【第四十四話(2)】重圧(後編)
瀬川が重圧に耐え切れず、ダンジョン配信が出来なくなってから一週間が経過しようとしていた。
[長らく配信してないけど、セイレイ大丈夫なの?]
[無理はしないで欲しい。とりあえず自分を大切にして]
[いつもありがとうね。俺達のために頑張ってくれて]
配信は出来なくとも、勇者一行は度々コミュニティを確認し、彼らを応援する声に励まされていた。
「……みんな……」
その温かいコメントに、瀬川は思わず心を打たれる。頬を伝う涙を拭いながら、彼は大きく心を落ち着かせるためか大きく深呼吸を繰り返す。
一ノ瀬は、そんな瀬川を横目で見ながら柔らかに微笑んだ。
「大丈夫。皆、君が頑張ってくれてること、分かってるよ。だから、焦らずに行こう」
「……うん……でも」
そうは分かってはいるが、瀬川は心の内に残る焦る気持ちが抜けきらない。
「……大丈夫だよ」
何が大丈夫なのかは前園自身も理解はしていなかった。ただ、瀬川を安心させるためだけに、彼女は優しく幼馴染みの手を握る。
前園も一ノ瀬も、瀬川の焦る気持ちを理解しているからこそ、ダンジョン配信を再開しようとは言いだせずにいた。
もう一度、こんな気持ちのまま配信を再開すれば再び同じことを繰り返すだけだ。
ただひたすらに自分を傷つけて、存在しないはずの重圧に自分を押し殺しながら配信を続けるのが正解だとは思えなかった。
コミュニティの確認を終えた前園はSympassを閉じて、ドローンの操作を始める。
桜の樹根に飲まれた世界。それらをドローンを介して、再びスクリーンに映し出す。
樹根に飲まれ、コンクリートをむき出しにしながら大きく崩壊した建物。そして集落を形成していたであろう痕跡が、その崩壊した瓦礫の影に映る。
魔災以前の世界の痕跡と、魔災以降の世界の痕跡。二つの崩壊した世界の痕跡を、そのドローンは映し出し、映像として納めていく。
「……っ」
前園はその人々の死が如実に伝わる映像に心を痛めながらも、目を逸らすことなく撮影を続けていた。
そして、その中に映し出されたある映像に彼女はドローンを操作する手を止める。
「……集落だ」
「え?」
前園がぽつりと漏らした言葉を、瀬川はとっさに聞き取ることが出来なかった。
聞き返した瀬川に対し、前園は目を輝かせて振り向く。
「集落だよ!生きている人達がいるんだ、この世界の中でも、まだ生きている人達はいる!!行こう、行こうよ」
「……あー……」
表情がキラキラと輝く前園とは反対に、瀬川の表情はより一層重くなった。
瀬川の胸中を十分に理解している一ノ瀬は、彼の肩をポンと優しく叩く。
「……大丈夫だよ。もう二度と、誰にも集落の皆を傷つけさせはしない。それに、私達の存在自体が皆の希望になるはずなんだ」
「……でも」
躊躇の抜けきらない瀬川。今まで訪れた集落が、全て悲惨な末路を辿ってきた。行動を共にしてきた前園は同じ感情を持ち合わせてはいる。しかし、彼女には集落にどうしても寄りたい理由があった。
前園は一ノ瀬に近寄り耳打ちする。
「……少しでも、私達以外の誰かと関わることで、セイレイ君の助けになって欲しい……だよね?」
その言葉に、一ノ瀬は静かに頷く。
「うん。私達は、長くセイレイと関わりすぎた。だからこそ、私達以外の新しい誰かの言葉が必要なんだ」
「長く関わりすぎた……かあ」
「……二人とも、何コソコソと話をしてるんだ?」
瀬川は不思議そうに女性陣へと問いかける。前園と一ノ瀬は思わずドキリとしたが、すぐに平然とした表情を作った。
「う、ううん。少しでも情報が欲しいなって話だよ。ね、一ノ瀬さん」
