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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
④水族館ダンジョン編
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【第四十六話(2)】戦い続けた先の景色(中編)

うねるような、曲がりくねった道のりが無限を思わせるほど地平線の奥まで続いている。そんな山道を藍色の髪の少年が先導するようにして歩く。

勇者一行は彼に続くように、その背中を追う。

時折、桜の木々の樹根が道を塞いでいた。しかし、彼は気にする様子もなく、軽々と飛び越えながら進む。

そうこうして進み続けた道中であったが。

「ねえ、勇者様ーっ」

ふと何かを思い出したように、藍色の髪の少年はくるりと振り返り瀬川に純真無垢な視線を送った。

「あ?んだよ」

「ちょっとセイレイ君っ」

不躾な態度で返事をする瀬川を前園は咎めるが、そんなことなど気にも留めず少年は質問を投げかける。

「勇者様はどうしてここに来ようと思ったの?」

「あー……」

返答に窮した瀬川は助けを求めるように前園に視線を送る。

彼の期待に応えるように、前園はため息を吐きながらも瀬川の代わりに答えを返した。

「たまたま周辺の情報を集めていた時に集落があることを知ってね。少しでも情報が欲しいなーって……」

「うーん。あんまり有益な情報ってないと思うけどなあ……」

少年は困ったように笑う。

それから、再び前へと向き直る。だが、彼はのびのびとした口調でふと思い立ったように言葉を続けた。

「でも、正直来てくれて嬉しいよ。勇者様は皆のために頑張ってくれてる、って分かってるから」

「……そうかな……そうなの、かな」

「ん?」

瀬川がぽつりと漏らした言葉を少年はうまく聞き取ることが出来なかった。

不思議に思った彼はちらりと彼を横目に見て振り返るが、瀬川は「なんでもねえよ」とぞんざいな言葉を返すのみだった。


——魔災後の世界を襲った現象の原因は、全て自分自身にあるというのに。


瀬川は思わず漏らしそうになった言葉をぐっと堪えて、静かに目の前の少年に続く。

勇者である自分自身の言葉の重みを理解しているからこそ、瀬川は余計なことを何も言えなくなっていた。


----


しばらく木々の生い茂る山道を上った先、やがて木造建築の家屋が並ぶ集落の姿が見えてきた。

少年は勇者一行の方を振り返り、楽しそうにその集落を指差しながら話掛ける。

「ここ!ここだよ、僕達の集落は!」

「へえ。こんなところに集落を築いてたんだね」

一ノ瀬は関心深そうに目を見開く。彼女にとっても、訪れた集落の数というのはほとんど少ない為に真新しい刺激が多いのだろう。

それに対し、今までの瀬川であれば新しいものがあれば好奇心のままにはしゃいでいたはずなのだが。

「……」

どこか彼の表情は薄暗く、陰りを見せて俯いていた。

瀬川の肩を、前園は優しく叩く。

「セイレイ君。大丈夫、行こう」

「……ああ」

前園が彼をフォローするように、肩を支えて寄り添う。

その姿を見た少年は心配そうに瀬川の顔をのぞき込んだ。

「あ、疲れちゃった?大丈夫?」

「……悪い、大丈夫だ」

少年の心配する声に、瀬川は気丈に首を横に振った。それから、俯いていた顔を上げて、集落を改めて見渡す。

三年前まで瀬川と前園が暮らしていた集落を彷彿とさせるような、木々の生い茂る森を切り開いて作られたような集落。その家屋の大抵は木造建築で建てられていた。

風化して古ぼけてはいるが、それでもしっかりと家屋を支えている大黒柱。窓枠の代わりに竹すだれが垂れており、全体的に風通りの良い涼しげな印象を受ける。

村のあちこちには切り抜かれたドラム缶があり、その中にいくつも薪が敷き詰められている。

また、村のはずれの方には炭焼き窯が建てられており、集落で生きる人々の生活環境が容易に想像できた。

「……ちゃんと、みんな生きてるんだな」

瀬川の口から、思わずそのような感想が漏れる。

こんな桜の木々が生い茂った、悪夢のような世界でも人々は気丈に生きている。そのことを改めて実感した瀬川は思わず心打たれていた。

感嘆とした瀬川の表情を見た少年の頬が、にこりと綻ぶ。

