2話:いた、ヒロイン……!
転生してから十五年が経った。
つまり十五年間、新たな人生を歩んだわけだ。
前世では二十歳にてその生を終えていたから、もうそこに迫る勢いで時間を過ごしてしまった。スマホがなければ、ネットもアプリもなく、動画も乙女ゲームもない世界。時々、「鮭のおにぎり食べたい」とか「ラーメンと餃子食べたいよ」なんて思いながらも。
遂に、その時がやってきました。
そう。
ヒロインや他の攻略対象と出会うことになる、王立エール魔法学園への入学式の日が!
魔法学園というぐらいなので、この世界には魔法が存在していた。
皆、体内に魔力を宿している。
その魔力を使い、魔法陣と呪文を使い、魔法を行使出来た。
ただ、魔力は体力とイコールで、使うと普通に疲れる。
よって誰も彼もが日常的に魔法を使うのかというと、それは違う。
自動車の運転免許を持っている。でもバスや電車があるので、自家用車はたまにしか使いませんという都会人に等しい。
ということで日常的に使うわけではない魔法であるが、その使い方をきちんと学ぶ場が必要であり、それが王立エール魔法学園だった。通常授業がメインであるが、そこにちょいちょい魔法に関する授業が加わる。
なぜ子供の頃から魔法について学ばないのかというと、魔力=体力だからだ。体の出来上がっていない子供は魔力を使うより、まずは体を成長させよう!ということ。
ちなみにこの世界では、体力をつけることは魔力向上になるので、体育の授業がしっかりあり、男女ともにがっつり運動をさせられていた。
ということで王立エール魔法学園。
この学校へ入学しなければ、ヒロインとも他の攻略対象とも関わらずに生きていけるのでは?と私は考えた。
当然、策を練りましたよ。
この貴族社会では、十五歳まで家庭教師による自宅学習が基本。十五歳で集団教育になるのは、社交界デビューの一環のようなもの。社会生活は集団が基本。多くの貴族と顔を合わせ、過ごす必要がある。社交性を高めるため、また人脈を広げるため、学校へ通いましょう!ということなのだ。
その一方で十五歳以降も、自宅学習の令嬢令息がいないわけではない。
そこで自宅学習を両親に提案した。
「エマ。王立エール魔法学園は、誰もが入学できるわけではない。国が認めた良家の令息令嬢のみが入学できる。なぜなら王族も入学するからね。そして我が家は代々、王立エール魔法学園への入学を許されているんだ。その名誉を無駄にすることはできない」
父親であるジョージ・ベック・キャンデルからこう言われては、自宅学習以外の回避プランもいろいろ考えていたが、とても言い出せない。
貴族社会であるこの世界では、名誉は尤も重んじられていた。名誉を汚すような行為には社会的な制裁が課されて当たり前。特に王立ということで国が関与し、入学を許可されているのに、それを断ることは……。あり得ないことだった。
一瞬、「逃亡」というプランも浮かんだ。
だが十五歳の伯爵令嬢が親の目を盗み、一切足がつかずに逃亡するなんて不可能に近い。何より逃亡生活ができるようなお金を所持させてもらえなかったし、宝飾品は母親であるアーシュ・キャシー・キャンデルが管理していた。こっそり手に入れ、売り払えるようなツテもルートも持っていない。
病気の偽装も試みたことがある。原因不明の眩暈がして、とても学校へは通えない……としようとしたのだ。すると父親がツテを頼り、宮廷医に特別に診てもらう機会を得てしまった。
この世界、魔法が存在しており、宮廷医は魔法の力も活用して診察を行う。するとあっさり「異常は見当たりません。睡眠不足か疲れでしょう。一応、ポーションを用意します」と言われ、大失敗だった。
なんとなく、直感で分かっていたことだ。入学は必須。この世界は全力で悪役令嬢を王立エール魔法学園へ入学させたがっている……これは分かっていることだった。
そこで悟りを開いた私は、とにかく入学することにした。まずは見届けよう。ヒロインが誰を選ぶのかを、と。
そんなこんなで迎えた入学式の朝。
ゲーム画面で何度も見たことがある、王立エール魔法学園の制服に袖を通した。
半袖のパフスリーブのブラウスには、襟に紺地の大きめのリボン。ハイウエストのフレアスカートは、紺地に白と水色のチェック柄になっていた。その裾には、レースが飾られている。九月になったばかりでまだ上着はいらないが、春と秋はこれにボレロを羽織る。冬になると厚手のウール素材のブレザーが用意されていた。
貴族令嬢向けなので、実にお洒落な制服だと思う。
ということで両親と共に、馬車に乗り込み、王立エール魔法学園へ向かう。
「エマ、その制服、とてもよく似合っているわ。私は地方領で女学校に通っていたから、その制服を着ていないの。とっても羨ましいわ」
母親は子爵家の令嬢で、領地は王都の隣だった。父親とは完全に政略結婚だったが、夫婦仲は悪くない。むしろいいと思う。
正門で馬車から降りると、入学式が行われるホールまで歩くことになる。
そしてそのホールの入口に掲示板があり、そこにクラス分けの紙が貼り出されていた。
王立エール魔法学園は、王族も通い、選ばれし貴族令嬢と令息が通う学校。一学年三クラス、一クラスは二十名しかいない。そして警備の都合ということで、A組に王太子と隣国から留学している第二皇子が在籍。王太子の学友に相応しい格付けでクラスメイトが選ばれており、公爵家の嫡男もA組だ。つまりヒロインの攻略対象は、全員A組に集結している。そして私、伯爵令嬢であるエマもA組。
ヒロインは男爵令嬢だが、両親の寄付金が物をいい、A組というのがゲームでの設定。
さて、この世界ではどうなっているかしら……?
「エマ、ご覧。王太子殿下と隣国の第二皇子がクラスメイトだ。あ、イートン公爵家の令息も同じだね。これはすごいクラスだぞ」
クラス分けの紙を見た父親の鼻息が荒い。
私はさらにヒロインの名をA組で見つけ「ああ、やはりゲーム通り」と心の中で思うばかり。
こうして入学式が行われるホールの中に入ると、クラスごとに着席になる。
この時、ヒロインは自身が攻略するメンズの隣の席に腰を下ろすことになるのだが……。
い、いた、ヒロイン……!
ピンクブロンドで、ツインテールがトレードマークのはずだが、今日はそのままストレートの髪を下ろしていた。「あああ、本当にローズクォーツみたいな瞳をしている!」と心の中で盛大に呟く。
ヒロインであるアナ・ココ・ディアス。
彼女は誰の隣の席に行くのだろう。
目でその姿を追うと……。