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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
④水族館ダンジョン編
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【第四十七話(2)】久々の安らぎ(後編)

「おはようございますー!はーい、一列に並んでくださいねーっ」

一ノ瀬の元へと並ぶ人達に向けて、彼女は大声で呼びかける。

集落に住まう中で、体の不調を訴える者達が一ノ瀬の元へと訪れていたのだ。

「最近腰が痛くてねえ……」

「お姉さん若いのに立派ねえ。やっぱりお医者様に見てもらうのが一番ねえ」

「いつもありがとうね。お姉さんみたいな人が来てくれて嬉しいよ」

長年孤独にダンジョンに潜り続けた彼女にとって、多くの人から自分を求められるという経験は初めてだった。

瀬川には「実際に人と接しなければ情報は得られない」と強気に語っていた。だが、一ノ瀬自身も魔の手に墜ちた世界の中で、見ず知らずの他人と接した経験が多いわけではない。

「い、いえいえっ。皆さんが長生きしてくれればそれで十分でっ……あ、でも私医者じゃないです」

多くの人々から実際に感謝の声を受けた経験のない彼女。そんな一ノ瀬の表情に笑みが溢れるのに、そう時間は掛からなかった。


----


「えーっとですね、まずここのー……なんて言ったらいいんだろう。えっと、マークを開いてみてくださいっ」

前園はSympassの操作に慣れない高齢者の為に、スマホ教室を開いていた。自身もスマートフォンの操作にさほど長けている自信はないが、電子機器の扱いは多少心得ている。

