3話:風向きは良好です!
思わず歓喜で踊り出しそうだった。
入学式。
ヒロインは自身が攻略するメンズの隣の席に腰を下ろす。
それがゲームの始まりだった。そしてそれが今、目の前で進行している。
ヒロインであるアナは誰の隣に座るのか。
手をぎゅっと握りしめ、見守ってしまったのだ。
「おはようございます。隣の席、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
ヒロインであるアナが選んだのは、公爵家の嫡男ジャレッド・イートン。
よっしゃー! ついている! ラッキー!
ジャレッドの悪役令嬢であるエマへの断罪は「社交界からの追放」。
つまり舞踏会、晩餐会、サロン、狩猟、競馬などの社交の場から締め出される。
貴族は社交ありきの世界なのだ。
社交に参加しないことは、もうこの世界に存在していないに等しい。
そうだとしても。
生きている。頭と体はつながった状態なのだ。
王立エール魔法学園への入学の回避も考えたが、上手く行かなかった。
こうなったらヒロインであるアナが誰を選ぶかで、その後のことを考えようと思っていたけれど……。ジャレッドならいい! 生きていられるのだから。
シナリオの強制力で、このあとアナに嫌がらせをしないようにしても、どうせしたことにされてしまうのだ。ならば回避だとあくせくするのは止めよう!
安堵して席に着く。
「レディ、おはようございます。隣の席、いいかな?」
「あ、はいっ、あっ!」
サラサラの金髪、碧眼の整った顔。
その横顔の顎ラインはシャープで、鼻は高い。
白シャツを着て、紺地に白と水色のチェック柄のズボンに包まれているのは長い脚。
スラリとした長身で、優雅な動作で椅子に座ったのは……。
“マジラブ”で一番人気の王道の攻略対象、王太子セシリオ・レグルス・エールだ!
笑顔も性格も優しく、包容力もある文武両道タイプ。
完璧セシリオの限定水着バージョンを手に入れたくて、イベントを頑張っていた前世を思い出す。
結局転生してしまい、限定水着バージョンは手に入らなかった。
そしてこの世界に水着なんて存在しておらず、海水浴の概念もない。
つまり、セシリオの水着姿は幻なのだ。
あー、見たかった。
どう見ても文武両道だから、体は鍛えているはずだ。
思わずガン見すると……。
「……レディ、同じクラスだよね。良かったら、名前を聞かせてもらえる?」
ハッとして私は、慌てて名乗ることになる。
「キャンデル伯爵家の長女のエマ・リリー・キャンデルと申します」
「やあ、エマ。僕はセシリオ・レグルス・エール。よろしく」
椅子に座っていたので、カーテシーではなく、手を差し出すことになる。
セシリオが私の手をとり、軽く持ち上げた。
その時、噛みしめる。
攻略対象に触れたことを!
実体を持ち、ここにあの王太子セシリオがいることを。
「セシリオ、そちらの綺麗なレディは?」
「ああ、彼女はエマ・リリー・キャンデル伯爵令嬢だ」
「初めまして、キャンデル伯爵令嬢。わたしはヴェルナー・フォン・ホルスです。ホルス帝国から留学してきました」
知っています、知っていますよ、ヴェルナー第二皇子!
襟足の長い銀髪に、エメラルドのような瞳。
女子が真っ青になるぐらいの透明感のある肌。
端正な顔立ちで、大変甘い声をしており、イケボの代表格だ。
しかも好感度が上がった時の溺愛度が半端なく、プレイヤーの女子をメロメロにしていた。
「ホルス第二皇子殿下、こちらこそ、初めまして。エマ・リリー・キャンデルです。よろしくお願いいたします」
ヴェルナーもまた、私の手を取り、挨拶をしてくれる。
なんだろう。
ヒロインであるアナは、断罪が一番優しい公爵家の嫡男ジャレッドを選んでくれた。
それだけでも私にとっては僥倖だった。
それなのにいきなりセシリオとヴェルナーから話しかけられるなんて……!
もう、嬉し過ぎる。
入学式ラッキーはその後も続く。
ホールから教室へ移動する時も、セシリオとヴェルナーと一緒。
一方のヒロインであるアナは、ジャレッドと談笑しながら歩いている。
このままアナがジャレッドと交際し、婚約してくれればいいのに。
そう思うが、そうはならない。
父兄席ではジャレッドの両親と私の両親が挨拶し、そこで縁談話が浮上しているはずだ。ゲームの進行ではそうだった。ヒロインが誰の隣に座り、攻略をするか決まった瞬間。悪役令嬢エマの婚約者も決定するのだ。
「キャンデル伯爵令嬢、顔色が悪いように思えるけど、平気?」
「! そ、そうですか。そんなことはないのですが……。緊張しているのかもしれません」
「え、それは僕に対して?」
「それはわたしに対してでしょう、エール王太子殿下!」
セシリオとヴェルナーがじゃれあう姿を、こんな間近で見ることができるなんて!
この後の学園生活。
どう考えても茨の道。
シナリオの強制力が働き、私はヒロインであるアナへ嫌がらせをすると思うのだ。
そしてその嫌がらせをしていることに、セシリオとヴェルナーも気が付くはず。
気付いたら……幻滅するだろう、私に。
でも今、この瞬間は。
限りなく平和だ。
そして私はリアルな攻略対象に会うことができ、とても楽しくて仕方なかった。