「ああ。やはり実際に人と会って話さないと正しい情報は得られない。その為にも、私は集落へと行くべきだと思う」
取り繕った返事をする前園に対し、一ノ瀬は平然と瀬川を納得させることの出来る理由をそれらしくつらつらと並べた。
息を吐くように嘘をつく一ノ瀬の恐ろしさを前園は心の内で改めて再認識しながらも、瀬川の返事を待つ。
「……確かに、それはそうか……」
物思いに耽り出した瀬川を納得させるべく、一ノ瀬は更に道理をまくしたてる。
「インターネットの文面のみだと、人の全体というのは見えないものだ。やはり、その人の些細な仕草、間の取り方、目線の位置。その感覚をリアルタイムで感じることでしか得られない情報というのは存在する……というのが私の見解だ」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
一ノ瀬の言葉に納得したのだろう。瀬川はためらいの抜けない表情を浮かべながらも、重い腰を上げる。
「……わーった。集落へ行こう……気乗りはしないが……穂澄。その集落の場所を教えてくれ」
「あ、うん。分かった」
瀬川の言葉に、前園は慌ててパソコンの映像を確認する。
流れるようなパソコン操作で、的確に位置情報を比較しながら辺りを見渡した。
「……そう遠くない場所にあるみたい。山道の中にあるみたいだね」
「それじゃあ、道案内を頼んでもいいか?ある程度の支度を終えたら行こう」
再び明確な目印が出来たことに瀬川は生気を宿した始めたようだ。姿勢を整え、真っすぐな声音で前園と一ノ瀬に声を掛ける。
「ああ。準備を整えてから行こう」
「うん。久しぶりの集落だね」
方向性のまとまった勇者一行。次なる目的地は、山奥にある集落へと方向性を定めることにした。
それは偶然か、はたまた必然なのかは分からない。
彼は初めて、自分達以外のダンジョン配信者と邂逅する。
★★★☆
「青菜君。そろそろお昼ご飯の時間にしよう!」
一人の老人が、ただひたすらに薪割りを続ける少年に声を掛けた。艶のある藍色の髪を伸ばした少年は、その声にくるりと振り向く。
「あっ、はぁーい。今行くーっ!」
のんびりとした口調をした、まるで女性と見間違う様相をした少年。彼はその声を掛けてきた男性に大きく手を振りながら返事をした。
彼は持っていた斧を木造建築の小屋へと立てかけ、それから割った薪を麻縄でまとめる。
手袋を丸太の上へと乗せて、青菜と呼ばれた少年はうんと大きく背伸びをした。
「んー……っ、今日も頑張ったっ……今日のお昼は何かなっ」
どこか弾む声音で、彼を呼んだ老人の元へと弾むようなステップで近寄る。
「ねー、じっちゃん。今日の昼ごはんはなにー?」
老人と肩を並べるようにして、青菜は楽しそうな表情で問いかけた。
「青菜君の好きな雑炊だよ、ちょうど鶏から卵が取れたところなんだ」
「えっほんと!?やった!!」
青菜はその言葉により一層ぱあっと表情が明るくなり、更にステップが大きく弾みだした。
その無邪気な彼の姿に、老人は暖かい笑みを浮かべながら、それからぽつりと問いかける。
「なあ、青菜君。君さえよければ、記憶が戻るまでとは言わずにずっとこの集落に居てもいいんだぞ?」
老人の提案に、青菜は難しい顔をして首を傾げた。顎に手を当て、逡巡する様子を見せる。
「んー……それは記憶を取り戻さないと何とも言えないや……魔災前の記憶はあるんだけどね……」
「……そうか。急に聞いて悪かった」
青菜の言葉に、申し訳なさを感じたのだろう。老人は彼から目を逸らすようにしてぽつりと言葉を返した。
その様子に、青菜は動転し手をばたつかせる。
