31話:そこでようやく気が付く
『フラワーショーの会場となる、一番大きな天幕の中は、とても巨大です。うっかりしていると、迷子になりかねません。悪役令嬢はそこに目をつけ、あなたをチームの輪から離れさせ、迷子にしてしまいます! でも安心して。あなたと彼の好感度が高ければ高い程、すぐに見つけてもらえます。その後はチームのみんなと合流するお昼まで、二人きりの甘い時間を過ごせますよ! ⇒続き読む』
うーん。随分と子供っぽい嫌がらせだと思う。
思うけれど、これを悪役令嬢はやってしまうのだ。
そう、悪役令嬢であるエマは。
「イートン令息」
まずはジャレッドに声をかけた。
ジャレッドはあからさまに嫌そうな顔で私を見るが、シナリオの強制力のおかげで、無視はできない。
強制力は私にも働いている。
私もめげることなく、ジャレッドに話しかけていた。
「あそこで販売されているバタフライピーを使ったブレンドティーは、レディが絶対に喜ぶと思います。レモンを加えることで、青から紫に紅茶の色も変わるのです。プレゼントしてあげるといいと思いますよ」
バタフライピーは、鮮やかな青紫の花が特徴で、蝶が羽を広げているような形をしていることから「バタフライ」と呼ばれている。そして私が示した展示では、そのバタフライピーの種や苗に加え、ハーブとブレンドした茶葉の販売が行われていた。
ジャレッドはすぐにアナにプレゼントすることを思いついたのだろう。バタフライピーの展示コーナーへと向かった。これでジャレッドとアナを引き離すことに成功している。
そこですかさずヴェルナーとセシリオにも「珍しい碧い紅茶の販売がありますよ」と伝えた。ジャレッドもそちらへ向かっているので、二人もその背中を追うように移動してくれる。
「ディアス男爵令嬢、あそこにあるキンギョソウ、珍しくないですか?」
「え、キンギョソウ? 何ですか、それは?」
キンギョソウとは和名であり、この世界ではスナップドラゴンという呼び名で知られている、ありきたりの花だ。とにかく品種が多い。見た目が金魚のものから、ペンステモン咲きタイプまで、いろいろある。ペンステモン咲きは、普通に花が開花しているように見えるため、それがスナップドラゴンとは思えない。
ということで本当はありふれた花なのに。
あたかも珍しい花が展示されていると思わせ、アナをバタフライピーの展示から最も遠い場所へ向かわせる。そして私は後ろからアナを追っているフリをして、人混みに紛れるのだ。そこから私はバタフライピーの展示へ向かう。
こうしてシナリオの強制力による、アナへの嫌がらせが完了するはずだった。
だがしかし!
ここで私はUターンし、アナの元へ戻り、彼女をバタフライピーの展示へ連れて行くつもりだった。つまり一旦はシナリオの流れに沿って行動。そこからリカバリーするつもりだった。
ところが!
人が多い!
その混雑ぶりは、まるで前世で言うなら、万博会場みたいだ。
アナが向かったキンギョソウの展示エリアへ、なかなか向かうことができない!
なんとか人混みをかきわけ、辿り着くと……。
あ、あれ!?
アナの姿がない。
既にアナは迷子になっている!?
懸命にアナを探すが、その姿は見つからない。
というか。
そこでようやく気が付く。
アナは迷子になっていると思うが、私も迷子になっていないですかー!?
なっている気がする!
ここは男性陣がいるバタフライピーの展示エリアへ行こう。
そう思うが……。
あ、あれ……。バタフライピーの展示エリアってどこ!?
あまりにも動き回り過ぎて、自分がどこにいるか分からなくなってしまった。
案内板を見つけよう!
案内板を探すために動き回り、ようやく見つけることができたが……。
前世のような、丁寧な案内板を期待してはいけなかった。
この案内板ではざっくり過ぎて、よく分からない!
焦ることでレストルームに行きたくなり、ひとまず行列に並び、スッキリすることに。
スッキリして落ち着いたが。
迷子であることに変わりはない。
どうしよう……。
シナリオ通りに動いていれば、アナは迷子になっても、私まで迷子になることはなかった。今頃男性陣は、大いに困っていると思う。なにせ私とアナが同時に迷子になったのだから。
ジャレッドはアナを探すと言って聞かないだろう。ヴェルナーとセシリオは策を練りたいだろうが、ジャレッドを宥めるのに一苦労していそうだ。それでも絶対、探してくれているはず。
バタフライピーの展示に行けば、誰か一人、そこで待っている気がする。迷子の時、全員が全員探し回るより、ここに来るかもと思われる場所で待つことで、再会の確率が高まる気がした。
うん、きっとそうだ。
バタフライピーの展示エリアへ行こう!
そう決意したまさにその時。
「キャンデル伯爵令嬢!」
私の名を呼ぶ声が聞こえた。