9話:結ばれない二人
体育祭の一週間前から始まった放課後の二人三脚の練習。
セシリオは、リレーの方の練習は早朝にやっているようで、朝から放課後まで大忙しだった。そこで思い出すのが前世での自分の部活のこと。中学の頃はバスケットボール部で、よく蜂蜜漬けのレモンを持参し、みんなで食べていた。
ということで屋敷のパティシエに作ってもらい、早朝のリレーの練習中のセシリオに差し入れると……。
「ありがとう、キャンデル伯爵令嬢! これはみんなで食べていいのかな?」
「はい。沢山あるのでみんなでどうぞ」
「嬉しいな。……頑張るよ!」
とても喜んでもらえた。
こうして二人三脚の練習も順調で、迎えた体育祭当日。
秋晴れで青空が広がり、気温も暑すぎず、寒すぎずで丁度いい。
私が出場するのは二人三脚だけではない。
女子100メートル競走、玉入れ、綱引き、そして二人三脚だった。
ちなみにこの体育祭もゲームでは……。
『玉入れでは悪役令嬢エマが、あなた目掛けて球を投げつけてきます。でも玉入れは男女混合競技。彼があなたを守ってくれるので、一安心。それに競技の後、彼はエマにきつく注意をしてくれるので、彼女の嫌がらせはしばらく収まりました。⇒続きを読む』
つまり玉入れでも私は、エマに嫌がらせをすることになるのだけど……。
「では制限時間は五分。鐘の音と共にスタートです!」
玉入れは一年生の競技で、一学年3クラスで勝利を目指す。
鐘の音と共に、バスケットに向け、皆、一斉に玉を投げる。
私もバスケットを狙うつもりなのだけど、手はアナの方へ向かってしまう。
つまりシナリオの強制力で、アナを攻撃するように玉を投げていたのだけど……。
アナは私が投げた玉を、見事にキャッチする。
しかも。
「キャンデル伯爵令嬢、ナイス・パス! もっと投げてもらっていいですよ!」
そんなことを言うのだ。
傍から見ると、こぼれ玉を私が拾い、それをアナにパス。
キャッチした玉をアナはバスケットに投げ入れた。
見事な連係プレーをしているように思える。
ただ、私のパスは容赦ない。
アナがバスケットに玉を投げ入れている最中も、玉を彼女に向けて投げている。
ではその玉はアナに当たるのか?
当たらない。アナのそばにいるジャレッドがブロックしているのだ。
時にキャッチしそこねて、ジャレッドの顔や体に玉が当たり、その時は物凄い形相で睨まれた。でもシナリオの強制力で動いている私は、気にせず玉を投げ続ける。
こうして無限に続くと思われたが、五分の終了の鐘が鳴った。
結果。
私達のクラス、A組の勝利だった。
勝因は――。
「キャンデル伯爵令嬢とディアス男爵令嬢の連携が、完璧だった。特にディアス男爵令嬢は百発百中かと思う腕前。とにかくこの二人のおかげで勝てた!」
クラスメイトのこの分析に、私は苦笑するしかない。
アナが恐ろしい程運動神経がいいおかげで、今回もまた、嫌がらせは不成立だった。ただ、玉を投げつけるというシナリオの流れには沿っている。かつジャレッドもアナを守るというシナリオの動きをできていた。
「キャンデル伯爵令嬢、ありがとうございます!」
アナが当たり前のようにハイタッチを求めたので、応じてしまったが……。
ヒロインと悪役令嬢なのに。
ハイタッチなんてしている場合なのかしら?
「キャンデル伯爵令嬢、大活躍だったね」
碧眼を細め、笑顔のセシリオが労をねぎらってくれる。
これは……素直に嬉しい。
セシリオと並んで座り、二年生の借り物競争を眺めていると、尋ねられる。
「玉拾いを率先して行い、ディアス男爵令嬢にパスして花をもたせる。彼女は君の婚約者とほぼ一日中一緒にいるというのに。それも許容している。どうしてそんな風にできるんだい? 寛容なその心は、まるで聖母のようだ」
これにはうーん、違うんですよ、セシリオと思わずにいられない。
まずアナとの連携。
連携などではなく、その真逆なのだ。
私はシナリオの強制力で、攻撃をしていたのだ。ジャレッドとアナが一緒にいるのを容認しているのは……。していない。ゲームのシナリオ上では。だからこそアナへ嫌がらせをするのだ。その一方で私自身はどう思っているのか。
諦めだ。
婚約してすぐジャレッドは、明確に政略結婚であると指摘し、私を愛していないと宣言している。それにジャレッドとアナのゴールインこそが、この乙女ゲームの世界が望んでいることと分かっているから……。
最大は私が別にジャレッドに好意がない……という点もあるだろう。
この辺りの事情、素直に打ち明けてもいいのだろうか?
いいだろう。
だってどうせシナリオの強制力が働くのだから。
「イートン令息との婚約は、政略結婚のためです。それはお互いに分かり切っていること。そしてイートン令息は、入学式でディアス男爵令嬢と知り合い、その時から好意を持っているのです。でも我が家との縁談話が浮上してしまって……。この婚約は、そう簡単に破棄できるものではありません。家同士で結ばれたものですから。どんなに仲良くしても結ばれない二人なら、せめて今だけはと許容している感じでしょうか」
乙女ゲームのことを言えないため、こんな言い方になってしまったが。
セシリオは私の言葉を聞いて、なんだか苦笑いをして「なるほど」と呟いた。
そこで歓声がひと際大きくなった。
借り物競争で女装した男子が、慣れないパンプスで走る姿に、爆笑が起きていた。
「結ばれない二人、か」
セシリオが何か呟いたが、それは声援にかき消され、私の耳に届くことはなかった。