その為、配信への理解が疎い高齢者が持っていたスマートフォンを扱えるようにする為に、指導を行っていたのだが。

「お嬢ちゃん、この動画?というのかい?これは一体どのボタンを押したらいいんだい」

「他のを見たかったらどこを押したらいいの?」

「もう一回ゆっくり言ってもらってもいいかい?悪いねえ最近耳が遠くて……」

元々端末操作を行う経験の少なかった人達に、一から説明を行うことの難しさを前園は初めて実感する。

「このー……三つの点々が並ぶところ。ここがメニュー画面となっていて……えっと。それで、動画再生はこの三角マークを押したらよくて……」

なんとなく行っていることの言語化。他人に理解してもらおうとするとこんなに難しいものなのか。

集落に来てから、前園は他人とすり合わせることの難しさを初めて知った。


----


「セーちゃん、それじゃあせーの、で行くよ」

「おう、空莉。いくぞ、せーのっ」

「よっと」「えいっ」

青菜と瀬川は、声を掛け合いながら机を持ち上げた。

地面を擦らないように、慎重に場所を移動させる。

「空莉、ここ段差あるから降ろす時気を付けろよ」

「分かった。あ、セーちゃん後ろ危ない、ストップ!」

青菜はそう言いながら、机を移動させる足を止めた。それに連なって瀬川も歩みを止めて、彼はちらりと自身の背後に視線を送る。

危うく畦道から落ちるところだったことに瀬川は気づき、恥ずかしそうに苦笑を漏らしつつ青菜に頭を下げた。

「や、悪い。ありがとな」

「おっちょこちょいだなー、昔みたいに泥塗れになりたいならいいけど」

「俺それ記憶にねーんだって……」

「あははっ」

二人は和気あいあいと会話を挟みながら、指示されたパイプテントの下へと机を移動させていく。

パイプテントの下には、一人の高齢者の男性が待っていた。

「すまないね。青菜君。それと瀬川君……だったかな」

その声に、机を置いた瀬川は慌てて会釈した。

「ああ。いえいえっ、お世話になっている身なのでこれくらい当然です」

赤べこのように頭を下げる瀬川に、その男性は柔らかな笑みを浮かべる。

「君達が来てくれて本当に助かってるよ。こっちこそありがとうね。ある程度落ち着いたらお昼にしようか」

「今日のお昼何っ、何!?」

青菜は目をキラキラと輝かせて会話に割って入る。

すると、男性は純粋な青菜の方に視線を向けて、困ったような笑みを浮かべた。

「今日は、ふきの煮物だよ」

「う」

青菜の表情がまるでメデューサに睨まれたようにぴたりと固まる。瀬川も少し引きつった笑いを一瞬浮かべたが、直ぐに気丈な表情を繕った。

「はは……いえ。ごちそうになります……」

「苦い、あれ、苦いから好きじゃない」

「おい空莉っ」

馬鹿正直に感想を漏らす青菜の脇腹を、瀬川は咎めるように小突く。

「セーちゃん大人だね……いやすごく料理するのに手間かかるの分かるよ?皮向くの大変だし」

「作ってもらってる身だろうがっ。文句は言わないのが道理だろ」

ぴしゃりと正論を言い放つ瀬川に、男性は声を上げて笑った。

「はは、瀬川君はまだ16歳なのに立派だね……青菜君も瀬川君を見習いなさい。同い年だろ?」

「うぅ……はぁい……」

二対一で反論を返すこともできず、青菜は諸手を挙げて苦笑いを零す。

それから、ふと思い立ったように男性に声を掛けた。

「あ、そうだ。じいちゃん、僕昼からまた行ってくるよ」

主語の欠けた会話だったが、男性は彼が言いたいことを理解していたようだ。

「おお、気を付けて行ってくるんだよ」

「ありがとー、セーちゃんも手伝ってくれる?」

最初に出会った時の様子から、おおよそ青菜の素性は理解していた。しかし、瀬川はあえて知らないふりをして尋ねる。

「ん?何を手伝ったらいいんだ?」

「分かってるくせにー」

「……やっぱり、あれだな?」

「そう。あれだよ」

青菜はいたずら染みた笑みを浮かべ、くすくすと笑う。

それから、示し合わせたわけでもないのに同時にその単語を発した。


「ダンジョン配信だな」

「ダンジョン配信だよ」


★★★☆


「ちょっとセーちゃんと出かけてきますー!」

青菜は大声で集落に向けて叫んだ。すると、集落の人々は青菜を心配するようにいつものように駆け寄ってくる。

「大丈夫?忘れ物はないかい?」

「うん!大丈夫!また夕方には戻るよ」

「今日は瀬川君も手伝ってくれるんだね?頼んだよ、この子ちょっと頼りないところあるから」

「任せてくださいよ、空莉ちょっと抜けてるところあるから見張っておかないとですもんね」

「酷い!?」

和やかに談笑しながら、いそいそと準備をまとめ上げる瀬川と青菜。

その男二人の様子を悟ってか、前園と一ノ瀬は人々の間に割って入った。

「セイレイ君も出かけるの?」

「ん?ああ」

おおよそ二人の目的を理解したのだろう。前園はおずおずと上目遣いで言葉を掛ける。

「……私も連れて行ってくれないかなー?」

「穂澄ちゃん、ダメだよ」

だが、一ノ瀬は前園の服の袖を掴んで彼女を引き留めた。

前園はむっとした顔をして一ノ瀬の行動を責め立てる。

「一ノ瀬さん、何で止めるの!?ずるいずるい二人で隠し事なんて」

不服そうな前園は一ノ瀬につっかかる。

だが、一ノ瀬はどこかツボに入ったのか思わず「ぶっ」と吹き出した。

それから口元を抑えつつ、瀬川達に言葉を掛ける。

「……やー……あれだよ、”男同士のヒミツ”ってものでしょ?ね?」

その言葉に、瀬川は満足そうにこくりと頷いた。

「さすが姉ちゃん、元男なだけある。話が早くて助かるよ」

「お、男?えっ、あ、そ、そっか」

一ノ瀬と初めて会ってからまだ日の浅い青菜は、彼女が元男性という事実を完全に理解できていないようだ。ふとした時に思い出しては困惑した顔色を見せる。

その戸惑う青菜の様子を見た一ノ瀬は、にやりと意地悪な笑みを浮かべた。

「ふふ、青菜君は面白い反応をくれるなあー……このこのっ」

「あふ」

そう言って一ノ瀬は青菜の両頬を楽しそうにつまんだ。むにむにとされるがままの青菜は戸惑ったように、ちらりと瀬川に「タスケテ」と無言のジェスチャーを送る。

だが、瀬川は苦笑いを漏らして首を横に振った。

「ある意味姉ちゃんの洗礼みたいなもんだ。諦めろ。俺もされた」

「ふへー……」

「本当に君男の子?こんな可愛らしいヘアピンまで付けちゃってー」

「ふぁ、ふぁっへほへははひほ……」

「ごめん何言ってるか分からないや」

ひほひ(ひどい)


----


「ほっぺ痛いんだけど―……」

「姉ちゃんはコミュニケーションの取り方が下手なんだよ」

不服そうに頬をさする青菜に対し、瀬川は苦笑を漏らす。

それから、思い立ったようにちらりと真面目な表情を作って青菜に視線を送った。

「つーかさ、こないだの肥料ってどこのダンジョンから取りに来てんだ?」

「ん?ああ、山を下りて、公道のところにあるホームセンターだよ」

しれっと言ったその言葉に、瀬川は引きつったような笑みを浮かべた。

ふと正面に視線を送ると、まるで公道なんて見えやしないほど山道が続いている。

「お、お前……そんな遠くまで歩いてんの……」

「慣れたらいけるいける」

あっけらかんと声を上げて笑う青菜。

それから、右手にぶら下げた斧の感覚を確かめる。

「ま、セーちゃんと初めての配信だからねー。足を引っ張らないようにするよ」

「今までお前一人で潜ってたんだろ?俺はあんまり心配してないけどな」

「勇者様のお墨付きだー。わーい」

青菜と瀬川は、まるでこれから危険に満ちたダンジョンに向かうとは思えないのびのびとした会話を繰り広げていた。


新たなダンジョン配信の幕開けが、始まる。


To Be Continued……

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