15話:この状況を打破するには……
ゲーム内では“フェアリービーを撃退大作戦”というイベントだったのに。
ヒロインであるアナが、フェアリービーに襲われるのは可哀そうと思ってしまい、私はイレギュラーな行動をとってしまった。その結果、フェアリービーではなくソードスティンガーが登場。さらにはヒロインを助けるはずの攻略対象であるジャレッドは、完全にパニックになり、戦闘不能になっている。そしてまったく想定外で、薬草が擬態し食虫植物になり、アナとジャレッドを捕虫袋に呑み込んでしまった。
本物の食虫植物ではないし、例えあの筒……捕虫袋にいても、消化液ですぐ溶けてしまうことはないはずだ。
ここは冷静に二人を助け、ソードスティンガーを撃退し、さらにはあの食虫植物をどうにかしないといけない。
私が考え込んでいるように。セシリオもこの状況を打破する方法を考えているようで、無言で前方の様子を見ている。
ソードスティンガーは突然現れた食虫植物に反応し、その辺りをぶんぶん飛び回っていた。あれではいくら冷華魔法をまとっていても、近づきにくい。離れた距離から火炎魔法を使うと、二人の入っている捕虫袋に引火しかねない。
「!」
捕虫袋からの分泌物に誘引され、筒の中へ入って行くソードスティンガーの姿も見える。
そこで私はハッとした。
「エール王太子殿下、ソードスティンガーの巣を、あの食虫植物の捕虫袋に投げ入れることはできますか? 巣がそこに落ちたと分かれば、今、飛び回っているソードスティンガーは、捕虫袋に向かって行くはずです。その間に二人が閉じ込められている捕虫袋を切り落とし、救出。距離がとれたら一気に火炎魔法で、食虫植物もろともソードスティンガーを焼き尽くすので、どうでしょうか?」
「……名案と言いたいところだが、あのサイズの食虫植物を焼き尽くすには、魔法弾の火炎だけでは足りない。強化魔法が発動する魔法弾を使って火炎を強化しても、足りないだろう。僕の魔力を使うことになる。だが現状を維持し、風魔法を発動し、そして二人が閉じ込められている捕虫袋を切り落とす……それを一人でやり切れるかどうか」
……!
当たり前のようにセシリオが魔法を使っているので、何でも魔法で解決できるかと思ったが、彼の言う通りだ。魔法を使うために必要な魔力=体力。現状、二つの魔法陣を出し、二人分の高度な魔法――冷華魔法を行使している。その上で風魔法を使い、かつ自身は剣を手に前へ出て二人を救出。さらに火炎魔法を風の魔法でコントロールしつつ、自身の魔力で火炎の威力を増幅させるのは……。
学園を卒業する頃のセシリオは、さらに体力がつき、肉体も成長する。よってこれぐらいは朝飯前になる。だが彼はまだ十五歳。大人びているが、体はまだ成長途中。
ならば。
「殿下は剣を使い、二人の入っている捕虫袋を切り落とす役目もあります。そして私は未熟なため、風魔法の微妙なコントロールができません。よってソードスティンガーの巣を木の枝から落としていただければ、それは私が投げ入れます」
前世でバスケ部だったのだ。ゴールにシュートを決める要領でやれば、巣を捕虫袋に入れることができるはず
「そんな……! ソードスティンガーの巣を直接持つのか!?」
「上着に包みます。それに冷華魔法がありますから」
「君にそんな危険な真似を」「殿下!」
私は上着を脱ぎながら言葉を続ける。
「火柱が上がれば、応援も来てくれると思うのです。二人は今も捕虫袋の中で、不安だと思います。早く、助けましょう」
ジャレッドはヘタレ状態だったので、剣を地面に落としている。
せめて剣があれば、捕虫袋を内側から切り裂くことができたのに。
今は何かごちゃごちゃ考えるより、行動あるのみだ。
「分かった。キャンデル伯爵令嬢の冷華魔法。持っている魔法弾で強化して欲しい」
「! でもこれは火炎魔法の強化に使うのでは!?」
「僕の魔力で焼き尽くすから心配しないで。君がソードスティンガーに刺され、命を落とすようなことがあってはいけない」
「殿下……」
ぐずぐずしている暇はない。ここは言われた通りにしよう。
強化魔法が発動する魔法弾を、地面に投げつける。
するとこれまで感じなかった冷気を、全身で知覚した。確かに冷華魔法が強まったと分かる。
「ではソードスティンガーの巣を、木の枝から切り落とす」
セシリオは完璧に枝から巣を落とした。
そこからはもう、自分がラグビー選手になった気分だ。
ブブブブブブブ……という恐ろしい羽音を聞きながら、落下したソードスティンガーの巣を上衣に包み、駆け出す。食虫植物に近づくと、完熟した果物のような香りが漂っている。どうりでソードスティンガーが、落ち着かないわけだ。
よし。
シュートするわよ。
この世界でバスケなんて久しぶりだが、なぜかできると確信があった。あれだけ厳しい練習をしていたのだからと、前世の記憶を呼び覚ます。そしてワンハンドシュートで、捕虫袋に巣を入れることに成功。私を追って来ていたソードスティンガーが、一斉に捕虫袋の中へ入って行く。周囲にいたソードスティンガーも、巣の気配を察知し、捕虫袋の中へ吸い込まれて行った。
振り返るとセシリオが駆けて来て、魔法で強化した足でジャンプしている。
アナとジャレッドが閉じ込められた捕虫袋を、セシリオは剣で見事に切り落とした。