、と不平不満を感じにくい……(以下略)の私はすぐに思い直して上を見上げた。

 おそらきれい。


◇◇◇


「クラリーチェ様、こちらのサンドイッチが美味しいですよ」

「……ありがとうございます」


 そうしてお友達になった私たちは、昼休み毎に一緒に昼食をとっている。私にあんまり関わるのは良くない、といつも逃げようと思っているのだが、チャイムが鳴った次の瞬間には私よりも一学年下で階も違う筈の二人が教室の前にいるのだ。軽くホラーである。

 生物のおじいちゃんはびっくりして腰を抜かしてた。ストレスでハゲ、増えてないといいな。


 閉話休題。


 そんなこんなで今日も捕まった私は、右にフローラ様左にエリゼオ様という両手に薔薇の花状態で中庭へアーッと連れてかれた。

 食事が始まってからも二人は私を挟んでせっせとお弁当を分けてくれる。

 フローラ様からは茹で卵ときゅうりを挟んだサンドイッチを。エリゼオ様からは甘いフルーツを。


 むぐむぐと口を動かしながら咀嚼すれば、多幸感いっぱいの顔をした二人がまた私のお弁当にせっせと自分たちのを載せる。


「二人共、これ以上は結構です」


 きっぱりとそう言えば、エリゼオ様が「まあまあそう言わず」と苺を追加で入れてきた。


「でも、二人の分のご飯が無くなってしまいますっ」


 不満を訴えてから、私は自分のお弁当に入っていたチキンをなんか甘辛く味付けされたモノを、二人のお弁当箱にそれぞれ入れた。


「だからこれ、どうぞ」


 そうすれば二人は子供のように顔を輝かせて、それからチキンを頬張った。


「美味しいです、クラリーチェ様」

「はい、とても美味ですね」


 喜んでくれているフローラ様とエリゼオ様を見る。

 二人は私に初めて出来たお友達。ずっと縁のないモノだったから、こうやってご飯を食べるだけでもとても楽しい。

 ……だけどやっぱり、聖女様たちといて良いのだろうか? 私をお友達と言ってくれる二人がいわれのない噂を立てられるのは、とても忍びない。


 そう考えていれば、私たちの前に誰かが立ち塞がった。

 私をいつも小馬鹿にしてくるレイラ様だった。今日も真っ赤な髪をなびかせている。


「ちょっと、なんで聖女様たちの側にいるんですかっ」


 わあ正論。今日だけはレイラ様を肯定してしまう。


「聖女様、エリゼオ様。その魔女から離れてください。二人まで呪われてしまいます。なんせ、彼女は醜い魔女なのですから!」


 勝ち誇ったように、レイラ様が笑う。

 ……ああ、駄目だなぁ。今日はなんだか、彼女の言葉がよく刺さる。


 駄目だ、心を落ち着かせなきゃ。父様が教えてくれた秘伝の技、今こそ使う時。羊が一匹、羊が二匹……。


「だからですよ」


 八匹目で、フローラ様が声を出した。凛と空気が震えた。


「聖女である私がいれば、魔女であるクラリーチェ様が呪いを使った時解除することが出来ます! だから、監視する為にクラリーチェ様の近くにいるのです」

「僕も、なにかあった時に頭とか落とせますよ」


 フローラ様が選手宣誓のように片手を上げ、エリゼオ様が胸に手を当ててウンウン頷いている。

 そんな二人の圧に押されるように、レイラ様はぐっと顔を歪めた後「……そうですか。出過ぎたことを言って申し訳ありません」と謝罪をし足早に去っていった。


 レイラ様の姿が見えなくなった頃、フローラ様が私に向き直った。心なしか体がプルプル震えている。


「私今、聖女で良かったって生まれて初めて思いました」


 ニパッと、フローラ様は花がほころぶように笑った。


「貴女の側にいる大義名分が出来ました! 役得ですねっ」


 言葉が出なくて。心臓が一瞬軋む音が聞こえた。


 エリゼオ様もフローラ様に乗じるように「僕も剣を習っていたお陰で助かりました」と嬉しそうに笑ってる。


 なんて、凄い人たちなのだろう。

 とても優しく、気高いのだろう。


『クラリーチェ。誰もが貴女を蔑もうと、気高き人間でありなさい。いつか貴女の心を見てくれる人が現れた時、目を合わせられないような所業は決してしてはいけません』


 同じ魔女である母様が、いつもとは違い先生のように口調をキツくして私に言い聞かせていた言葉。

 幼い頃の私はよくこの言葉に反抗していた。

 

 だって、そうでしょう? 我が家は代々、王家とも契約を交わして王家に呪いがかけられない為にしかこの力を使っていない。王家に牙を剥く魔女たちから守る為に。

 でも、そんな私たちを周りの人たちは蔑んだ。なにもしていないという言葉は信じて貰えなかった。

 

 それならお望み通り呪ってやる。そう思ってきた。

 ――だけど母様。ようやく私は分かりました。私はこの二人だけには、恥じない人間でいたい。裏切るような真似をしたくない。

 私は、フローラ様とエリゼオ様に出会う為に、人を呪わず生きてきたんですね。


「……二人は、私のお友達ですか?」


 問えば、二人は目を丸くした。


「当たり前じゃないですか!」

「なにを今更。まさかお友達契約を破棄したいですか? 受け付けませんよ」


 顔に熱が集まる。


「だったら」


 もう"様"はいらないです。


 熱くなった頬を押さえながら一呼吸に言えば、フローラ様に抱きしめられた。


「嬉しいです。私はクラリーチェが大好きです」

「……私も、エリゼオとフローラが、この世で一等大好きです」


 そっと彼女の背に手を回せば、じんわりとした熱がより伝わって。肩の上に乗った骨ばったエリゼオの手の重みが心地よくて。

 私はうっとり瞳を閉じた。


 この二ヶ月後、人を呪うことを決意するとも知らないまま。


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