27話:こぢんまりとした美しい場所
子供達とスイーツを満喫していると、セシリオに声をかけられた。
そして案内されたのは、猫の額ほどの広場だ。
周囲を薔薇の生垣で囲まれ、小さな噴水がある。
こぢんまりとした美しい場所だ。
「イースターエッグハントに誘ったけど、子供達も一緒だった。キャンデル伯爵令嬢は、イースターエッグを一つもハントできていない。だからこの小さな広場に、イースターエッグを隠した。見つけてみて」
なんて素敵なサプライズ!
こんなことを提案できるなんて、セシリオの気遣いに感動してしまう。
「エール王太子殿下、お気遣いありがとうございます! では早速、探しますね!」
「うん。探してみて」
セシリオはそう言うと、自身は広場に一つだけあるベンチに腰を下ろした。
私はまず、周囲にある薔薇の生垣から探し始める。
まだ、薔薇の開花には至っていない。
でも五月になれば、この生垣には沢山の薔薇が咲き、とても良い香りがするに違いないと思えた。
「!」
広場の四隅には、女神像が置かれている。
盾と槍を持つのは勝利の女神。
弓矢を持つのは狩猟の女神。
水が流れ出す壺を持つのは美の女神。
麦の穂を持つのは豊穣を司る女神。
噴水の中に、イースターエッグを隠すことは考えにくい。
せっかくのペイントがダメになる。
そして生垣の下の方に隠すのは……探すのが子供であれば、それもあるだろう。でも相手が大人で、この狭い広場で隠すにしては、芸がない。
あとはベンチの下に隠している……も考えられたが、セシリオが座っているのだ。さすがにそこには隠さないだろう。
そうなると隠し場所は女神像。
分かったわ!
水が流れ出す壺を持つのは美の女神。
その壺の中に手を差し入れると……。
卵型の物に手が触れた。
ゆっくり取り出すが、重みが全然違う。
「あっ……!」
それはまさに前世で言うならインペリアル・イースター・エッグ!
金細工師が作り上げた卵型の飾り。
紫にペイントされ、黄金で飾られた卵は、真ん中に留め具があった。
その留め具を外せば、パカッと開くようになっている。
てっきり普通の卵のイースターエッグが、隠されていると思っていた。
これには驚きつつ、両手で捧げ持つようにして、セシリオの所へ向かう。
「殿下、発見しました! でもただのイースターエッグではないですよね? とても美しい宝飾品のようですが……」
「うん。そうなんだ。これは宝石箱になっている。留め具を外すと、蓋になっている部分が開く。開けてみていいよ」
「分かりました! では開けてみますね」
なんて素敵な宝石箱なのだろうと思い、留め具を外す。
そのままゆっくり蓋の部分を持ち上げると……。
「これは……!」
「支払いと手続きが終わり、受け取ったものの。僕はイヤリングをつけない。妹はまだ十歳で、宝飾品よりそれこそオルゴールの方が喜ばれる。母親にあげるのも……。だってこれは、エルフの王が、恋した人間の女性に贈ったとされるもの。つまりは求婚で使われたものだ。それを母親に贈るのは、……さすがにね」
それは確かにそうだ。
いらぬ誤解を生みそうである。
「キャンデル伯爵令嬢にとっては、因縁の品になるかもしれない。でもこのロイヤルブルームーンストーンは、実に美しく思う。このまま王家の宝物庫に眠らせるのは勿体ない……。だからもし嫌でなければ受け取って欲しい。僕は君のクラスメイトだ。君が懸命に落札しようと思っていた物を、図々しく手に入れてしまった。そこで申し訳なく思い、君に渡した……ということにすれば、変な噂は立たないだろう」
セシリオの説明を聞き、驚愕してしまう。
だってこのロイヤルブルームーンストーンのイヤリングは、五百万ゴールドでセシリオは落札しているのだ。そんな高額なもの、簡単には受け取れない。
でも確かにこのまま持っていても……というセシリオの気持ちも分からないでもなかった。ただ、宝物庫に収集されることは……悪いことではない。何せ王家は王立美術館を所有している。そこで展示されている物は、宝物庫に元々は収められていたものだ。
自身がイヤリングをつけないのなら、王立美術館に展示すればいいのでは?
「殿下、お気持ちは大変嬉しいです。嬉しいのですが……。いかんせん、『ありがとうございます!』で受け取るには高額過ぎます。……買い取りを」
「買い取りをするなんて、言い出さないで欲しいな、キャンデル伯爵令嬢。贈り物は余程の理由がなければ受け取る。それが僕達王侯貴族のマナーの一つだよね?」
「で、ですが……」
そこで向き合ったセシリオの碧眼には、名状しがたい感情が見え隠れしていた。
春の明るい陽射しが彼を包み込み、なんだかキラキラと輝いているように思える。
「もしも……もしも僕にそのチャンスがあるなら、これをつけて欲しい」
「え……?」
セシリオは「ごめん、今の言葉は忘れて」と言うと、爽やかな笑顔となり、こんなことを告げる。
「いざとなればイヤリングではなく、ペンダントやブレスレット、ブローチに加工すればいい。そうすればチャリティーオークションの時のイヤリングだと分からなくなる。だから受け取って。メインはこのイースターエッグの宝石箱。中にたまたまイヤリング入っていたと思って」
「殿下……」
とても恐れ多いこと。
でも嬉しい気持ちはある。
シナリオの強制力で競り落とそうとしていたが、ロイヤルブルームーンストーンという石自体は、私が好きな物だった。さらにエルフの王と人間の女性の恋の逸話も……。
そして今は、シナリオとは関係のない時間だった。
ならばこれは。
「エール王太子殿下。有難くいただきます」
「うん。そうしてもらえると助かる。お返しは不要だよ」