39話:まさかこんな日を迎えることになるとは
想定外のことが起き、もうみんなビックリしている。
これ以上のサプライズはないと思った。
「急いでエール王太子殿下を呼びに行った甲斐がありました。これで一件落着ですね」
気が付くとヴェルナーが、私のすぐそばに来てくれていた。
そして今の一言で、彼がセシリオを呼びに行ってくれたと分かり、心から感謝することになる。
一方のセシリオはアナとリベルタスと話し終えると、「キャンデル伯爵令嬢」と、こちらへ足早に駆け寄った。
「エール王太子殿下、いろいろとありがとうございます。……イートン令息がディアス男爵令嬢につきまとっていたこと、恥ずかしながら知りませんでした。またディアス男爵令嬢が、ラングリー伯爵の次男であるリベルタス令息と婚約予定だったことも、今、知った状態で……。いろいろ知らないことばかりで、ご迷惑をおかけしました」
私が手を胸にあて、お辞儀をすると、セシリオは「頭を上げてください、キャンデル伯爵令嬢」と優しく告げてくれる。
「知らなかったというのなら、僕も同じだよ、キャンデル伯爵令嬢。僕だって全て初耳だった。ディアス男爵令嬢も、そんなに困っているなら、もっと早くに相談してくれればいいものを……」
それは確かにそうだ。貴族の諍いを仲裁するのも王家の役割の一つだった。
「でも先程ディアス男爵令嬢とも話したが、イートン令息は公爵家の嫡男。ちょっとやそっとのことでは、いろいろ握りつぶされてしまう。そしてイートン令息がこの場を使い、キャンデル伯爵令嬢に婚約破棄をつきつけ、自身に求婚することを察知した。そこで逆に利用することにしたわけだ」
「つまり大勢の証人の前で、私への婚約破棄を見せつける。さらにディアス男爵令嬢への求婚に対しても、しっかりお断りする様子を見せたかったわけですね」
セシリオは「その通り」と頷く。
「ホルス第二皇子の機転で、あの場に僕も居合わせることができたのも大きい。もう覆すことはできない。キャンデル伯爵令嬢との婚約破棄の件も」
「それは……本当に嬉しく思います」
「婚約破棄できたことが?」
婚約破棄することができ、しかも断罪もなかった。
これ程嬉しいことはない!
「はい。婚約者が別の令嬢と過ごす様子を見ているのは、やはり我慢ならないことでした。でも政略結婚です。しかも私は伯爵家で相手は公爵家ですから。何も言うことができませんでした。しかも婚約契約書もありますし、私から破棄など言い出せないと思っていたので……」
「そうだろうね。今回のように自ら墓穴を掘ってくれて良かったと思う。これでキャンデル伯爵令嬢は、自由の身になったわけだ」
「そうですね」
するとセシリオはふわっと笑顔になる。
「僕もあの時すぐ、動けば良かったと何度も後悔した。ただ後悔しても何も変わらない。すると今度は、出会わなければ良かったと思うようになる。そうやって自分の気持ちを誤魔化し続けていたが……。まさかこんな日を迎えることになるとは思わなかった」
突然、セシリオは何を言い出しているのかしら?
「キャンデル伯爵令嬢。入学式で君の隣の席に座った時から。僕は……君が気になっていた。でも僕は恋をしたことがないから、『好き』という感情に気が付くのが遅かった。君との思い出を重ね、僕は君にどんどん惹かれてしまったんだ」
「えっ……!」
「体育祭で二人三脚を君と組み、一緒に練習をした。あの時の頑張る君は、とても眩しかった。それにレモンの蜂蜜漬けを差し入れてくれたよね。甘酸っぱい、まさに初恋のような味は、今も忘れられない。体育祭当日に見事1位でゴールできた時は……とても嬉しかった」
そう昔の出来事ではない。でもこうやってしみじみと言われると、なんだか懐かしく感じる。
「魔法薬草学の課外授業では、共に困難な状況を乗り越えることができた。君の機転には驚いたし、尊敬の念を抱くことになった。その後の学園祭、後夜祭。僕の君への想いは募るばかり。チャリティーオークションではつい、君を想い、あのイヤリングを……」
トクンとして思わずレティキュールに手をやってしまう。
ここにロイヤルムーンストーンのイヤリングがある……!
「イースターエッグハントではもう、君への気持ちを抑えきれず、イヤリングを贈ることになった。いろいろ言い訳をして。そして『本と薔薇の日』にプレゼントした碧い薔薇。あれは花言葉の通り、“奇跡”を願ってもいた。君が自由の身にならないかと」
……! そんな願いが込められていたなんて……!
「フラワーショーでは束の間、君と二人で過ごし、手をつなぎ……。永遠の平行線の片想いを、僕はしていたんだ。君にね」
セシリオが言葉にすることで、私は彼と過ごした日々を思い出していた。
まるでシナリオの強制力から逃れるように。
隠れるように。
私は確かにセシリオと思い出を重ねていた。
そして確実に私の心もセシリオに……惹かれていた。
「僕は君に想いを募らせていた。でも君に婚約者がいることは分かっていた。ただ、その婚約者は別のレディを追いかけていて……。君が正直、婚約者を本心ではどう思っているのか。分からなかった。でもどうなのだろう。婚約破棄で良かったと思っているなら、未練などないと思っていいのかな」
「それはその通りです。申し訳ないですが、イートン令息を好きだと思ったことは一度もありません」
「そうか。それを聞けて安心できた。ただ、僕だけ一方通行で片想いをしていたら、それは君の元婚約者と変わらなくなってしまう」
サラサラの前髪の下の碧眼は、まっすぐに私へ向けられている。
「キャンデル伯爵令嬢。僕の気持ち、迷惑ではない?」