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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
④水族館ダンジョン編
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【第四章】序幕

朧気に残った、私の記憶。

お母さんと水族館に行った日のこと。商店街でたまたまやっていた抽選会でチケットが当たったから、って行った水族館。

正直、規模としてはあんまり大きいところではなかった。

それでもお母さんと一緒にお出かけできるってことだけで嬉しくて。つい舞い上がっちゃった。

でね、その水族館も小さな割にすごく綺麗だった。お手製のポップに、どんな生き物が展示されているのか、どんな生態をしているのか、事細かに説明しているのを読むのが楽しかった。

お母さんはあんまりそういうのに興味がないみたいだったけど、子供の頃の私はそんなことも気にせずにずーっとその解説文と、実際の水生生物を見比べ続けた。

その日から、私は水族館の虜。

中学生になった私はお小遣いを貯めて、そのお金で水族館に行ったり、本を買って勉強したり。

何回も同じ水族館に通っていたものだから、そこの館長さんに顔も覚えられたから色々なことも聞いたりした。

水族館の生き物達がちゃんと生きられるように、水質や水温を管理している人達が居るって知って、私は将来水族館で働きたいと思うようになった。

私も、人間も、自然の一部なんだ。人間が特別ってわけでもなくて、全ての命は平等なんだ。

だから、私は自然の生き物達の力になりたい。

まだ中学生にも満たなかった私は、この考え方が正しいんだと思っていた。

だけど、他の大人達はそうじゃなかったみたい。


そんなある日。

魔災が起きた。

世界は、瞬く間にめちゃくちゃになった。

お母さんも、生きているかどうかわからない。友達とも、離れ離れになって連絡を取る手段すらない。

気になることはたくさんあったけど、私が真っ先に気になったのは水族館の生き物達だった。

こんな酷い災害だ。

生きていて欲しい。もし被害を被ったのがここだけだったとしたら、他の安全な水族館に移すのを手伝わなきゃ。

とか、そんなことばかり考えていたのを覚えている。


結論から言うと、水族館の生き物達は無事だった。あちこちに魔物?とかよく分からない化け物が現れたらしいけど、幸いにもこの水族館には魔物は出ていないらしい。

けど、待てど暮らせど一向に新たな情報は入ってこない。同じく避難してきた人に聞いても、携帯が繋がらない、電話がつながらない、って話ばかりだった。

それじゃあ、ここにいる生き物達がずっと生きられるとは思えない。

だから、私は館長に声を掛けに行った。

けど。館長は静かに首を横に振る。

「どこも連絡がつかない。おそらく全国各地でこんな状況になってるんだろう」……って。

私は絶望した。でも、それでも。

水族館の生き物達は絶対に死なせたくない。そう思った。

だから私は必死に本を読み、毎日水槽の清掃を手伝った。魔災に巻き込まれたのか従業員の数は以前よりも明らかに減っていた。

だから私のような中学生の子供でも手伝ってくれるのは助かったのだろう。

最初こそ注意されたが、ある日を境に感謝の言葉を伝えられるようになった。

「……認められた」

そのことがとても嬉しくて、私は思わずその日は泣きじゃくった。

何事も続ければ希望が見えてくるはず。

そう思いながら、従業員の皆と協力して水族館の維持をしようとした。

けど、それと反比例するように、備蓄の食糧が減っていく。保存されていた、水生生物の餌の為の食料ももうほとんど残っていない。

日をまたぐごとに、栄養失調か、何かの疫病か。死因は不明だが水面に浮く魚たちが増えていく。

——ごめん、助けられなくて。

私はそれを見る度に胸を痛めながら、網を使って生き物の亡骸を拾い上げる。


栄養が足りていないは魚だけではなく、人間も同様だった。

食料はとっくに底をつき、空腹を紛らわすように寝そべって身体を捩らせる。そんな日々を過ごすことが多くなった。

ついに、人々は限界を迎え始める。


ある日。水槽の水面に浮く魚を見つけた。

また、私は胸を痛める。徐々に従業員も限界を迎え、ほぼ生き物の亡骸の回収は私に丸投げされるようになっていた。

——だが、今日の亡骸は違った。

毎日水生生物の亡骸を見てきた私だからこそ。気づくのは、早かった。

その生き物は、病ではなく、人間に食べられたことに気づくのは。


「誰が食べたの!!誰が食べたんですか!!誰が!!白状して、白状しろよ!!なあ!!」

ずっと守ってきた命だったから。ずっと大切にしたかった命だったから、私は犯人探しに躍起になった。

けど、館長は怒り狂う私を止めてこう言う。

「私達が生きていく為には、時にはどうしもようない犠牲は必要なのだ」と。

はあ?

