46話:沢山のスイーツ
気づけば八月の半ばになっている。
もう来月から新学期が始まってしまう。
いろいろ忙しかったが、それは幸せになるための慌ただしさ。
よって大変だけど、楽しくもあった。
「お嬢様、お手紙が届いています」
そう言われた時、てっきりセシリオからだと思った。
彼はほぼ毎日のように会っているのに。
毎朝摘み立ての花一輪と一緒にメッセージカードを贈ってくれていた。
さらに一週間に一度は手紙もくれる。
カードにも手紙にも。
愛の言葉がいっぱい書かれている。
この世界に自費出版の制度があるのか分からない。
でもできることならこのセシリオの愛の言葉を一冊の本にまとめ、毎晩寝る前に読みたい……なんて思っていた。もしこれをセシリオに話したら、「僕が目の前にいるのに、過去に贈ったメッセージを読むの?」と不思議そうな顔をしそうだ。「過去ではなく、今を見て、エマ。今から沢山、愛の言葉をあげよう」なんて言ってくれそうだ。
「お嬢様……?」
レタートレイを手にメイドが首を傾げている。
咳払いをして封筒を手に取り、ペーパーナイフを使い、開封。
差出人を見るとアナ・ココ・ディアスと書かれていた。
つまりヒロインだ!
ヒロインであるアナとは、あの舞踏会で少し話しただけだった。
しかも以後、会うことできていない。
私はセシリオとの婚約とイートン家とのやりとりに追われ、アナもまたイートン家と交渉し、リベルタスとの婚約で忙しかったはずだ。お互い、そういった諸々が落ち着いたタイミングが、まさに今なのではないか。
あの場でジャレッドのことを断罪してくれたアナには、私から連絡をとるべきなのに! すっかり忘れていたことを申し訳なく思う。
ともかく手紙を読み、返事を書かないと。
ということで封筒から便箋を取り出し広げると……。
『Dear:キャンデル侯爵令嬢
新聞で読みました。
エール王太子殿下との婚約準備。
着々と進んでいるようですね。
改めておめでとうございます。
本当に良かったと思っています。
イートン令息には、お互いに振り回されていました。
でも、もう自由です。
いろいろなことから解放されましたよね。
そこでご提案です。
来月になると学校も始まり、婚約式もありますよね。
時間があるとしたら、今なのではないでしょうか。
もしよろしければキャンデル侯爵令嬢を私の屋敷へ
招待したいと思っています。
男爵家まで出向いていただくのは恐縮ですが
当日は沢山、あなたの大好きなスイーツを用意し
待っています。
お返事心からお待ちしていますね。
From:アナ・ココ・ディアス』
これにはビックリ!
返事は当然、「お邪魔させていただきます!」だった。
◇
ディアス男爵家の屋敷は、王都の中心部からは少し離れた場所にあった。
周囲に貴族の邸宅が並んでいる……わけではなく、畑や牧場が広がっている。
学校まで馬車で一時間以上かかるだけあり、ちょっと牧歌的だ。
でもその分、我が家より庭は広く、そして……広すぎて厩舎と牧場の区別が柵で隔てられているような状態だったので、ジャレッドも不法侵入できたのね、と思ってしまう。
ともかくその広大な敷地の中、馬車を走らせ、エントランスに到着。
馬車から降りるとフレッシュローズ色のドレスを着たアナと、黒のセットアップ姿のリベルタスが迎えてくれた。
私はアイリス色のドレスを着ており、手土産で持参した庭で摘んだラベンダーの花束とチョコレートの詰め合わせを早速二人に渡す。
「まあ、いい香りだわ。これでポプリやラベンダーティーを沢山作れるわね!」
「アナ。君はいつもなんでも実用的に使うね」
二人の微笑ましい会話の後、ティールームに案内された。
そこはサンルームにもなっており、ガラスの天井から明るい陽射しが差し込んでいる。白いかごに吊るされたアイビーの葉が青々と茂っていた。一面が窓になっており、壁紙も白なのでとても明るく感じる。
そして……。
なんだかとても甘い香りがする。
「どうぞ、お座りになって」
そう言われて用意されていた丸テーブルとイスの方へ向かうと……。
そこには既に沢山のスイーツが用意されていたが、それを見た瞬間。
私の心臓は早鐘を打っていた。