42話:荒唐無稽な話
アナ視点です。
まさか乙女ゲームの世界に転生するとは。
しかも私はヒロインであるアナに転生していたのだ。
これにはもう驚きしなかった。
驚いたが、前世で私は命を落としたのだ。
大型トラックと軽自動車の衝突。
運転席の秀俊も助かっていないだろう。
茜は……。
茜には助かっていて欲しいと強く思っていた。
あの時、茜はシートベルトを着けていただろうか?
車に乗る際は「シートベルトを着けなさい」と口うるさく言っていたが、もう大学生だった。親の言うことなど話半分にしか聞かないこともあったのは事実。
それでも後部座席なのだ。
もしかしたら助かったかもしれない。
半年ぐらいは前世のことを想い、茜のことを考え、気分が沈むことも多かった。
でもこの世界で私は赤ん坊で、ディアス男爵夫妻……私の両親はとても愛情深い人だったのだ。彼らの愛を感じることで、徐々に心も癒されていく。
三歳ぐらいになると、前向きに新しい人生を歩んでいこうと、なんとか思えるようになった。
五歳になる頃には、ようやくこの世界に転生した意味を考えられるようになった。
私は乙女ゲームのヒロインなのだ。
それならばゲーム中に登場した、あの素敵な攻略対象達からちやほやしてもらえるのでは!?と。
前世の最期は、女として終わっていたように思う。
母親としては満足していた。
茜のことは大好きだったから。
でも妻としては……。
もしこの世界で、攻略対象=スパダリな彼らと結ばれたら、もう一度茜を生むことができたりするのかしら? いや、茜は日本で今も元気に生きているはず。大学を卒業し、頑張って仕事をしている。
そんなことを考えている時、屋敷に一人の少年がやって来た。
リベルタス・ラングリー。
ラングリー伯爵家の次男で、領地は我が家の隣にある。
私と同じ五歳なので、遊び友達にということで紹介された。
周辺の貴族の領地の子供は令息が多く、同い年の令嬢はいなかった。
それもあり、リベルタスを紹介されたのだ。
黒髪にルビー色の瞳で、まだ五歳なのにキリっとして凛々しい。
ラングリー伯爵家は騎士を輩出している一族で、王立騎士団にラングリー伯爵自身が所属していた。そしてまだ五歳のリベルタスだが、将来騎士になるべく、既に父親から剣術と乗馬の訓練は受けていたのだ。
「なあ、リベルタス。お前、剣を扱えるんだろう? 剣を振り回す姿を見せてくれよ」
遊び友達として、我が家のお茶会に顔を出していた男爵家の三男のスティーブンが、リベルタスに頼んだ。
すると……。
「自分が父上から習っている剣術は、遊びではありません。剣は人の命を奪う道具。軽々しく人前で抜刀し、振り回すなんてできません」
ものすごく生真面目だった。さらに。
「リベルタス。見ろよ。ヒキガエルがいる。あれをあの洗濯籠に入れて、メイドを驚かせようぜ」
スティーブンの提案に、リベルタスはため息をつく。
「スティーブン。君はそんなことをして何が楽しいんだい? メイドは驚き、洗濯籠をひっくり返すかもしれない。中に入っているシーツは洗ったばかりで、それも汚れるだけだ。ただ迷惑をかけるだけじゃないか」
リベルタスは五歳とは思えないほど、論理的で思考が大人だ。
さらにその言動も、とても子供とは思えない。
そんな姿をお茶会で何度か目の当たりにし、私はあることを考えるようになる。
もしかしてリベルタスは、見た目は子供、中身は大人というやつなのでは?
つまり私と同じ。
転生者なのではないかと。
自分が転生していたことから、意外とこの世界には転生者がいるのかもしれないと考えていた。よって新たに会う人は、転生者ではないかと確認する癖が、私にあったのだ。
そこでスティーブンがはしゃぎすぎて転んで膝をすりむき、その手当を受けている間、二人きりになったリベルタスに尋ねてみたのだ。
「ねえ、リベルタス。この世界には主がいて、天に召された魂は、いつか復活するかもしれないと考えられているわよね。そして私は……実は前世の記憶があるの」
「えっ……」
「私はこの世界ではない、全く違う文化の世界にいたの。でも事故で亡くなって、この世界に魂がやってきたみたいなの」
やや荒唐無稽な話であるが、お互いにまだ五歳。
もしリベルタスが転生者ではなく、私の言うことに驚いたとしても。
子供が話した奇想天外な物語と、片付けてくれるはずだ。
「……そうですか。そういう方が、自分以外にもいるとは思いませんでした。自分もあなたと同じです。事故でこの世界に転生したようです」
ビンゴ!
私は嬉しくなり、リベルタスに前世についての記憶があるか尋ねた。
するとリベルタスは、あっさり前世で自分が何者であるかを話したのだ。
それを聞いた私は「まさか」と叫びそうだった。
でも間違いない。
「リベルタス。あなたは前世の自分の名前、憶えているの?」
「ええ、覚えています。紗々川秀俊です」
お読みいただき、ありがとうございます!
【お知らせ】ひと段落して完結
『婚約破棄を言い放つ令息の母親に転生!
でも安心してください。
軌道修正してハピエンにいたします! 』
https://ncode.syosetu.com/n0824jc/
一気読み派の読者様、どうぞお楽しみくださいませ。
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