5話:ああ、ついに婚約ですか!
ヒロインと思いがけず接点を持ったその日。
屋敷へ戻ると、ヘッドバトラーから声がかかった。父親の執務室へ来るようにと。
「何かしら?」
そう思いつつも、制服から葡萄色のドレスへ着替え、執務室へ向かう。
ノックをして中に入ると、若草色のドレス姿の母親も、父親が座る執務机のそばにいる。
そこで私は「もしや」と思っていた。
「エマ、おかえり。こちらへ来なさい」
チャコールグレーのスーツ姿の父親の言葉に、執務机へ近づく。
母親は「おかえり、エマ」と微笑んでいる。
そこで私はピンときた。
前世で見た乙女ゲーム“ラブマジ”の画面が脳裏に浮かぶ。
『悪役令嬢エマの父親であるキャンデル伯爵。彼は、イートン公爵家の嫡男であるジャレッドと、エマの婚約話が進んでいることを知らせます。 ⇒続きを読む』
多分、この場面だ!
「イートン公爵家の嫡男であるジャレッド。エマも知っているね? クラスメイトだろう? 彼のご両親と話し合いを進めているのだが、エマとジャレッド、お前達二人は婚約することになるだろう」
目の前にいる父親は、まるで台本を読むかのごとく正確に、ゲーム画面で見たセリフを口にしている。
そう、ジャレッドとの婚約話が出ているという件だ。
やはりシナリオ通りに展開している。
「貴族同士の婚約に当たっては、国王陛下へ報告し、許可をいただくことになる。その後すぐ、婚約契約書を締結だ。双方の弁護士も目を通してとなると、約二週間かかるだろう。それまでの間に、ジャレッドとのお茶会の機会を設ける。十月の最初の日曜日には、双方の家族揃っての食事会=婚約式を行うことになるだろう」
父親の言葉を、淡々と聞くことになる。
ここはヒロインのために存在する世界。ゆえに国王陛下と言えど、ジャレッドとエマの婚約を止めることはできないだろう。つまり許可はすんなり下りる。そして婚約契約書もスムーズに締結されるだろう。
「エマ、良かったわね。あなたは未来の公爵夫人になれるのよ。おめでとう」
「お父様、お母様、ありがとうございます。イートン令息との婚約、楽しみにしています」
私とて、シナリオの強制力からは逃れられない。
嬉しくもないジャレッドとの婚約を楽しみにしているなんて。
心にもないことをしれっと口にしている。
こうして私とジャレッドは婚約する方向で動き出した。
◇
公爵家の嫡男ジャレッド・イートン。
ブラウンの髪に、知的さをたたえた琥珀色の瞳。
スラリとした細身で、王太子のように程よく筋肉がついているわけでもない。
あくまで勉強ができるインテリタイプだ。
前世で“マジラブ”をプレイしていた時。
私の推しは、俄然王太子のセシリオだった。
王道の王子様で、とにかく性格良し、見た目良し、頭も良し、運動神経も良しで、非の打ち所がない。推しになって当然だった。
その一方でジャレッドは、申し訳ないが、まあ普通。
そう、普通だと思っていたが……。
実際、目の前に座ったジャレッドを見ると、肌艶はよく、髪には天使の輪ができるくらい美しい。普通にこの世界において、イケメンだった。
美女を前にして男性がデレるように。
イケメンがいたら自然と意識してしまう。
しかし。
「はぁ……」
ジャレッドは……盛大なため息をついている。
今日は婚約が正式に決まり、イートン公爵家の屋敷に招待され、ジャレッドとティータイムを過ごしていた。
さすが公爵家で、案内されたティールームは、赤い絨毯に豪華なシャンデリア、大理石で作られた暖炉に、マホガニー材で作られたテーブルと椅子と、とてもゴージャス。そして用意されたスイーツは、キラキラとしたエフェクトがかかっているかのように美しい。
すべては完璧なのに。
ジャレッドとの会話は盛り上がらず、そしてため息をしきりに繰り返している。
一応、前世の私と違い、エマは悪役令嬢。
容姿は悪くないはずだ。
いや、容姿に関しては天下一品のはずなのに。
それに現状、ヒロインであるアナに対し、何もしていないのに。
どうしてジャレッドは、こんなにもため息をつくのだろう……。
「一応。毎日、学校でも顔を合わせますよね。特に会話をすることがなければ、もう解散にしませんか?」
「えっ……」
「どうせ君と私は政略結婚。私の父親は造船業に力をいれています。船作りには鉄や鋼も必要ですが、木材も必要。キャンデル伯爵家の領地には、森林が多いでしょう。融通を利かせてもらうための私と君との婚約。君の家は公爵夫人という名誉が手に入る。私の父親は木材を手に入れる。そのための、愛なんてない婚約なのです」
それは……その通りだった。
付け加えるならば。
私がジャレッドとヒロインであるアナの障壁となり、それを乗り越えることで二人の愛は深まる。つまり私との婚約は、ゲームの演出の一つに過ぎない。
「茶番のために、貴重な休日を使うなんて。お互いについていない」
「それは……」
まさにその通りなのですが!
本人前に、ここまで本音を出すなんて。
ジャレッドって最初からこんな性格だったの!?
ゲームをプレイしていた時のジャレッドとは、ヒロインとしてしか対峙していない。自身の婚約者になった悪役令嬢エマに対し、こんなに冷たかったとは……。
でもそれは仕方ないのかもしれない。
既にジャレッドは、ヒロインであるアナと知り合っており、二人は仲が良かった。貴族のしがらみがなければ、ジャレッドはアナに告白をするつもりだったはずだ。それなのにエマと、愛のない婚約となったのだから……。
結局“マジラブ”は、ヒロイン目線でゲームが進行している。
だからここで初めて知ることになった。
ジャレッドと婚約した悪役令嬢エマ。
二人の仲は、最初から冷え切っていたことを。
もしアナが、王太子であるセシリオや第二皇子のヴェルナーの攻略を選んでいたら。
エマは彼らの婚約者になっていた。
そうしたら二人ともジャレッドのように、冷たい言葉を口にしたのだろうか?
「君も何か考え事があるようだし、いいよね、これで」
ジャレッドが空になったティーカップをカチャッとソーサーに戻した。
「……分かりました。帰ります」
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