なにそれ?

人間がヒエラルキーの頂点だから言えることでしょう?人間が、他のどんな生物にも打ち勝つ術を持っているから。

強者の傲慢に、エゴに。水族館の生き物達を巻き込むな。

そりゃ、私だって人間だから。肉や魚を食べる。命に感謝をして食べる。

だけど、これは話が違う。食べられる為に育てた命ではない。こんな世界もあるんだ、って人々に感動を与える為に育ててきた命なんだ。

人々の手に届かないことで、届かせないことで命の輝きを表現してきたはずなのに。


葛藤が巡る。

幼い私が見た命の輝きは、感動は。夢は。希望は。

決して、こんな食べかすとして水面に浮くようなものじゃなかったはずだ。

お前達は家族として育てられた犬や猫を、食べるようなやつらなのか?

自分が貧しいから、生き延びたいから。


魔災に墜ちた世界は、人の倫理観すら狂わせる。

挙句、それは一日限りの悲劇に留まらなかった。

日を追うごとに、水面に浮く魚の数が増えていく。私が守りたかった命が潰えるのに反して、人々が生き延びる。

どっちを守るべきなのか、どっちを犠牲にするべきなのか。

迷う。迷う。迷う。

駆け巡る葛藤は、私の正しさを激しくかき乱していく。

魔災による被害は、直接人の命を奪ったことに留まらなかった。

倫理観を激しく狂わせ、守られるべきだった尊厳すら狂わせる。


——お前は、かつての自分の世界を取り戻したい。そう願うのか?


ふと、私の脳裏にそんな声が響いた。

(ろく)に食事もとれていないし、いよいよ幻聴が聞こえるようになったか。

……まあどうせ自分を貫いて死ぬ命ならどうでもいいか。

そう自嘲の笑みを浮かべながら、私は幻聴に答える。

「うん。私はこの水族館の本来の姿を取り戻したいよ」

その言葉に、男とも女とも分からない声は言葉を返した。


——ならば、我が力を与えよう。世界を、書き換える力を。


その瞬間、私を取り巻く世界は大きく変化した。


水族館は、大きくホログラムに伴って書き換えられる。

徐々に、元の姿に。二度と見ることの出来ないと思っていた水族館の姿に。

大きくヒビが入り、使い物にならなくなった水槽が。

ひしゃげて通れなくなってしまった連絡通路が。

ばらばらにはじけ飛び、アスファルトの路面が露出したタイルが。

本来の、幼い私が見た景色に書き換えられる。

それと同時に、水族館内に人々の悲鳴が響き出す。叫び声を聞くに、どうやら魔物が現れたらしい。


けど、そんなことどうでもいい。

何故か、気分がよかった。身体がふわりと浮いたような感覚を覚える。

いや、実際に私の体は浮いていた。全身の肌を巡る風の形が変わっている。

——ふと、ガラスに反射する私の姿を見ると、いつの間にか私は私の姿をしていなかった。

『……これ、私?』

どこが声帯なのか分からない。けれど、はっきりと私の声は、その澄み渡るような蒼のドローンのスピーカーから発せられていたことに気づく。


——そうだ。それが、お前の姿。お前が守りたい世界を、繋ぎ止める為の姿だ。


分からない。分からないけど、分かった。

私が成すべきこと。私が存在する理由。

それは、この水族館を守る為に。私の世界を、もう誰にも穢させない為に。

悪意に満ちた人が居るなら、消してしまえばいい。私が守りたい世界を破壊しようとする者は、全て悪だ。

本能が、私をこう呼べと叫ぶ。

『私は——Dive配信、雨天 水萌(うてん みなも)。誰にも、この世界は邪魔させない』


蒼のドローンは、ふわりとそのホログラムが取り戻した水族館の姿を撮影するべく漂い始めた。


To Be Continued……

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