18話:甘~い、甘~いスイーツ、そして……
課外授業から一夜明けると、制服に着替え、トランクに荷物をまとめた。
トランクを持ち、カフェテリアに移動して朝食をとる。
朝食の後は一旦教室に行き、トランクを置き、それからクラスごとに行動が変わった。
A組の生徒は白衣を着て、魔法薬の調合を行うため、実験室へ移動。
B組は魔法薬について座学があるため、教室へ移動。
C組は魔法薬について知るため、保管庫へ移動。
「調合」「座学」「保管庫」と三つするべきことを、三つのクラスで順番に回していく。
私はA組だったので、まず魔法薬の調合だったが……。
『課外授業二日目です。今日は魔法薬の調合があります。悪役令嬢のエマは、同じチームのあなたに嘘の情報を伝えます。おかげで爆発が起きたり、突風が起きたり、散々な目に遭いました。でも彼はあなたをなぐさめ、二人の距離は縮まります。⇒続きを読む』
そう。
この調合の授業でもエマはアナに対して嫌がらせをするのだ。
正直、この嫌がらせは質が悪い。
だって、爆発や突風が起きても「ごめんなさい! わざとではないのです。見間違えました! 勘違いしました!」で誤魔化せるのだから。さらに爆発や突風が起きれば、アナ以外のクラスメイトにも迷惑をかけるのだ。
こんな嫌がらせ、したくないのに、絶対!
「ドクダミは50グラムです」
しれっと嘘情報を口にしている。本当は5グラムでいいのに!
「ドクダミは50グラム……」
アナはドクダミの花を手に取ったが……。
違う。
あれは50グラムではない!
正しい5グラムを手にしている。
そしてそれを煎じるための器の中に加えていた。
結果。
突風は起きない!
アナはチラッと私を見てウィンクする。
そこで私は理解する。
アナは私の間違いに気が付いた。
正解は5グラムだと分かっている。
でもそれを指摘すると私が恥をかくと思い、暗黙の了解で動いてくれている……!
「苔は1グラムです」
これも大ウソ。本当は10グラム必要。
「苔は1グラム……」
口では1グラムと言いつつ、アナは正しい10グラムを手にしている。
結局。
調合の授業で爆発も突風も何一つ起きなかった……!
それでいてジャレッドは「アナ、さすがだ。調合は完璧じゃないか!」と大喜び。
ゲーム画面ではないので、好感度ゲージは確認できない。でも間違いなくジャレッドのアナへの好感度は、急上昇していると思う。
こうして課外授業は、大いなるハプニングはあったが、調合では何も起きなかった。でもジャレッドのアナへの好感度は、確実に上昇し、終了を迎えた。
◇
カチャッ。
ため息。
沈黙。
カチャッ。
ティーカップをソーサーから持ち上げる時の「カチャッ」という音。
深いため息。
無音。
ティーカップをソーサーへ戻す音。
テーブルには焼き立てのアップルパイ。
ふっくら膨らんだシュークリーム。
色とりどりのマカロン。
ジュエリーのような砂糖菓子。
上品なチョコレート。
甘~い、甘~いスイーツを挟んで対面の席に座るのは、渋~い、渋~い顔をしたジャレッド。
ジャレッドとその婚約者であるエマとの二人きりのお茶会。
それは週に一回定められたもの。
当人同士がどれだけ乗り気ではなくても、参加は必須だった。
制服姿のジャレッドであるが、懐中時計を持っているようだ。
おもむろに胸ポケットから取り出すとカパッと蓋を開け――。
「まだ五分しか経っていないと思います」
同じく制服姿の私が指摘すると、ジャレッドは「はあ」と憂鬱そうにため息をつく。
「ため息をつくと、幸福が逃げるって、知っていました?」と言いたくなるが、それは我慢する。ここまで露骨に私とのお茶会を嫌がるということは。既にジャレッドのヒロインであるアナへの好感度は、MAXなのだろう。
「婚約破棄できないか、方法を探しませんか」
「キャンデル伯爵令嬢。この婚約は家門同士で取り決められたもの。君や私の感情なんてどうでもいいんだ。君と私が夫婦になる。それこそが求められていること。……婚約破棄するなんて言い出したら、私は勘当される。公爵位を継ぐこともできなくなる」
勘当される。
公爵位を継ぐこともできなくなる。
それなのにジャレッドは私に婚約破棄を突き付け、断罪する。
それがシナリオでの流れだ。
でもこの時点では婚約破棄はできないと思っている。
なぜ……?
それはもしや私がヒロインへの嫌がらせを上手くできていないからでは?
え、もしかするとこのまま嫌がらせが成立しなければ、私はジャレッドから婚約破棄されず、断罪もされないのかしら!?
それは朗報のはずなのに、全然嬉しくない。
むしろ、婚約破棄できないのは……いやだ。
だって。
ここまであからさまに「好きではない」と言われている状況なのだ。
それで結婚するぐらいなら!
シナリオ通りがいい。
婚約破棄からの、社交界からの追放。
この方と結婚するより、ましに思える。
つまり婚約破棄は、成立してくれないと困るのだ!
だからと言ってヒロインであるアナに嫌がらせをしたいのかというと。
それは無理だ。
自分が救われるために、誰かを踏み台になんかできない。
どうしたらいいのだろう……。
さっきまで、ジャレッドが立てる小さな物音にまで気を配っていた。
だがこの瞬間から、そんなことはどうでもよくなっている。
重要なのは、婚約破棄されること!
ジャレッドとこの先、仮面夫婦になんかなりたくない……!