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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
④水族館ダンジョン編
90/322

【第四十三話(1)】勇者としての責務(前編)

[information

スパチャ支援額上限が解放されました。

1000円 → 3000円]


その施設は、本来書店だったものと思われる。

巨大な爪痕が本棚に刻まれていた。

本棚から散乱した書籍が床に散らばっている。

そして、それを覆うように這い巡る巨大な樹根。更に、桜の花弁がそれらを彩っていた。


紙吹雪と、桜吹雪。二つの吹雪が勇者一行の動きに伴い舞い上がる。

勇者セイレイと盗賊noiseに対峙するのは、巨大な熊。

だが、その全身を覆いつくす体毛は禍々しい紫に染め上げられており、この世ならざる生き物だというのは一目瞭然だった。

名前を付けるとするならば、恐らくグリズリーと呼称できるだろう。

「姉ちゃん、無理するなよ」

セイレイはグリズリーが振るう一撃をバックステップで躱しながら、noiseへと視線を向ける。

noiseはその勇者の注意喚起に苦笑を漏らした。

「随分と心配性なんだな。お前に技術を教えたのは誰だと思っているんだ」

そう皮肉を交えながら、noiseはすかさずグリズリーの懐へと潜り込む。

並大抵の人間であれば、恐怖が打ち勝つであろう至近距離。だが、noiseは臆することなく密接距離にまで入り込む。

そのまま短剣を振るい、叩き込むは鋭い連撃。

グリズリーはダメージに耐えつつじろりとnoiseを睨んだ。

それからゆっくりと、右腕を後方へと引く。

[頑張って 3000円]

[負けるな]

[待て、何だか動きが妙だ。何かを狙っているように見える 3000円]

[確かに。溜め動作か?退避用 1000円]

ホズミが操作するドローンの撮影を介して、コメント欄から逐一情報が送られる。彼女は素早く流れる情報を処理、判断し勇者一行に報告する。

『盗賊、グリズリーから妙な動きを感じます。すぐさま退避行動を』

「了解した。スパチャブースト”青”」

[noise:影移動]

noiseはその指示に従い、すぐさま宣告(コール)。その瞬間、noiseの姿が影に溶け込むようにして消えた。

次の瞬間、ホズミの指示が適切だったことを知る。

「ガァァァッ!!」

グリズリーが放つ一撃が、激しくnoiseがいた場所を穿つ。それは、本棚を瞬く間に木屑に変えて、アスファルトを砕き、土煙を舞い上げる。

舞い上がった紙切れと桜吹雪の中。noiseはセイレイの傍にぬるりと姿を現した。

「セイレイ。油断するな。あいつの一撃を喰らったらひとたまりもない」

「……だろうな」

セイレイはそう言いながら、悠長な歩みでとグリズリーとの距離を縮める。右手に力を籠めると、その動きに呼応するように光の粒子が纏い始めた。

光の粒子は徐々に剣の形へと変貌。やがてそれはファルシオンをセイレイの右手に生み出していた。

「ガァァッ」

その巨大な体躯を持つグリズリーは、不届きものであるセイレイを見下ろす。

「よう」

だが、その威圧感に満ちたグリズリーにセイレイは臆することなく対峙する。挑発するように鼻で笑いながら、身体を低く屈めた。

次の瞬間には、グリズリーの禍々しい右手がセイレイを叩き潰そうと振り上げられていた。

『勇者。下がって!』

「誰が下がるかよ。スパチャブースト”黄”」

[セイレイ:雷纏]