「うん。皆、自分達の役割を持って生きてるんだよっ。僕はここでお世話になってる身だけどねっ」

「……君……ごめん、名前知らないや。……は、ここで育ったわけじゃないの?」

一ノ瀬は彼の言葉に、疑問を投げかける。

そう言えば名前を名乗っていない。一ノ瀬の言葉に気づかされた少年は慌てた様子で頭を下げた。

「あ!ごめん名乗ってなかったね。僕は青菜 空莉(あおな くうり)って言うの。……魔災の後の記憶が、正直曖昧でね……」

「……魔災の、後?」

「うん。魔災の後、僕は今まで何をしていたのか全く覚えてない。どうやって生きてたのかも、分からなくて……」

「そっか……」

しゅんと項垂れた青菜。その様子を見た一ノ瀬は気遣うようにじっと彼の表情を伺う。

心配してくれていることに気づいた青菜は、再び元の朗らかな表情に戻って微笑んだ。

「でも、ここの人達、皆いい人ばかりだよっ。僕もだいぶ助けられてるんだ」

そう言いながら、青菜は集落入り口に掛けられた門のアーチを通りながら大声で叫ぶ。

「ねーっ!!青菜 空莉っ、戻りましたっ!!」

彼の言葉を待ってましたと言わんばかりにそれは起きた。

集落の民家やら、作業をしているところから、あちらこちらから人々がわあっと青菜の周りに集まってくる。

「えっ、わっ、わっ」

いきなり人々が青菜の周りに押し寄せるものだから、瀬川は慌てた様子で彼から距離を取る。

瞬く間に、青菜を中心として人だかりができた。

「みんなっ、ただいまーっ」

青菜はそんな集落の人々に満面の笑みを浮かべながら頭を下げる。

「青菜君、待ってたよーっ、おかえり!」

「大丈夫?ケガはない?」

「うん。大丈夫!ぴんぴんしてるよ、でね。今日はお客さん連れてきた!」

そう言って青菜はくるりと勇者一行の方へと視線を投げる。彼の視線に釣られた人々は、そこで初めて瀬川達を認識した。

年配の女性が、瀬川の顔をまじまじと見て、それから頭を下げる。

「はぁー、こんな遠方はるばるまでご苦労様です。こんなえらい若いのに……」

「……あ、ありがとうございます」

ねぎらうような言葉に、瀬川は戸惑いながらも頭を下げる。

その中の年老いた男性は、瀬川をじっと見つめ、何かに気づいたように声を掛けた。

「ほー、あんた。テレビで見た顔をしてるなあ。芸能人かぇ?」

「……テレビ……?ああ、モニターのこと?」

「もにたーっていうのかいな。あんた、有名なんか?こんなちっぽけなところまではるばるお越しいただいて……」

「ちょっとあんた有名人って本当かい?サインとかもらえるのかい?」

「いや、サインとか言うのはねーけど……」

「こんな若いのに遠いところまで……本当にご苦労様です」

「あ、ああ。どうも……」

集落の人々の話題のターゲットが瀬川に映ったところで、今度は瀬川が集落の人々に囲まれ始めた。

矢次早に飛び交う質問に瀬川はたじたじとなり、視線を右往左往する。

「ほ、穂澄ー……助けて」

「……」

対応に困った瀬川は縋るように幼馴染に視線を送るが、前園は他人のふりをして視線を逸らしていた。

だが、集落の人々は今度は前園と一ノ瀬にも視線を送る。

「あんた女二人を侍らして!なんて悪い男なんだい」

「えっ、ちょっと違」

瀬川は慌ててその言葉を否定しようとしたが、まるでその集落の人々は聞く耳を持たずに言葉を続ける。

「男たるものしっかりと選びなさい!青菜君を見なさいっ、こーんな健気に頑張ってるのに、あんったときたら……」

「そうだよ、勇者様ーっ。男たるものハッキリとしないと」

「おい青菜!お前まで」

「酷いっ、セイレイ……私の期待に応えてくれないって言うのっ!?」

その会話に割って入るように、一ノ瀬がふざけたように泣き真似を始める。

彼女に同調するように、特に集落の女性を中心として瀬川をじっと睨み始めた。

「ほら、お姉さんも泣いてるじゃない。お兄さんがしっかりしないから」

「や、姉ちゃん、話をこじらせないで」

「あんた。女の子二人を連れ出して泣かせて。いい度胸だね?」

「だから違うってぇ!?」


集落に訪れた瀬川は、いきなりそこに住まう人々からの洗礼を受けたのだった。


To Be Continued……

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