16話:まごうことなきヒーロー
それはまさに炎の塔。
私がアナとジャレッドを捕虫袋から助け出している間。
セシリオは火炎魔法を発動させる魔法弾を使い、そして自身の魔力で風魔法を操り、食虫植物を火炎で包み込んだ。
さらに自身の魔力を注ぐことで、火炎を強化。
その瞬間、炎の塔が出現した。
注意深く風魔法をコントロールし、周囲の木々が燃えないよう、呪文を詠唱し、調整を続けるセシリオは……。
まごうことなきヒーロー。
その高い鼻の横顔。
きりっとした眉。
呪文を唱える形の整った唇。
ブロンドの髪は魔法が起こす風でサラサラと揺れ、全身が炎の明かりを受け、赤く輝くようだった。
「殿下―!」
護衛騎士、教師が駆け付けてくれた。
◇
捕虫袋から出て来たアナとジャレッドは、消化液でべとべとになっていた。
それを清めたのは教師と、体育祭の時に見かけた、黒髪にルビー色の瞳の青年だ。
この青年、名はリベルタス・ラングリーという。ラングリー伯爵家の次男で、現在十五歳だが、ディアス男爵家で騎士見習いをしていた。伯爵家の次男が、男爵家で騎士見習いなんて。異例であるが、何か事情があるのだろう。
事情はあるのだろうが、このリベルタスという青年。乙女ゲームでは多分、モブだったと思うのだ。何せ見た記憶がない。攻略対象と遜色のないハンサムなので、もし見ていれば覚えている。それが全然分からないということは。文字情報だけのモブの可能性が高かった。
だが今回の課外授業には従者兼護衛として同行していたという。つまりはテントのところで待機していた。そして天に届く勢いの炎の塔を見て、セシリオの護衛騎士と共に、この場に駆け付けていたのだ。
そして見習い騎士であるにも関わらず、魔法も得意なようで。
赤白く輝く魔法陣を出現させると、浄化魔法を使い、アナについていた消化液をあっという間に清めている。
浄化魔法は、魔法のレベルで言うなら高難易度。使い手は相当魔力を消費する。だがリベルタスは、顔色一つ変えずにそれをやってのけ、アナに気遣いの言葉をかけていた。
一方、二人の救出劇で大活躍したセシリオは、教師から特別に回復のポーションを受け取り、体力が回復。テキパキと何が起きたかを教師に報告し、それが終わると――。
「急いで残りの薬草を採取しよう。怪我人も出ていないから、課外授業は続行だって」
セシリオの言葉には「えーっ」と驚くが、続行するというなら仕方ない。
アナもジャレッド「ご迷惑をおかけしてごめんなさい!」となり、四人で手分けして残りの薬草を採取した。
なんとか日没前に、他のチームから一時間遅れとなったが、全ての薬草を手に入れることができた。森の入口に戻ると、クラスメイトに囲まれ、何があったのかと質問攻め。
セシリオの活躍を聞くと、みんな驚いている。まだ入学したばかりなのだ。それなのに高度な魔法を使えるのだから。皆、尊敬の眼差しをセシリオに向けている。一方のセシリオは……。
「僕の魔法なんて、大したことないさ。重要なのは、ソードスティンガーと食虫植物を一網打尽にし、ディアス男爵令嬢とイートン令息を助け出す方法を考え付いた、キャンデル伯爵令嬢だ。彼女こそが、素晴らしいと思う」
彼は自身の活躍をそっちのけで、私を賞賛してくれるのだ。
さらに。
「あの時、冷静な作戦を立てられたキャンデル伯爵令嬢は、私から見ても立派だったと思います。本当にキャンデル伯爵令嬢とエール王太子殿下のおかげで助かりました!」
ヒロインであるアナまで、私を絶賛してくれるのだ。
乙女ゲームにおける“フェアリービーを撃退大作戦”は、しつこく追って来るフェアリービーを攻略対象と倒し、好感度を一気に上げるものだったはずだ。
だがどう考えてもアナの口から「ジャレッド、ありがとう」は出てこない。それは……そのはずだ。ジャレッドは完全に我を失い、迷走しているだけだった。むしろアナが感謝しているのは、セシリオや私、自身の従者兼護衛のリベルタスに対してだ。
これは……シナリオに反する結果になったが大丈夫なのだろうか。
再び“フェアリービーを撃退大作戦”のイベントが起きないか。
心配しつつも、時は流れる。
つまり森の入口に戻ってからは、あっという間に時が経ち、夕食の時間になっていた。
あくまでメインは課外授業なので、夕食は学園が用意してくれる。
前世の給食のような、大きな鍋やフライパンが運ばれてきた。食事はトレイに乗せたお皿に、盛りつけてもらう。竈は用意されており、パンは焼き立てが配られた。
トレイを手に座るのは、臨時で用意された折り畳みテーブルと椅子だ。
一学年、六十名が四名用のテーブルと椅子にそれぞれ着席すると、教師の合図で食事がスタートだった。野外の食事なんて普段しないので、皆、興奮気味。食事自体は、ポタージュ、豆のサラダ、焼き立てのソーセージ、白身魚のソテーとシンプルなもの。でも全員、満足している。
最後にアップルパイが配られると、さらにみんなのテンションが上がった。
食事を終えると、後片付けをして、テーブルと椅子を片付ける。
椅子の代わりで地面に布を敷き、キャンプファイヤーを取り囲むように、自由に座れるようになった。
すると夕食を食べていた流れで、私はセシリオと横並びで座り、そこにヴェルナーが合流した。チラリと見ると、アナはジャレッドと並んで座っている。
イベントで好感度は上がっていないようだが、キープはできたようだ。
そのことに安堵しているうちに、夜のお楽しみ「スターナイト」が始まった。