セイレイは、ナビゲーターのホズミの指示を無視して宣告(コール)。瞬く間に青白い稲妻を全身に纏ったセイレイは、即座にその姿を残像に変えた。

グリズリーが振り下ろす一撃は、セイレイの残像のみを叩き潰す。

舞い上がった土煙と衝撃波が、更に桜吹雪を舞い上げていく。桃色の世界の中に、青白い稲妻が駆け巡る。

「遅ぇな。目を閉じたって躱せんだろ、のろまめ」

残像を纏ったセイレイはそのグリズリーの背後に立ち、挑発するように呟いた。

背後を取られたグリズリーは驚愕に目を見開く。しかし、その刹那にはセイレイが振るう一閃がグリズリーの胴を切り裂いていた。

「ガァアアアアアアアアアアッ!!」

その雷鳴纏う一撃が、グリズリーの全身に稲妻を伝播させる。身体を這い巡る稲妻に焦がされたグリズリーの悲鳴が、書店内に木霊する。

セイレイは不快そうに耳を塞ぎながら、そのグリズリーを睨んだ。

「チッ……っせえな……叫んでる暇があったら次の攻撃でも警戒してろよ。な、姉ちゃん」

「こればかりはセイレイの言うとおりだな」

セイレイに気を取られたグリズリーは、死角に忍び寄るnoiseに気づかない。

彼女が放つ一撃は、的確にグリズリーの喉元を貫いた。


----


『セイレイ君。私は君に引くように言いましたよね?』

ホズミはセイレイが指示を無視したことを咎める。だが、セイレイは悪びれた様子もなく鼻で笑った。

「はっ、別に勝てたんだからいーだろうが」

やれやれと言わんばかりに、首を横に振ったセイレイ。だが、noiseは困った顔を浮かべながらセイレイに語り掛ける。

「ホズミちゃんはセイレイを心配してくれてるんだよ?もうちょっと慎重に立ち回るべきだ」

「それさ、無茶ばっかりする姉ちゃんが言えた義理かよ」

セイレイはまともに取り合おうとせず、書店の先へと続く道へと視線を向ける。

話を聞く耳持たずなセイレイに対し、反応に困ったnoiseはため息を吐くしかなかった。

それから、背を向けるように立ったセイレイに語り掛ける。

「ねえ、セイレイ。最近気を張りすぎだよ。もう少し自分を大切にするべきだと思う」

「んな訳にもいかねぇだろうが」

noiseの言葉に、セイレイは物凄い剣幕をして振り返った。目は吊り上がり、まるでnoiseを敵視するように睨む。

それから、ダンジョン内を這い廻る樹根と桜吹雪を見やりながら話を続けた。

「世界がこんなめちゃくちゃになってるのに。俺のせいで、俺が余計なことをしたせいで。だから俺がやらないといけねぇんだ」

『セイレイ君のせいじゃ……』

ホズミはセイレイの言葉をフォローしようとしたが、それを遮って彼は自嘲の笑みを浮かべて語る。

「考えてもみろよ。海の家集落、道の駅集落。俺が訪れたせいで二人のリーダーはどうなった?ストー兄ちゃんは船出とかいうクソ女に改造されて。ライト先生は死んだ。全部俺が原因だろ?疫病神セイレイ様のお通りだ、ってな。ははっ」

自虐的に笑うセイレイ。その痛々しい姿をまともに見ることが出来ず、noiseは目を逸らす。

「……セイレイ。君は……」

『君が原因かどうかは知らない。だけど、今のセイレイ君はあまりにも無茶苦茶だ。そのままだと君自身が傷つくんだよ』

「はっ、本望だね。お前が言ったんだぞ?『敵は過去の自分だけで良い』ってな。俺は過去の自分が大っ嫌いなんだ、散々魔王が敷いたレールの上でしか行動できなかった自分自身がな?結局俺は俺の意図で判断してなかった脳みそ空っぽの勇者様なんだよ」

『でも、過去の自分も受け入れることが大切、とも言ったはずですが?セイレイ君一人で背負う問題じゃないでしょう』

ホズミは懸命にセイレイの言葉をフォローする。しかし、セイレイはまるで取り合おうとはしなかった。

「俺一人で背負うべき問題なんだよ。皆の死の責任を背負って生きてる、これだけは魔王様の言うとおりさ。勇者セイレイは数多の死の上に成り立つ存在なんだ。だから俺が最後にはどうなろうと知ったこっちゃねえよ」

「……セイレイ。それは違う」

自虐的な言葉を繰り返すセイレイに対し、noiseは口を挟んだ。

「何?姉ちゃん。お説教?」

苛立った様子でセイレイはnoiseを睨む。だが、noiseも負けじと彼を睨み返した。

「ああ、お説教だよ。セイレイ、今のお前は見ていられないよ。まるで、過去の私を見ているみたいだ」

「……んだよ。俺の何が間違ってるってんだよ」

noiseの言葉に何か引っかかるものを感じ取ったのだろう。セイレイは怪訝そうに眉をひそめながらnoiseが続ける言葉を待つ。

「お前がかつて私に言った言葉だぞ?『泣きたい時は、泣かないと駄目。辛い時は、辛いって言わないと駄目。じゃないと、本当に死んでしまうんだ』って。この状態で配信を続けるつもりか?このまま自分をひたすらに傷つけながら、戦うつもりか?」

セイレイはバツが悪そうに、noiseから目を逸らした。

「あー……んなことも言ったな。けど、これは規模が違うだろ」

「規模の問題じゃないだろ!!セイレイ、お前はもう少し自分を大切にしろ!!」

「はいはい。また今度な」

もうこれ以上取り合う気はない。

セイレイはそう言わんばかりに手をひらひらとさせながらダンジョンの奥地へと歩みを進める。

そのボロボロに傷ついた背中を見つめながら、noiseは大きくため息を吐いた。それから、ホズミのドローンへと視線を向けて、頭を下げる。

「……すまない。見苦しいところを見せたな……」


[俺達はもう勇者に賭けるしかないんだよ。本当に頼むよ]

[確かに、また世界はめちゃくちゃになったし、視聴者も明らかに減った。でも、全部勇者のせいじゃないだろ]

[死んでしまったのか、配信も見る余裕がないくらい生活が厳しくなったのか、かな]

[俺達にとっちゃセイレイが困難に立ち向かう姿は俺達にとっては希望だよ]

[皆で前を向こうって言ったじゃん。皆で手を取り合わなきゃ。魔王なんかに負けちゃダメだよ]


『……セイレイ君。私は、セイレイ君に救われているんだよ……こっちを見てよ。助けた命を見てよ。何で失った命しか見ないの……』

「……セイレイ」


魔王セージが世界に現れた日。

その日から、セイレイこと瀬川 怜輝は大きく変わってしまった。

全てを破壊した魔王を憎み、世界を破壊するきっかけを作ってしまった自分自身を憎み。大切なことを教えてくれた森本 頼人を救えなかった無力さを呪い。

自分も世界の敵だ、だから自分がその尻拭いをするべきなんだと。

確かに、勇者セイレイとしての希望の種は花開いたのかもしれない。

けれど、セイレイは。瀬川 怜輝自身は。

徐々に、彼は自我の崩壊へと歩みを進めていた。


To Be Continued……

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