4話:ヒロインと接点を持ってしまった!
入学式から一週間が経った。
この時点ではまだ、公爵家の嫡男ジャレッドは、私の婚約者になっていない。
だからだろうか。
ヒロインであるアナと私は、普通に接点を持つことになった!
それは魔法薬学の授業の後で、日直だった私は、ワゴン車で薬草や薬剤を保管室へ戻しに行くところだった。日直はペアを組んでいるが、相方となった令息は、黒板を消す作業を行っている。
ワゴン車を押し、廊下を進んでいると……。
「キャンデル伯爵令嬢!」
前世でよく聞いていたヒロインの声に、驚いて振り返る。するとそこには長い髪を、やはりトレードマークのツインテールにはしないで、おろしているアナがいる。
「ごめんなさい。私のチーム、この薬の返却を忘れていたの!」
見るとアナの手には、粉末の薬剤が入った茶色の瓶がある。
ドキドキしながら「あ、では受け取ります」と応じ、手を伸ばす。
同じクラスだが、二人きりで会話を交わすのはこれが初めて。
なんだか緊張していた。
「あっ」
これはわざとではない。
ならばシナリオの強制力!?
確かにヒロインであるアナは、公爵家の嫡男ジャレッドとは仲がいい。
でも私はまだ、ジャレッドと婚約をしていない。
それなのに。
嫌がらせモードは発動してしまっているの!?
私はアナが渡そうとする瓶を、受け取り損ねたのだ。
つまりこのままでは瓶は床に落ち、砕ける。
中の薬品もダメになるだろう。
重要なのは、これはただの薬品ではない。
魔法薬なのだ。
衝撃で何か起きる可能性もあった。
爆発するとか、突風を起こすとか、炎を噴き上げるとか!
かつこの世界の魔法というのは、呪文を詠唱し、簡単に発動するようなものではなかった。魔法陣を作成し、そこで呪文を唱える必要がある。素早く魔法を発動したいなら、魔法アイテムを使った方がよっぽど早い。
ということで、こんな風に目の前で瓶が落下しても。
それを魔法で止めることは、まず当事者はできない。
もし止めることができるとしたら、第三者の魔法に頼るしかない。
すなわち、ここからそう離れていない場所で、あらかじめ魔法陣を発動させる。落下と同時で、瞬時に呪文を詠唱できれば、落下を防げるわけだ。
でもそんなことをしている人はいない。
よって瓶は割れて砕けて、何か起きる……!
そう思い、目をつむり、頭と顔を隠すように手を動かした。
だが。
何も起きない。
「えっ」と思わず声を出し、目を開けると……。
「えええええっ」という声を出すことになる。
だって。
アナは落下し、砕けたはずの瓶を手に持っている。
「わあ、危なかったわ。神業キャッチ、しちゃった! すごいでしょう」
そう言ってアナが私にウィンクをしたのだ。
「え、あの、落ちるところをキャッチ、したのですか!?」
「そうなのー。意外といけるものよね」
え、意外といけるもの!?
そんなことはないと思います!
これは間違いなく、ヒロインラッキーと呼ばれる幸運設定では?
ヒロインは絶対に負けない、命を落とさない、ピンチでも必ず助かる……というあれです! うん、きっとそうだ。
「ありがとうございます。ごめんなさい、うっかり手を放してしまって……」
「いーえ、気にしないでください。……疲れていたりします? 大丈夫ですか?」
「! 大丈夫です」
するとアナはニッコリ笑い、ワゴン車のトレイに、キャッチした薬瓶を載せた。
「キャンデル伯爵令嬢とは同じクラスですけど、あまり話したことがないですよね」
アナの言葉にはドキリとしてしまう。
それはそうだ。
私が接点を持たないよう、注意深く避けていたのだから。
「いつも王太子殿下や第二皇子殿下と仲良くされていて、すごいですね、さすが伯爵令嬢。私は男爵家なのに、両親の寄付で入学できたようなものなので……。みんなが雲の上の人に思えちゃいます」
「そ、そんな……。でもディアス男爵令嬢は、公爵家のイートン令息と仲が良いですよね」
「それは……仕方ないというか役目というか。あっ! ごめんなさい、呼び止めてしまって。保管室まで行くのですよね? 手伝います」
これにはビックリ!
でも今、会話をしてみて、アナに対しては好感度がアップしている。
気さくで、とても話しやすい。
ワゴン車を押しながら、授業のことや、勉強のこと、学生レストランの話で盛り上がった。
アナがヒロインであり、将来私が嫌がらせをする悪役令嬢であることを、忘れるひと時だ。
「保管室の鍵はありますか?」
「はい、あります!」
こうして鍵を開け、中へ入り、棚にそれぞれの魔法薬を仕舞っていった。
「そういえばキャンデル伯爵令嬢は、好きな食べ物はなんですか?」
ラベルを見て、適切な位置に薬瓶を戻しながら、アナがさりげなく尋ねた。
「私が好きな食べ物は……季節ごとのタルトでしょうか。今ですとイチジクのタルト、マスカットのタルトが美味しいですよね」
「ああ、それは確かに、いいですね。スイーツがお好きなんですか」
「はい。ですがラーメンや餃子も……ハッ、失礼しました。言い間違えました!」
思わず前世での好物であり、たまに無性に食べたくなる料理名を口走ってしまった。
アナは一瞬固まったが、すぐに笑顔になる。
「異国の珍しい料理がお好きなんですね」
「! そ、そうです!」
気配りもできるヒロイン、アナ。
できれば嫌がらせなんて、したくないな……。