【第四十五話】ダンジョン配信者:青菜 空莉
青菜 空莉
配信名:未設定
生活の為にダンジョン配信を行う、藍色の髪の少年。
昔ながらの木造建築が並ぶ集落の畦道に沿うようにして造られた出入り口にある、雑に造られた門の下。
石畳の敷き詰められた出入り口に、青菜 空莉は立っていた。突き抜ける風が、彼の艶やかな藍色の髪を揺らす。
右手には、薪割にも使用していた斧が握られている。
目映く照らす日差しが、彼の垢抜けた表情を彩る。
そんな彼を、まるで、今生の別れを惜しむかのように。
集落から出かけようとする青菜の元へ、沢山の人達が集まっている。
集まる人達の殆どは、魔災後も慎ましく暮らしていた高齢者達だ。
「それじゃあ行ってくるー!ごめん!スパチャお願いします!!」
青菜は集まった人々に向けて、純粋無垢な笑みを浮かべながら頭を下げる。
その言葉に、青菜の見送りに来た人達は笑顔で答えた。
「分かった。前と同じあかうんと?とやらに送れば良いんだな」
「気をつけてなー!」
「無茶するなよ!俺達が言えたことじゃないけど!!」
「あっはっは!アタシらが言えた義理じゃないね」
「晩ご飯の時間までには帰ってくるんだよー!」
各々が、青菜に温かい言葉を掛けていく。その一つ一つの言葉に、青菜は満面の笑みを浮かべた。
そして、集落の人達に顔を向けながら、半ば後ろ歩きの要領で歩き始める。
「じゃあ、行ってきます!!また後でねー……あだっ」
案の定というか。
足元の注意が疎かになっていた彼は、段差に気付かず蹴躓いた。
「……青菜君、本当に大丈夫ー!?」
「ごめん!!大丈夫ー!!」
心配する声を聞いた青菜は恥ずかしそうに会釈をしながら、そう言葉を返した。
今度こそ正面へと向き直り、青菜はポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。それから、Sympassを起動させて『配信』のボタンをタップ。
[クウリの配信]
適当に付けたであろう配信タイトルが、その青菜の操作と共に画面に表示された。
雑に配信を開始させたスマートフォンを青菜は再びポケットへと戻す。
「……よしっ、今日も頑張るぞーっ、おー!!」
青菜は空に仰ぎながら、高く腕を突き上げて大きな独り言を喋る。
まるでダンジョン行くとは思えないテンションで楽しそうにスキップをしながら、彼は山道を下っていく。
目的地は、ダンジョン化したホームセンターだ。
★★☆☆
青菜にとって、ダンジョン配信というのは生活の一環に過ぎなかった。
山を沿うように造られた、曲がりくねった道路を下っていく。
ひび割れたアスファルト。そのヒビをなぞるようにして、巨大な樹根が這っていた。
根元を辿り、見上げれば巨大な桜の木がそびえ立つ。
はらりはらりと花弁は暖かな風に舞い上がり、山頂から見下ろすパノラマを彩る。
時折見る分には綺麗とも思える景色なのだが、こう毎日見ていると飽きてくると言うのが人の常だ。
「わー、まだ咲いてるー……」
青菜は少しうんざりしたような声音でその一面を覆い尽くす桜を見下ろしながら呟く。それから、うんと大きく背伸びして、再び正面に向き直った。
魔王による全世界生中継が行われた日から、あちこちに樹根が這い廻らされた。
それに伴い、勇者一行の配信におけるメインイベントである「追憶のホログラムが映し出す映像」と思われるものが、各地で出現するようになった。
青菜も、最初こそ困惑した。
どこか辟易としながら、それでも少しでも世界の力となる為。そんな思いでダンジョン配信を行っていたそんなある日。
ホログラムが映し出す映像の中に魔石を重ねれば、それが実体化することを知る。
――これは集落の生活維持に役立つ。
そう確信した青菜。
彼は集落の人々に頼み込んでスパチャを受け取りながら、生活の為にダンジョン配信を行っているのだった。
山道を降りた先には、瓦礫と化したアスファルトの公道が地平線の奥ずっとまで続いていた。その公道の両脇には、一部瓦礫と化したチェーン店舗が並んでいる。
ロードサイド店舗と呼ばれるらしい、その続く店舗の外観を青菜は横目に眺めては時々感慨に耽る。
「お父さんとよく来たんだけどな……どうしてこうなっちゃったんだろう……」
車の一つさえも見かけることのない静寂の道路。青菜は堂々と道路の真ん中を歩きながら、目的のホームセンターへと足を運ぶ。
★★☆☆
ダンジョン配信とは言っても、特に配信らしいことをする訳ではない。
ホームセンターに到着した青菜は、ホームセンターの店舗前に集まった人々の姿を見つけた。勿論、これはホログラムが映し出した存在であり、今此処に生きている人を映しているわけではない。
その事は理解していても、懐かしさは消えることは無かった。
思わず笑みを漏らしながら、青菜は店舗の外に重ねられた園芸用品のコーナーへと足を運ぶ。それから、ポケットに入れていたメモ帳を取り出した。
「今日は肥料とー……後はちょっと食料も取っていこうかな。あ、でも魔石足りないや……」
メモ帳の切れ端に書き記したリストを確認した青菜。彼は魔石の不足分を補う為、肩に掛けていた斧をだらりと下に垂らした。
それから、スマートフォンのスリープモードを解除し、コメント欄を確認する。
[あ 1000円]
[ああ 1000円]
[おくれてる 1000円]
