【第四十四話(1)】重圧(前編)
瀬川 怜輝は世界を救う勇者として、日々剣を振るう。
桜の花びら舞い散る、暗黒に墜とされたダンジョンの中で日々魔物と対峙する。
「俺が勇気を出したせいで。俺が皆を苦しめているから」
日々贖罪の言葉を吐きながら、彼は魔物を屠る。そして、日々ダンジョン奥に配置されている追憶のホログラムをドローンへと吸収していく。
[information
サポートスキル”熱源探知”が強化されました。一部の敵にスタン効果が付与されます。]
[information
サポートスキル”支援射撃”が強化されました。クールタイムが15秒になります。]
[information
サポートスキル”殴打”がサポートスキル”斬撃”へと変更されました。]
次から次へと、ドローンが持つスキルが成長していく。それと同時に強いられるのは更なる強敵との戦いだった。
『任せてください。サポートスキル”支援射撃”っ』
ホズミが宣告するのに伴って、ドローンから伸びた銃口が火を噴く。それに伴って、魔物は瞬く間にその姿を灰燼へと還す。
「……次だ」
noiseの軽やかなステップは、予定調和の如く魔物達の攻撃を躱す。華麗な動きは見る者を瞬く間に翻弄。そして死角から的確に急所を貫く。
「スパチャブースト”青”!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
セイレイの宣告に伴って表示されるシステムメッセージ。それと同時に繰り出されるのは、彼の意思と同じ形をした、真っ直ぐに煌めく一撃。
日々、彼らの奮闘と共に確実にダンジョンは攻略されていく。
それと相反するようにして、勇者一行の表情に陰りが帯びていく。
彼らは自覚していないようだったが、視聴者というのは案外敏感なものだ。勇者一行が日々苦しみの中で戦い続ける姿を、徐々に感じ取り始めていた。
[悪いことは言わないからさ。一旦休めよ]
[分かってるよ。お前らが必死に世界を取り戻そうとしているのは。でも、お前らが潰れたらそれこそ終わりなんだよ]
[もういいから。まじで、やめろって]
配信者も、視聴者も。各々が、責任を感じ取りながら日々配信を行い続けていた。
そして、それはある日。
遂に限界を迎える。
★★★☆
勇者一行は、ダンジョンを開放したスーパーの中で身を潜めていた。
ホログラムの実体化により手に入れた寝袋を開き、彼らは体力の回復に専念することにする。
そんな中。
寝袋の上に腰掛けた一ノ瀬は、己の手をじっと見ながら震えた声音で呟いた。
「なんで……なんでっ、私は緑スキルが使えないんだよ……」
どれだけ彼女が戦いの中で苦しみながら短剣を振るおうと、力は彼女に答えてはくれない。自分も、瀬川や前園のように他人を守る力を手に入れたいと願っていた。
だが、何度その思いで短剣を振るおうと、自らが率先して戦いの場に立とうと。
想いの力は、スパチャブーストとして返ってくることはなかった。
己の力と葛藤し続ける一ノ瀬に、瀬川は気だるげな視線を送る。
「別にいーだろ……姉ちゃんはスキルが無くても十分に戦えてんだろ?」
「そういう問題ではない。私は、私は……」
二人に置いて行かれるのが嫌だ。足手まといになるのが嫌だ。
そう言葉を続けようとした自分が居たことに気づき、一ノ瀬は慌てて口を閉ざした。
彼女が発しようとした言葉を前園は悟っていただろう。だが、彼女はちらりと一ノ瀬に視線を送ったのみで、再びパソコンの液晶に向き直る。
「……やっぱり、Sympass内も非公開アカウントばっかりだ。なかなか情報も集まらないよ……」
何度繰り返したか分からない愚痴を、前園は零す。
非公開アカウント。それは、動画配信者の死を表している。
つまりそれだけ魔王の行った行動に伴い、世界は再び崩壊したのだという事実を如実に、彼らに突き付けていた。
前園の呟きに瀬川は皮肉染みた笑みを浮かべる。
「はっ、だろうな。マジで最悪のインフルエンサーだよ、魔王は。あいつの行動で配信者の、人々の行動が大きく左右されちまってんだ」
そこで言葉を切り、瀬川はふと目を伏せる。
「……俺も、か……」
