34話:ちょっとした出来事
カフェテリアにはテラス席がある。
そこは大声で話したい時や外の空気を吸いたい時におススメの席だ。
そして今回私はテラス席に座ることをセシリオに求めた。
だって。
私が奇しくもセシリオに贈ってしまったのは、『あなたに贈る愛の言葉百選~今宵、全てを奪いに来ました~』という本なのだから。
どう考えても感想の中に、恋愛に関する言葉が飛び交うはず。
それを生徒の誰かに聞かれたら、誤解されてしまう。
私に対する誤解なら構わない。
既にジャレッドがアナと常に二人きりでいるから、私の名声なんて地に落ちていそうだから。でもセシリオは違う。ヒロインの攻略対象の一人だから婚約者もいない。しかも王太子。彼の名が汚されることがあってはいけない!
ということで。
二人ともアイスクリームと紅茶を頼み、テラス席に腰をおろした。
この時間でも給仕をしてくれるメイドがいて、席まで注文した品を運んでくれる。
「プレゼントされた本を読んで、僕としては……とてもドキドキだったかな」
開口一番がこのセリフ!
もしも室内で「とてもドキドキだったかな」という言葉だけ聞いたら、「何事!?」となったはずだ。テラス席にして本当に良かったと思う!
「夜寝る前に読むようにしていたんだ」
うわー、それ、夜寝る前に読んではダメですよ、殿下!
それをしていいのは恋に恋する乙女でして。
そんな寝る前に読んだら……。
「おかげで何度か本に書かれたシチュエーションを彷彿するような夢を見て、自分でも驚いたよ」
ほら、言わんこっちゃない!
「僕は……婚約者もいない。恋愛経験もない……はずなのに、そんな夢を見るなんて。あの本の影響力はすごいよね」
そこでアイスクリームと紅茶が到着した。
「食べながら聞いていいからね」
「はい」
紅茶は……飲むタイミングを考えないと。
もしかすると吹き出してしまうかもしれない。
そんなことを思いながら、まずはバニラアイスを口に運ぶ。
「いろいろな恋の形が描かれていたけど、不思議と印象に残るのは、なぜか片想いの恋の言葉ばかり。両想いになり、幸せに溢れる愛の言葉も多く記載されていた。でも今も思い出すのは、切ない片想いの気持ちの言葉ばかり」
「それは……片想いというのは完結していない分だけ、未練というか、気持ちが残るんです。それゆえに気になる。頭に残るのではないでしょうか」
「なるほど。そういうことか。でもそうなのだろうね」
セシリオはアイスを口に運び、しみじみと呟く。そして――。
「眠れぬ夜を過ごし、明け方の空を見て、君の唇を思い出す」
ドキッとしてアイスを口に運ぶ手が止まる。
思わずセシリオの顔を見ると、彼は天使のように微笑む。
「明け方の薄桃色の空の色は、確かにレディの唇の色みたいだ。とても素敵な言葉であり、そして眠れないくらい片想いをしているのかと思うと、切なくもなるよね」
本で紹介している言葉だったのかと分かり、安堵すると同時に少し残念に思う。
うん、残念に思う?
「永遠の平行線の僕らに、未来はないのだろうか。でもいい。ただ届かない君を見ていられるだけでも。この視界から君が消えてしまう、絶望と比べたら」
これはドキッとするより、ズキッとする言葉だ。
片想いの苦しみが、実に詩的に表現されている。
「自分の好きな気持ちを封印し、ただ見ているしかできない。それは苦行にしか思えないけれど、そうではないのだね。例え片想いであっても、好きな相手のそばにいることができるならと考えるなんて……これもまたとても印象的だった」
「でも片想いを忘れるには、その相手から離れることが一番なんですけどね。だって、見たら忘れられないじゃないですか、どうしたって」
するとセシリオはなんだか自身が片想いをしているような表情になる。
それはとても寂しそうで、辛そうで、泣きそうな顔だった。
「それは……否定しない。君の言う通りだろうな。近くにいるから、見てしまうから、忘れられないというのは。そうではあってもそばにいたいと願ってしまうのが、片想いなのだろう。忘れたら楽になれると分かっても、忘れたくないんだ」
「殿下……」
セシリオはもしかすると誰かに片想いをしているのかしら?
ヒロインが攻略完了するまで、攻略対象の男子は、誰とも恋をしないと思っていた。ゲームをプレイしている時もそうだった。
でも違うの?
それとも……アナに片想いをしているの……?
「忘れなければいけないぐらいなら、最初から出会わなければよかった。でも出会わなければ、僕はこの感情を一生知ることなく、過ごしたのだろうね」
これは……本の言葉?
それともセシリオの本心?
「僕は将来この国を背負う立場になるから、見聞を広めた方がいいと思うんだ。色恋沙汰なんて……と思うけれど、貴族がいざこざを起こす時、それは浮気や不倫だったりすることも多いんだ。だからこの本をプレゼントしてもらえたのは……本当に良かったと思う」
「そう言っていただけると良かったです……」
「ではそろそろ戻ろうか。ヴェルナーも図書館で待っているから」
「そうですね」
最後に二人ともゆっくり紅茶を飲み干した。
結局、あの言葉は本の引用か、彼の本心か。
その答えは……分からなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
【予告】
明日、8月9日(金)の朝7時に新作を公開します。
ぜひ明日、お時間ある時に、ご覧いただけると嬉しいです!