19話:どうしよう。
ヒロインであるアナへの嫌がらせがうまく行かない。
このままではジャレッドは、私との婚約破棄の理由が見つけられない。
このまま婚約破棄と断罪はなしで、結婚してしまう可能性があった。
もし私と結婚したら、アナはどうなる?
ジャレッドが私との結婚を機に、アナを諦めるとは思えない。
そうなると……。
アナは公爵家の嫡男であるジャレッドからしてみれば、格下の男爵家の令嬢。
正妻の座はエマに譲り、アナのことを愛人にする可能性も考えられた。
財力はあるのだから、どこかに適当な物件を見つけ、そこに住まわせる。愛人として囲い、私とは仮面夫婦。
そしてこの世界で離婚はタブー。
結婚したが最後、永遠と仮面夫婦が続く。
そんな未来になってはいけない!
どうしたらジャレッドから婚約破棄させることができるか。
あの苦行とも言えるジャレッドとのお茶会の席で、私は真剣に考えた。
しばらくジャレッドの沈黙が気にならないくらい考え込み、ある事実に気づく。
ここは乙女ゲームの世界。そしてシナリオの強制力が働く。そうなれば婚約破棄と断罪はセットでついて回るはず。
つまりジャレッドは絶対に私と婚約破棄をする!
それが分かった瞬間、どれだけ安堵したことか。
同時に。
肩の力が抜けた。
アナへの嫌がらせがうまく行かなくても、気にする必要はないと。
どうせシナリオの強制力で婚約破棄と断罪は必ずやってくる。
そしてジャレッドとは絶対、婚約破棄するのが正解だと分かったのだから。
ジャレッドに対しては、愛情の欠片はこれっぽちもない。
最初はさすが攻略対象の一人と、少しはときめくこともあった。
でも今は一切それもない。
むしろこんなジャレッドで、ヒロインであるアナはいいのかと、不思議になるくらいだった。
私からするとジャレッドは、婚約破棄したい相手。そんな彼を引き受けてくれるアナは……むしろ恩人かもしれない。
明日もアナへの嫌がらせが、なるべく軽くで済むよう、頑張ろう。
そう、心に誓うのだった。
◇
王立エール魔法学園は前期・後期の二期制。
ホリデーシーズンの前に前期テストがあるのだけど、その前のお楽しみがエール学園祭!
そう、文化祭だ。
晩秋に行われるので、収穫祭のような趣もあれば、スポーツの秋のような趣向もある。つまりパンプキンパイやキノコのキッシュを販売するクラスもあれば、体育祭の競技みたいな出し物もあった。
そして1年A組は文化祭で何をやるのかというと……。
パン食い競争!
貴族文化のこの世界で、パン食い競争!?
そう驚いたが、ここは乙女ゲームの世界でもある。そして学園祭はゲームでもイベントとして登場している。そして……。
『今日は待ちに待った学園祭です。あなたのクラスはパン食い競争を開催します。ここでも悪役令嬢エマが暗躍。デモンストレーションでパン食い競争の様子をギャラリーに示すため、あなたはパン食い競争に挑戦することになります。エマはあなたが食べるジャムパンに悪戯しているのです! なんとジャムではなく、たっぷりのホースラディッシュ入り。辛い! けれど我慢してゴールを目指して! クリアすれば経験値と魅力度が大幅アップです! ⇒パン食い競争に挑戦する』
なんて意地悪をするのだろうか、エマは!
ホースラディッシュといえば、前世では西洋わさびと言われるもの。
つまりわさび入りパンを仕掛けるのだ、エマは!
しかもデモンストレーションだから、大勢がいる前でこの嫌がらせをするのだ。
「うっ、辛い!」とパンを落とせば、デモンストレーションは失敗になる。
そこでむせたりすれば、貴族令嬢としての、恥にもなるのだ。
そんな恐ろしいことはしたくない。
そう思っているのに!
シナリオの強制力で、私はこっそりホースラディッシュ入りのパンを用意していた。さらにアナはデモンストレーションの走者に選ばれ、学園祭当日を迎えてしまう。
そして。
私はばっちりホースラディッシュ入りのパンを、吊るしているのだ!
待ったなしで、シナリオ通り、デモンストレーションも始まる……。
「それではエール学園祭1年A組の出し物『パン食い競争』のデモンストレーションを行います! 五人で『よーい、ドン!』でスタートした後、ゴール手前にある吊るされたパンを手に入れてもらいます。手は使ってはいけません。口でかぶりついて入手してください! 勿論、ゴールしたら召し上がっていただいて構いません。パンは王室御用達のイルハーネのジャムパンです」
司会をする令息の「パンは王室御用達のイルハーネのジャムパン」という言葉に「おおおっ」と歓声が起きる。王都では超人気の有名店だからだ。
「1位でゴールした方には、イルハーネのシュトーレンハーフサイズの引き換え券をプレゼントします。奮ってご参加ください!」
これには歓声と同時に拍手が起きる。イルハーネのシュトーレンは、ホリデーシーズンでみんな食べたいと思うパンだ。洋酒に漬けたドライフルーツやナッツがたっぷり入っており、日持ちするので毎日少しずつを家族と楽しむ。作るにも手間暇かかるので、食べたいと思ってもなかなか手に入らない。それが1位の景品として手に入ったのは……。
セシリオとヴェルナーが頼み込み、さらにハーフサイズでいいからと交渉した結果だ。
それよりも、どうしよう。
既にアナはスタート位置に移動している。
ここは魔法でパンを吊るす糸を切り落とすことも考えたが……。
そのためには魔法陣を出現させる必要がある。
魔法陣は起動すると輝くので、絶対にバレるだろう。
少し離れた場所で――。
「キャンデル伯爵令嬢、どこに行くの? デモンストレーションはもう始まるよ。どこか行くなら終わってからにしては?」
セシリオ……!
この時ばかりはセシリオの気遣いに困ってしまう。
そうしている間にも。
「それでは位置について、よーい、ドン!」
お読みいただき、ありがとうございます!
皆さん、ホースラディッシュ、知っていますか!?
筆者は結構好きです。
西洋ものを書くようになってから、食べるようになったのですが、こんな食べ方を編み出しました!
納豆が大丈夫な方。
普段の黄色のからしの代わりにホースラディッシュ+醤油+お好みでオリーブオイルを少々で混ぜ混ぜ。
それを出来立てご飯にかけ、ラスト、鰹節を振りかけます。
和洋折衷ホースラディッシュ納豆丼!
おかずはお刺身や煮魚でもお好みで☆彡