17話:スターナイト
夕食の後、キャンプファイヤーを取り囲むようにして、始まったのは「スターナイト」。
それは前世で言うならプロジェクションマッピングだ。
教師が魔法を使い、夜空に幻想的な世界を作り出してくれる。
それはこんな感じ。
キャンプファイヤーの燃え盛る炎から、赤ん坊が生まれる。
燃えるような真っ赤な髪を持つ女の子。
炎の魔法の使い手として、女の子は成長していく。
一方夜空でひと際輝く星がある。
そこから男の子の赤ん坊が生まれる。
白銀の髪を持つ彼は、氷の魔法の使い手として成長していく。
炎の魔法の使い手。
氷の魔法の使い手。
相反する魔法の使い手二人は対立し、激しい戦いとなる。
夜空に魔法で作られた火球が飛び、巨大な雪の結晶が火球を呑み込む。
吹雪が炎に襲い掛かり、炎は渦巻く嵐のようになる。
魔法で作られる炎と氷の戦いは圧巻。
最終的に、この戦いは決着がつかないと悟る両者。
ならば共に生きて行こうと考える。
炎の魔法の使い手の王女と、氷の魔法の使い手の王子は、手を取り合い、共存の道を選ぶ。こうして二人の盛大な結婚式が行われた。夜空では薔薇の花びらが舞い、花火が打ちあがり、壮大なフィナーレを迎える。
生徒たちから拍手が起き、これで「スターナイト」は終了だ。
「今日は本当に、いろいろありがとうございました。キャンデル伯爵令嬢がいてくれて、心から良かったと思っています」
敷いていた布を片付けながら、セシリオがしみじみそう言うと、ヴェルナーはこんなことを言う。
「わたしがその場にいたら、氷結魔法ですべてを凍らせて終了でしたね。ただ……そうすると捕虫袋の中にいたディアス男爵令嬢とイートン令息も凍り付いてしまった可能性はありますが」
これを聞いた私は改めて思う。
もしシナリオ通りの進行でヴェルナーが同じチームだったら、私の作戦が生きることなく、解決していた可能性もある。
魔法については得手不得手がある。セシリオは後に即位して太陽王と言われるぐらいなので、火系統の魔法を得意としていた。一方のヴェルナーは、自身の出身国が万年雪を抱く国なだけあり、氷系統の魔法を得意としている。しかも王族や皇族というのは、えてして魔力が強い者が多い。
そう考えると “フェアリービーを撃退大作戦”を踏まえたチーム編成は、攻略対象の魔法の力を考慮したものになるはずだった。
ヒロインが攻略中のジャレッドが得意とする魔法は、土魔法。土魔法は枯れた大地を蘇らせ、砂漠を緑の地に変えるような魔法だ。戦闘向きではない。
ジャレッドの魔法が戦闘向きではないのなら、彼をサポートするためにも、ヴェルナーもしくはセシリオが同じチームであることは必須。だが特に今回は森の中だ。火系統よりも氷系統の魔法が最適のはずだった。つまりヴェルナーが同じチームに選ばれていることが、妥当だと思うのだ。私が前世でゲームをプレーしていた時も、その編成だった。それなのにセシリオが選ばれていたのは……。
セシリオは風魔法もマスターしているから、炎をコントロールできる。ゆえに彼が選ばれても間違いではない。シナリオの流れから逸脱するわけではなかった。ゆえに私の前世知識で知るメンバーとは違っていたのかしら……?
もう一つ思うことがある。
それは私が秋薔薇を氷結させてしまったから、ソードスティンガーや食虫植物が現れてしまったのかと思っていた。でももしかすると私の行動以前に、セシリオが同じチームになったことで、既にいろいろ歯車は狂い始めていた可能性も考えられる。
「キャンデル伯爵令嬢」
「は、はいっ」
「今日の君の献身はずっと忘れることがないと思う。今晩はゆっくり休んで」
そこで実に自然にセシリオが手を差し出すので、つい流れで手を乗せてしまう。
するとセシリオは月光を受け、輝くような笑顔となった。
「……!」
セシリオの手の甲へのキスは、とても優しい。
自然と胸が高鳴る。
「おやみなさい、キャンデル伯爵令嬢」
そう言われるともう、「は~っ」とため息がでそうになる。
その後、用意されていたテントに行き、休むことになった。
だがそこはセレブ。
前世のようにテントで寝袋……というわけではない。
王侯貴族が通う学園なのだ。
女子四人で使うテントには、ベッドがちゃんと用意されている。
もはやこれは前世のグランピングみたいだ。
その女子四人の中に、アナも当然含まれていた。そして私ともう一人には婚約者がいる。すると消灯し、ベッドで横になった後のおしゃべりタイムでは……。
恋バナが話題となる。
正直。
教室では、ジャレッドとアナがいつも一緒にいる。二人が婚約していると思っていそうなものなのに。「イートン令息とはデートでどこに行かれたのですか?」とか「イートン令息とはもう手をつなぎました?」と聞かれることが、不思議でならない。聞くならアナにして……と思えてしまう。
でも一番の驚きは、アナのこの言葉。
「キャンデル伯爵令嬢なら、王族や皇族の方と婚約されていても、おかしくないと思いますわ。今日の機転といい、とても聡明で。一介の貴族の夫人に収まるのでは勿体ないかと」
これは……。
さらっと聞くと、私を褒めてくれているように思えた。
現に二人の令嬢もアナの考えに賛同を示している。
「今日のソードスティンガーと食虫植物を退治し、ディアス男爵令嬢とイートン令息を助ける作戦を思いつくなど、確かに機転が利き、素晴らしいですわ」
「エール王太子殿下やホルス第二皇子殿下とも、仲が良いですものね~」
その一方で。
私は悪役令嬢で、アナはヒロインなのだ。
そしてアナが今、攻略対象として選んだのは私の婚約者であるジャレッド。
それを踏まえるとこの発言は、アナがジャレッドを攻略するための、大義名分なのかしら? 公爵夫人に収まるのは惜しい逸材。ジャレッドとの婚約は破棄し、王太子や第二皇子を狙っては?と、ほのめかしている……?
もしそうであるならば。
「どうぞ、どうぞ」だった。
ジャレッドがアナを好きだというのは、ハッキリ分かっているのだから。
そう思うものの。現状、アナと私は対立している気がしない。
それはなんだかんだで嫌がらせも成立していないから……?
ヒロインと悪役令嬢。
アナと私の関係はこれからどうなっていくのだろう?
シナリオ通りの結末になるのかしら……?