[おねがいします 1000円]
明らかに機械の操作に慣れてなさそうな人達のコメントと共に、スパチャが送られているのを確認。
「ありがとうね、皆。それじゃあ、行ってきます!」
青菜はスマートフォンを入口の所に置き、足音を殺してダンジョンへの潜入を開始した。
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入口をひとたび潜れば、そこはホログラムの起動していない、崩落した瓦礫と崩れた商品棚の重なるダンジョンだ。
青菜は物陰に潜みながら、慎重に魔物がいないか警戒する。
「……よし。クリア、次」
魔物がいないことを確認した青菜。素早く横倒しになった商品棚の間を移動し、再び物陰から辺りの様子を窺う。
そして、遂に青菜は魔物の姿を発見した。
「うえー……」
青菜は苦虫を噛み潰したような、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
彼の視界の先に居るのはゴブリンの群れだった。大抵のゴブリンは緑色の皮膚をしていたが、そのうちの一匹は赤色の皮膚に覆われている。
勇者セイレイの家電量販店ダンジョンの配信で見た、強化個体のゴブリンだ。
青菜はすかさず周囲に使えそうなものがないか見渡す。そして、青菜の視点は一点に注がれた。
「――あった」
[スチールボール]と表記された、ボールベアリングに用いられる鋼鉄の球体が入ったビニール袋を青菜は手に取る。風化しておりボロボロになったビニール袋は、彼が触れるのに伴っていとも容易く破損した。
破れた袋からそれらを手に取った青菜は、すかさずスチールボールをゴブリンの方向目がけて放り投げる。
スチールボールの大群が地面に叩き付けられる前に、青菜は小声で宣告した。
「スパチャブースト”青”っ」
彼の宣告に合わせて、スチールボールは空中で制止する。
まだ、ゴブリンはダンジョン内に潜入したイレギュラーの存在には気づいていない。青菜はすかさずゴブリンの死角から躍り出た。そのまま近くにいたゴブリンの頭部目掛けて、斧に体重を乗せて振り下ろす。
「ギッ……」
短い断末魔と共に、ゴブリンの姿は灰燼と掻き消える。
その姿に絶命を確認した青菜は、流れるような動きで更に近くのゴブリンの懐目掛けて駆け出す。
ようやく、ゴブリン達は敵襲に気づくが、まだ彼の行動を完全に捉えることが出来ていない。
「ほらほら、こっちだよっ」
青菜は挑発するように、ゴブリンの間を縫って駆け抜ける。その間にも、彼が振るう斧が的確にゴブリンの喉元を切り裂く。徐々にゴブリンの数を減らしながら、青菜は風の如く駆け抜ける。
突如現れた不届き者に驚きながらも、ゴブリンは的確に仲間同士で指示を出し合う。
徐々に青菜を囲うように、ゴブリン達は回り込む。そのことに青菜は気づいていたが、わざとゴブリン達の作戦に乗ることにした。
——やがて、徐々に青菜はゴブリン達に完全に包囲されていた。
「ギィ……ギィィィ……」
まるで「よくもやってくれたな」と言わんばかりに、恨めしそうにゴブリンどもは青菜を睨む。だが、その視線を一同に受けようとも、青菜は余裕の表情を浮かべていた。
彼の眼前に浮かぶのは、先ほど放り投げたいくつものスチールボールだ。
そして、青菜はスチールボールに向けて手をかざしながら宣告した。
「せえのっ、スパチャブースト”緑”っ!」
次の瞬間、青菜を中心として突風が吹き荒れ始めた。
それは、瞬く間に浮かんでいたスチールボールを大きく吹き飛ばす。
まるで銃弾のように無造作に襲い掛かるスチールボールが、次々にゴブリンの全身を撃ち抜く。
「ギッ」「ギァッ」「ギギッ……」
次から次に、銃弾に撃ち抜かれたゴブリンの短い断末魔と共に、灰燼が舞い上がる。それすらも、青菜が放った突風に舞い上がり、更にゴブリンの視界を奪っていく。
赤色のゴブリンすらも、その突然起きた現象に身体が追い付いていないようだ。
慌てて周囲の状況を確認するべく、辺りを見渡す。しかし青菜は灰燼の中に紛れ、既にそのゴブリンの眼前に迫っていた。
「これが、僕のLive配信だよっ!!」
勇者のセリフを真似るようにして、青菜は素早く赤色のゴブリンの喉元目掛けて斧を振るう。
瞬く間に、その赤色のゴブリンは姿を灰燼と変えた。
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「今日も収穫だーっ」
青菜はほくほく顔で魔石を集め、ダンジョンの外へと出た。それから、次から次へと当初の予定通りのホログラムに魔石を重ね、実体化を繰り返す。
ポケットから折りたたみ式のマイバッグを取り出し、比較的小さい荷物はそれの中へと片付ける。
ただ、大きなビニール袋に入った肥料だけは簡単に持ち運びできない。
「……よっと」
その為、肥料だけは肩に乗せて持っていくことにした。
「あのnoiseさん?とかいう人が持ってる”ふくろ”……あれがあったらなあ……」
現実的ではない話だと知りながらも、青菜はげんなりとしつつぼやく。
肥料を抱えながら、あの山道を戻ると考えただけで骨の折れる話だ。
これから辿る行動を思い返すと、ため息はいくらでも漏れる。
青菜 空莉。
勇者一行と邂逅する日が近づきつつあることは、彼自身も知る由はなかった。
To Be Continued……




