21話:後夜祭
エール学園祭最終日。
パン食い競争は、ジャムパンと一位の景品もすべてなくなり、盛況のうちに終えることになった。片づけが終わると、後夜祭が行われることになり、グラウンドに集合だ。
グラウンドの中央にはキャンプファイヤーのための、薪が積み上げられている。洋弓部の生徒が火入れを行う。
炎が燃え盛ると、いよいよ後夜祭がスタート。
学園祭実行委員によるパレードが登場する。
そのパレードはまるでミュージカルのよう。
紙で作った巨大なエレファント、エキゾチックな衣装をまとった令嬢や令息、舞い散る花びら。テーマはアラビアンナイトで、魔人も登場した。
パレードでは、踊りながら籠に持つ造花を配ってくれる。造花を受け取った令息は、令嬢へプレゼントすることが、この学園祭の習わし。贈る相手は友達だろうと、恋人であろうと、片想いの相手だろうと、そこは自由だった。
それでも婚約者がいれば。婚約者に贈ることが一般的。だがジャレッドは当たり前のように、アナへ贈っている。そしてゲームではこの場面で、悪役令嬢エマが、自身の婚約者=ジャレッドに文句を言うシーンでもある。そして無理矢理、エマはアナから奪うのだ。ジャレッドからアナが受け取った造花の花を。
「なぜ、婚約者である私にくれないのかしら?」と。
というわけでセシリオとヴェルナーとパレードを眺めていたが、シナリオの強制力で体が動き出す。
つまりジャレッドに文句を言いに行こうとしている……!
既にアナは、ジャレッドから造花を受け取っていた。そして近づく私に気づいたアナが、こちらを見る。
「なぜ、婚や」「キャンデル伯爵令嬢!」
まさにゲームのセリフを言おうとしたら、アナが私の方へ駆け寄るのでビックリしてしまう。
「このお花。キャンデル伯爵令嬢と同じ、アメシスト色をしているんです。よってこれは、キャンデル伯爵令嬢の髪に飾るといいと思います。どうぞ」
「あ、え、あ……ありがとうございます」
アナはニコリと笑うと、私の髪にその造花を飾ってくれた。
そしてすぐジャレッドの所へ戻る。
ジャレッドは不機嫌そうな顔で私を睨んだが、アナに声をかけられ、すぐに表情が緩む。
「まさかレディに先を越されるとは。キャンデル伯爵令嬢、遅ればせながら、お花をどうぞ」
ヴェルナーはそう言うと、造花を私の制服のブレザーの胸ポケットに飾ってくれる。
「ありがとうございます、ホルス第二皇子殿下!」
「僕もプレゼントしていいかな?」
セシリオはそう言うと私の右手をとる。そして中指に指輪のように造花を飾ってくれたのだ!
そこで後夜祭のクライマックス、打ち上げ花火が上がる。
皆の視線、関心が花火に向かったその時。
「なぜ君には婚約者がいるのだろう」
一瞬、空耳かと思い、それでも確認を込め、セシリオを見る。
彼は造花の指輪を飾ってくれた私の右手を取り、甲へとキスをしていた。
その言動に、胸がドキドキしている。
だが私の手を離し、碧眼を細め、笑顔を見せたセシリオは――。
何事もなかったように打ち上げ花火を眺める。
そこで社交辞令なのだろと気が付く。
何を、期待してしまったのだろうか、私は。
オーケストラ部の演奏にあわせ、花火が激しく夜空で明滅していた。
◇
学園祭が終わると、束の間の穏やかな時間が流れる。
新学期開始と共に、体育祭、課外授業、学園祭があったが、ここでイベントがひと段落となった。だが、それは嵐の前の静けさ。ホリデーシーズン開始前に、前期テストが待っている。
前世の三学期制と違い、テスト範囲が広い。いきなり期末テストのように科目も多いのだ。前期テスト三週間前からテスト勉強をスタートさせ、そこからはもう、あっという間で時が流れていく。
その間、ゲームのイベントもないので、ひたすら勉強・勉強・勉強の日々だった。
課外活動もテスト二週間前から自粛される。一週間前となると完全に休みだ。
そうなると放課後の教室や図書館で、勉強をする生徒が増える。
ジャレッドはアナと、教室で勉強をしていた。
堂々と二人で。
「アナ、分からないところがあれば、遠慮なく聞くといい」
「ありがとうございます、イートン令息」
頭脳派のジャレッドとしては、本領発揮だろう。
もはや私が婚約者であることを……忘れている人も多いだろう。
婚約しているのはジャレッドとアナだった。
そんな風に思う人もいそうだ。
一方の私は、そんな二人とわざわざ同じ空間で勉強をする必要もないので、図書館へ行ったり、自習室へ行ったりしていた。そうするとかなりの確率で、セシリオとヴェルナーに声をかけられる。
「あ、キャンデル伯爵令嬢! 良かったら一緒に勉強しよう」
「キャンデル伯爵令嬢、ここ、席、空いていますよ。一緒にどうですか?」
二人は一緒に勉強をしているようで、私を見かけると、こんな風に声をかけてくれた。
こうして私は三人で勉強をしていたが。
セシリオとヴェルナーは共に頭脳明晰。
学業全般ができるのだが、セシリオは文系の学問が得意で、ヴェルナーは理系の学問が得意。おかげで分からない問題があると、それぞれが得意分野に合わせ、小声で指導をしてくれる。
「十万の軍と三万の軍での激戦。エール王国は圧倒的に不利と思われたこの戦いに勝利している。そのカギが、一羽のカササギだったと言われているんだ。だから『カササギの戦い』という名前がついたんだよ」
「これはマランゴニ対流を応用しています。表面張力の温度差により、この流れは発生しますからね」
つまり優秀な家庭教師が二人もついてくれる状態で、勉強は大いにはかどった。
そして迎えた初めての前期テスト。
赤点はなく、追試もなかった。
これはセシリオとヴェルナーのおかげとしか言いようがない。
「明日からホリデーシーズンか。しばらく会えなくなるね。ホルス第二皇子殿下も、母国へ戻るのだろう?」
「そうですね。ホリデーシーズンは家族と過ごすのが基本ですし、公的行事も多いので」
「ああ、そうだよね。僕も同じ。カウントダウン舞踏会にニューイヤー舞踏会。新年のあいさつ行事……。地方領の貴族も挨拶のために王都へ来なきゃならないし、この時期は大変だよね」
終業式のため、入学式が行われたホールへ向かうセシリオとヴェルナーは、王族・皇族ならではの忙しさを口にしているが、本当に彼らは多忙になる。一方の私は、まだ社交界デビュー前。よってカウントダウン舞踏会、ニューイヤー舞踏会も、両親は出席するが、私の出席はなし。
セシリオに関しては、社交界デビューうんぬんに関係なく、王族として行事に顔を出す。ただし未成年なので、冒頭に顔を出すだけで、すぐにはけるはずだ。それでもきちんと着飾り、その場に臨むのだから、神経を使うはず。
ちなみに私の社交界デビューは、年が明けてバカンスシーズンに入った時の舞踏会だ。
そしてこの社交界デビューとなる舞踏会で、私はジャレッドから婚約破棄と断罪をされる。それがゲームでのシナリオの流れ。
つまりその時は、確実に迫っていた。