「……今日はもう寝るぞ。体力を回復させるんだ」
ポツリと漏らした瀬川の言葉を聞きながら、一ノ瀬は早々に寝袋の中に身体を入れて静かに目を閉じた。それに見習うようにして、瀬川と前園も寝袋の中に身体を入れる。
といっても、彼らは思うように眠ることが出来ない。
「私が一番年上だから、皆を守る力を付けないと……」
「俺の、俺のせいで……」
「こんな世界……正しくなんか、ないよ……」
それぞれが、それぞれの葛藤を抱いていた。
ゲームにおける勇者とは、輝かしく剣を振るい、ただ人々に希望を与える存在である。
それは、幼い頃の瀬川にとってはとても眩しく見えて、同時に勇者に憧れを抱いていた。
だが、現実はそう簡単なものではなかった。
逃れられない責任は、どれだけ目を逸らそうとしても付きまとう。
自分の行動全てが、この世界を生きる人々の命に影響を及ぼすんだと考えると胸の奥がつっかえたような重たさを感じる。
それでも、ただそれでも。
「……苦しいなんて、言えない。俺が、俺が皆の、先生の命を奪った原因なんだから……」
勇者としての自分自身が、まだ16歳という瀬川をひたすらに苦しめ続けていた。
——力を持てば持つほど、期待されればされるほど、『救わなければならない』と自分に課せられる責任は大きくなる。勇者になるとは、そういうことだ。
「……森本先生、今更だけど……意味、分かったよ……」
そうぽつりと誰にでもなく呟きながら、瀬川は静かに目を閉じた。
また、今日も夜は明ける。
----
翌朝のことだ。
まず、目を覚ましたのは一ノ瀬だった。ゆっくりと寝袋から身体を起こし、まずは周囲の警戒から始める。
それから、次に瀬川と前園を起こすべく、二人の元へと近寄った。
その時だった。異変に気付いたのは。
——瀬川の様子がおかしいことに気づいたのは、直感か。元々の予感だったのか。
「……っ……」
明らかに普段の彼とは違う。呼吸は荒く、全身はまるで凍えた世界に投げ込まれたかのように激しく震えていた。
怯えるように、拒むように。身体を丸めて、ただ自らの身体を抱きしめるその姿はただ事では無いことを示唆していた。
「——セイレイっ!!」
「っ、何、何!?」
その一ノ瀬の切迫した叫び声に、前園も慌てて体を起こす。寝袋を身体に纏ったまま、彼女も瀬川の元へと身体を寄せた。
「何!?どうしたの、一ノ瀬さん!?」
前園は一ノ瀬に状況を尋ねるが、彼女は何も答えずに瀬川の身体を抱きしめ続ける。それから、前園に言葉を掛けた。
「……穂澄ちゃん。今日のダンジョン配信は中止だ。セイレイをこれ以上、戦わせられない」
「や、やだ……俺、戦える……」
震える声で瀬川は首を横に振る。必死に震える身体で一ノ瀬を押しのけようとするが、その腕には彼女を押しのけるほどの力は感じない。
明らかに、瀬川は日々のプレッシャーに耐えきれず、限界を迎えていた。
逃れられない責任を自分一人で抱え込もうとした。毎日、苦しみ続けながら、それでも勇者であろうとした。
自分に課せられた呪いは毎日、彼を知らず知らずのうちに蝕み続けた。遂にはそれは形となって現れる。
「やだ……っ、俺が戦わない、と……誰が、この世界を……救える……んだ……っ」
「もういい。もういいんだ、セイレイ……今は休め……!!」
一ノ瀬は強く瀬川を自身の体に寄せるようにして抱きしめる。瀬川は何度も、一ノ瀬を押しのけようとしていた。
その光景を眺めながら、前園は呆然とする。
「……セイレイ君……」
分かっていた。分かっていたのに、止められなかった。
私の責任だ。私は幼馴染としてセイレイ君を止めなければならなかったのに。
どうするべきだったんだろう。どうすれば、自分を苦しめながら戦い続ける彼を止められたんだろう。
「止まってよ、この震え……止まらないと、配信、できない……」
この世界で彼だけが唯一の希望だった。
しかし、勇者セイレイは、勇者セイレイであるが故に。
[ホズミです。申し訳ありません。今日の配信は中止させてください。今は、セイレイ君を戦わせるわけにはいきません]
勇者自身を、一体誰が救えるのだろう。
To Be Continued……