6話:勝手に体が……
悪役令嬢であるエマが、ヒロインのアナへ嫌がらせを重ねてしまう理由。
それはよく分かった気がする。
ゲームの演出上、攻略対象の婚約者になってしまうエマ。
本人の意志とは関係なく、家同士の利益と、ゲームの演出として婚約をするのだ。そして婚約者となった攻略対象は、既にヒロインへ心が向いている。
婚約者の心が自分にないと気づけば、ではその心はどこにあるのか?となるだろう。そこでアナに向かっていると分かれば……。
エマが怒りと嫉妬で、アナに嫌がらせをしたくなる心理は、容易に想像できた。
ヒロインとしてゲームをプレイしている時。
悪役令嬢のエマは、意地悪な邪魔者でしかなかった。でも裏事情を知ってしまうと……。それに当事者になると、エマに同情したくなる。
しかもヒロインであるアナとは、クラスメイトとして、普通に仲良くなっていた。それなのに遂に婚約が決まり、シナリオ通りの嫌がらせをすることになると思うと……。
嫌がらせなんてしたくない。
そうなるとなるべくアナから離れるようにした方がいいと思った。
◇
「キャンデル伯爵令嬢。婚約、したんだね。しかもクラスメイトのイートン令息と。驚いたよ。もしかして前々から婚約話が決まっていたの?」
王立エール魔法学園では、座席が前世のように決められていなかった。
大学のように、自由に席へ着いていい。
王太子のセシリオは、第二皇子のヴェルナーと一緒にいることが多かった。よく二人が並んで席に着いている姿を見た。だがたまに早く一人で登校すると、一番後ろの窓際の席に座る私のところへとやってくる。挨拶から始まり、そのまま話をして、セシリオは私の隣に座った。そこへヴェルナーが来て、セシリオの隣に座る――という夢のようなことが時々起きていた。
そして今日もいつものノリで、セシリオは声を掛けてくれたのだと思う。
「前々から出ていた話だとは思いません。突然、浮上した話に、私には思えました。ただ、両親は入学式で、イートン公爵夫妻と会っています。そこで同級生であることが分かり、年齢的にも丁度いいとなったみたいです」
セシリオは澄んだ湖のような瞳を細め、「そうだったのか」と呟いた後、少し残念そうな表情になる。
「婚約者ができたとなると、ホルス第二皇子殿下と三人でランチを食べようと、誘いにくくなるね」
王太子であるセシリオと、ランチをしたがるクラスメイトは多い。セシリオはその希望に応じながらも、「ごめん。今日は普段あまり話さないクラスメイトとランチをしようと思う。また明日、誘ってくれるかな」と答える日もあった。
そんな時は本当に、同じクラスでありながら、ほとんど会話をしたことがないクラスメイトの何人かに声をかける。ヴェルナーと共に。そんな一環で、私もセシリオとヴェルナーと三人でランチすることがあったのだ。
これは……私はゲームのボーナスタイムだと思っていた。やがては婚約破棄され、断罪されるエマの、束の間の夢時間だと。
でもそうか。婚約者ができたら、異性と仲良くすることは……。
談笑しながら教室に入って来る男女が見える。
それはジャレッドとアナだ!
「……確かに婚約者がいるのに、他の方にエスコートされたり、二人きりで何かをしたりするのは憚られます。ですがホルス第二皇子殿下も含めた三人であれば、問題ないかと……」
セシリオはサラサラの金髪の前髪を揺らし、顔を私の視線の先に向けた。
そこでアナの隣の席に座るジャレッドを見つけ、驚いた表情になる。
婚約者がいるのに、堂々と別の令嬢と一緒にいるジャレッドにビックリしたのだろう。
だがその驚きは口にせず、私に提案してくれた。
「……確かに三人なら、問題ないよね。では早速。今日はランチを一緒にどうかな、キャンデル伯爵令嬢?」
「はい、行きましょう、三人で!」
◇
王侯貴族が利用するカフェテリアなので、給仕をするメイドやバトラーがいる。よってレストランと遜色ない。着席して料理を注文し、到着を待つ。
「僕は、今日は魚にしようかな。舌平目のボンファムが美味しそうだ」
セシリオがメニューブックをパタンと閉じる。
「ではわたしは肉にします。牛肉のシチューは間違いないでしょう」
ヴェルナーも即決だ。
「私は……魚にします!」
こうして料理を注文し、近々行われる体育祭の話題で盛り上がった。
文武両道のセシリオは、リレーのアンカーに選ばれている。
ヴェルナーもそのリレーのメンバーの一人だ。
ちなみに運動が苦手なジャレッドは、リレーの選手には選ばれていない。
「そういえばまだ二人三脚のペアを決めていないね」
「それは今度のホームルームの時間に決めると言っていましたよね」
セシリオとヴェルナーがそんなことを話している時、気づいてしまった。
食事をしていた五人の令嬢令息が一斉に席を立つことで、視界が開け、そして――。
ジャレッドとアナが二人でランチをしている姿が見えてしまった。
セシリオは、「婚約者ができたとなると、ホルス第二皇子殿下と三人でランチを食べようと、誘いにくくなるね」と気遣ってくれたのに。ジャレッドは全くこの辺りの配慮がないようだ。平気で婚約者ではない令嬢と二人きりで、食事をしている。周囲から自身と私がどう思われるかなんて、全く気にしていないのだろう。
それはもう、悪役令嬢としての、反射的な行動だった。
「ちょっとレストルームへ」
この一言で、セシリオとヴェルナーはすぐに微笑んで頷き、私への関心をなくしてくれる。レストルーム=トイレへ行く令嬢に注意を払わないは、一種のマナーだった。
二人の注目が外れた私は、ジャレッドとアナが座るテーブルへ近づく。
そこに丁度、ティーセットを運ぶメイドの姿が目に着いた。
すると体がもう、勝手に動いている。
これが――シナリオの強制力だと思う。
そして脳裏にはゲームで見た場面が浮かぶ。
『カフェテリアで悪役令嬢エマは、すれ違ったメイドにわざとぶつかります。するとティーカップからティーポットまで床に全て落ち、割れてしまうのです。あなたの制服は汚れ、しかも飛んできた破片で顔に傷ができます。それを見た彼はエマに対し怒り、そしてあなたのことを急いで保健室へ運んでくれたのです。 ⇒続きを読む』