「い、いやいやこっちこそごめん!!なんか気を遣わせて!?」
「青菜君には色々と助けてもらってるからな。君には君の都合があるだろう。それはそうと」
老人は、そこで言葉を切り首を傾げた。
「その、なんだ。お昼からまた始めるのか?その、だんじょんはいしん?とかいうものを」
「あっ。うん、そうしないと色々と手に入らないからねー……」
「どこからあの肥料とか持ってきてるんだ?だいぶ助かってるのは事実だが……」
老人はじっと青菜の目を見て問いかける。だが、青菜は顎に手を当て、それから首を横に振った。
「んー、ごめん。僕も正直説明が出来ない……」
「そうか。私達の為に頑張ってくれているのは分かる。だから、あまり無理はするなよ?青菜君も大切な住民の一人なんだから」
その言葉は本心だろう。じっと青菜の顔を見ながら、老人はそう言葉を告げた。
真剣そのものの彼の言葉に、青菜も思わず表情が硬くなる。
「う、分かってるー……」
「ならいいんだが。にしても」
老人は、澄み渡る青空を見上げながらぽつりと呟く。
「この前、突然現れたテレビ?みたいなもの。あれは一体何だったのか青菜君は分かる?」
どこか青菜に期待するように問いかける。しかし、青菜は困ったように苦笑いを零すのみだった。
「……分かんない。でも、僕はあそこに映ってた金髪の男の子。あの子だけは多分、僕知ってると思うんだぁ」
「私達は正直、全く意味の分からない話ばかりでついて行くことが出来なかったが……いきなり桜があちこちに生えてきたし、大変なことが起きているというのは分かる。確か、幼馴染の瀬川君……だったか?」
「なんか確認されると自信ないけどー……間違いじゃなければ僕の幼馴染だよ、多分ね?いや、ほんと多分ね?」
「お、そ、そうか……」
念入りに釘をさす青菜に、思わず老人は戸惑いの表情を隠せなくなる。
それから、ふと思い出したように話題を切り替えた。
「……話を戻すが、また私達は、すぱ……ちゃ?だろうか?あれを送ればいいんだな?」
青菜はどこか引きつった笑いを浮かべながら頷いた。
「うん。お願いします。なんだかお金をだまし取っているようで嫌だけど……」
「大丈夫さ。どうせこの世界では二度と使う事の出来ない貯蓄だ」
「ほんとごめん……」
気づけば、二人は集落の中心部にあるパイプテントへと到着していた。
そこに配置された切り株を雑においただけの簡素な椅子もどきに二人は腰掛ける。
すると、瞬く間に周りの住民達が一同に、青菜を囲い始めた。
「青菜君、こんにちは。いつもありがとうねえ」
「おばあちゃーん!こんにちは!!今日もいい天気だね!」
「いつも青菜君には元気をもらっているよ。でも、本当に女の子じゃないよね?」
「失礼なっ!?男だよ、ほらみて、こんなにたくましい男の子居ないでしょ?」
「ごめん何言ってるか分からない」
「えっ!?」
「またお昼から出かけるのかい?無茶はしちゃだめだよ」
「あっ、聞こえてた!?大丈夫、無理してないしてない!!」
集落の中で最も最年少である青菜は、集落の中でアイドル的存在だ。周りの皆が青菜をいたわるように、それぞれが言葉を掛ける。
青菜はその一つ一つの言葉を嫌がることなく、楽しげに笑いながらまっすぐに返事を返す。
人懐っこい笑顔に、親しげに返す言葉の一つ一つ。それらは魔災に墜ちた集落において、より一層輝いて見えた。
彼の名前は青菜 空莉。
青菜の机の前にあるのは、太陽光式のモバイルバッテリーに接続されたスマートフォン。
そして、その画面には動画投稿サイトであるSympassが映し出されていた。
To Be Continued……