28話:おどろおどろしい
イースターエッグハントが終わり、そこからは日常生活が続く。
私がアナに嫌がらせをして、でも見事にアナがそれを回避し、事なきを得ている日々だ。
それは例えばこんな風に。
私が学園のカフェテリアで、アナにぶちまけようとした紅茶。
それをアナは自身の空のティーカップでキャッチしたのだ。この時は拍手喝采だった。皆、大道芸を見ているような面持ち。そばにいたジャレッドも、アナのことをべた褒めだ。
もはや抜群の運動能力を持つアナには舌を巻くしかない。
そんな中、迎えることになった四月末のイベント、それが「本と薔薇の日」。
この日は、男性は赤い薔薇を女性に贈る。贈る相手は家族でも友人でも友達でも誰でも構わない。一方の女性は、本を男性に贈る。
広く根付いている風習なので、朝食の席で父親は、母親と私に薔薇を贈ってくれた。対して母親と私は、父親にそれぞれ本を贈った。母親は詩集を、私は神話をまとめた本を贈っている。
贈られた本の感想を伝えるところが、この世界の「本と薔薇の日」ならでは。
父親がどんな感想を聞かせてくれるのかを楽しみにしつつ、制服に着替えた。
そして今日のゲームのシナリオについて、前世記憶を思い出す。
バレンタインと違い、愛の告白にならないため、「本と薔薇の日」はゲーム内イベントに登場していた。そして婚約しているジャレッドと私は、薔薇と本をそれぞれ贈り合っている。
でもそれは義務的なもの。
双方の両親から言われ、用意しているのだが、そんなことゲームプレイ中は知る由もない。しかもどんな本を贈ったかまでは、言及されていなかった。そこで私は定められたお茶会の席で、ジャレッドが感想を言いやすいように、植物図鑑を贈ることにした。これなら読むというより、見れば済むからだ。
どうせジャレッドは私が贈った本など読む気はないだろう。
そして本も花も。ジャレッドと私はクラスメイトなのだ。お互い学校で渡せる。だが荷物になるからという口実で、それぞれの屋敷に使用人に届けさせていたのだ。しかも前日に。
面倒ごとはとっと終わらせようという心理が、ジャレッドにも私にも働いた結果だろう。
その一方で、シナリオの強制力で私が密かに手に入れていた本は、ロマンス小説!
しかもそれは、結婚している伯爵を未婚の男爵令嬢が寝取るというもの。伯爵は男爵令嬢を愛人にして囲うが、男爵令嬢はそれでは満足しない。伯爵の家庭生活を脅かす存在になり、彼に離婚を迫るというドロドロ展開。
このロマンス小説と、ヒロインが攻略対象に贈る予定だった本をすり替えるという嫌がらせを、ゲーム内の悪役令嬢はすることになっていた。そしてそのすり替えは成功するが、ヒロインは悪役令嬢にすり替えられたと訴え、攻略対象の男性は納得する。本のあらすじを見れば、一目瞭然で嫌がらせだと分かるからだ。
結局、ヒロインと攻略対象の好感度がお互いに上がり、代わりに悪役令嬢への好感度がだだ下がりするだけだった。
ということで本心では本のすり替えなどしたくない。だが学校に着くと、移動教室の時間を使い、私は本のすり替えをしっかり行っている。そして昼休み――。
カフェテリアには、ジャレッドとアナがいつも通りで一緒にいた。昼食を終えると、ジャレッドは赤いリボンのついた一輪の薔薇を取り出し、アナに渡す。アナはそれを受け取ると、私が差し替えたロマンス小説を、そうとは気づかずに渡している。
何も知らないジャレッドは、大喜びでその場で本を包む包装紙を破く。
『不倫の代償~男爵令嬢の狂暴な愛。執念の果てに~』
今は昼間。そしてここは学園の明るいカフェテリア。
そこにそぐわないおどろおどろしいタイトルの本。
しかも黒のカバーで、まるで血文字のようにタイトルが書かれているのだ。
「見るつもりはなかったけど、あれは目につくね」
「うん。すごいタイトルですね。なぜディアス男爵令嬢は、イートン令息にあの本を贈ったのでしょうか。後ほど、感想を聞くのですよね?」
カフェテリアにはセシリオとヴェルナーと一緒に来ていた。
二人の席からは、少し離れた場所に座るジャレッドとアナの姿がよく見えている。
というか私が本のすり替え作戦が成功したか見守るため、この席をシナリオの強制力で選んでいたのだ。ということでジャレッドの反応は――。
分かりやすく困惑している。しかも一瞬、私に向け、恨みがましい目を向けたのだ。しかしアナはニコニコとしている! ジャレッドが贈る相手は間違えたのでは!?と問うが、アナは……。
「いえ、これはあなたのために用意した本です。このロマンス小説が巷で今、人気ナンバー1なんです。普段、こんな本、絶対に読まないですよね? だからこそです。せっかく本を贈る日ですから、新しい出会いを提供したくて!」
あくまで笑顔で応じているのだ!
本来、私がすり替えたに違いないと、弁明する場面なのに!
これには驚くが、ジャレッドは既にアナに対する好感度がMAXだからだろうか。この説明に納得している。
「確かにそう言われると、その通りに思える。ロマンス小説なんて一度も読んだことがないから、いい機会かもしれない。しかも人気ナンバー1なら間違いもないだろう。うん、納得できたよ、アナ。ありがとう!」
見事ゲームの進行通り。
もうMAXだから上がらないと思うが、好感度が下がることもない。二人はお互いの顔見て、ニッコリしているのだ。
これは……予想外。だが、これはこれでいいのだろう。多分。
ゲームの進行に支障は出ていないのだから。
「イートン令息は、いわゆる恋は盲目状態なのでしょうか?」