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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
③商店街ダンジョン編
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【第四十二話(1)】別れの挨拶(前編)

さざ波の音が蘇る。

『——良いんですよ。知らない人が来るなんてどれくらいぶりか分かりません、むしろサービスさせてください』

海の家集落に着いたあの日。ストー兄ちゃんは、いきなり訪れた来訪者の俺達にサービスとしてトマトジュースを持ってきたのを思い出した。


どうして今、このタイミングでそんなことを思い出したんだろう。

ライト先生を囲う、木の根の隙間から滴る赤色の液体。

——あ。

……濁る。

違う。

違う。

ライト先生は、総合病院でゾンビと初めて戦ったあの日。

河原に立つ俺達に向けて、こう言ってた。


——最初は、とても小さな手だ。目先の救える命だけを救っていれば良い。だがな……。

「……あ。あ……」


——手が大きくなるほど。救える人が大きくなるのに比例して、救えない命も増えていく。


俺は、アスファルトに流れる赤く、どろどろと濁った液体をすくい上げようとした。

だが、既にアスファルトにしみ込んだ血液は、どう足掻いてもすくうことはできなかった。

「違う……違う……」


——それは君にとって大切な人かも、守りたかった人かもしれない。分かるか?力を持てば持つほど、期待されればされるほど、『救わなければならない』と自分に課せられる責任は大きくなる。勇者になるとは、そういうことだと。……わからないか?


アスファルトに染み渡るライト先生の血を触り、俺は宣告(コール)した。

「……スパチャブースト”緑”……」

[information

支援額が不足しています]

無慈悲にも、端的なシステムメッセージが流れる。


「……違う。違うんだ……」


何度も、脳裏を過ぎる。

自分の行動が、言葉が、今自分自身へと戻る。

血だまりが、アスファルトにしみ込んでいく。ライト先生だったものが、森本さんだったものが。徐々にそのアスファルトの中に、消えて溶けていく。


俺とは何だ?瀬川 怜輝とは何だ?何のために、誰のために俺は存在するんだ?

勇者セイレイ、それが皆が認める俺の名前。

でも、瀬川 怜輝は?俺は。


『いいや。お前は、存在しない人間だ。世界を救う希望の種である勇者セイレイ。お前は、誰からも認められる人間であるが故に、どこにも存在しない人間なんだ』


いつか、夢で俺に掛けられた言葉。

まるで、俺自身の人生を否定されたような、存在を否定されたような、冷徹な言葉だ。

自分とは何か。勇者セイレイとは何か。


「違う……俺は……俺は……」

『だからこそ、君自身が、何をしたいのか。それを考えて欲しいな。誰かの為じゃなくて、君自身が何の為に配信を続けようと思うのか』

姉ちゃんが、いつかの日に言った言葉。

『いつかセイレイ君、君は気づくんだ!!自分が特別だってことを!!この世界の勇者は君だけだってことを!!だけど、それは今教えても意味がない!!自分で気づいてもらわないと、成長のたった一つの糧は考えて、気づくことなんだ!!あはははっ!!センセーは本当にいい教育をしてくれたよ、彼の方針は間違っていない!!正しい、正しいよ!!』

ディルが、いつかの日に言った言葉。

沢山の言葉が、俺の、瀬川 怜輝の脳裏を過ぎっては消えていく。


「……セイレイ、君……ライトさん、ライトさんが……」

穂澄が、茫然自失と言った表情でへたりと座り込んだ。視線は虚空を見つめ、もはやその先には何も見ていない。

『私が……行かせたからだ……私が……』

姉ちゃんの、ずっと訳の分からないことをブツブツと繰り返している声がドローンのスピーカーから響く。

コメント欄は、流れることはない。


言葉が、混じって、濁って。

濁っては、また混じって。

「違う。違うよ……」


俺自身は。俺は、一体何の為に、ここまで来た。

世界に突如として襲い掛かった、無限の桜の木。それは、魔災に墜ちた世界で生きてきた人々を再び襲う。

こんな惨状を招くために、俺は商店街ダンジョンに入った訳じゃない。

「間違っていたのか?俺は……俺は……!!」

たった一回、勇気を出したことから全てが始まった。

それら全てはこの結末の為に繋がっていたというのか。

まるで俺の思考は、筆洗いのようだった。言葉(ペン)が持つ色が、徐々に思考を濁していく。それは、沢山の葛藤を描き、描いて。

「違う。違う違う違う違う…………」

やがて。


「——誓う」

濁りが、消えた。


[information

セイレイ:スパチャブースト”黄”を獲得しました

黄:雷纏 ※初回のみ無料で使用することが出来ます]


----


セイレイの全身を、突如として青白い稲妻が迸る。それは、大地を駆け巡り、大気を穿つがごとく。

勇者はゆらりと、立ち上がる。

「……セイ……レイ、君……?」

幼馴染の異変に気付いたホズミが、ゆっくりと頭を上げる。だが彼女の声は、セイレイには届かない。

ブツブツと、セイレイは顔を伏せたまま言葉を繰り返す。

「俺が無力だったから、誓う。俺が守れなかったから、誓う。ライトさんはもう帰ってこないから、誓う。もう誰も失いたくないから、誓う。二度と戻れなくてもいい、戻らなくてもいいから、誓う。今のままじゃダメだから、誓う。誓う。誓う。誓う。誓う……」

『……セイレイ……』

noiseは、ドローンを介して弟のような存在の彼に呼びかける。

教え子の異変を感じ取った魔王セージ。彼はすたりと川から隆起した桜の木の根に着地し、それからにやりと笑った。

「くくっ、くはははははっ……!!そうだ、それでいい!!勇者の素質は、今花開く!!これが!!我が今まで歩んできた軌跡の集大成だ!!!!お前にとっての鍵はライトだったのか、そうか!!そうだったのか!!」

「——黙れよ」

魔王の言葉に、セイレイは冷たく、低い声で言い放つ。

そこには、いつもの純粋で、優しい彼の姿は、どこにもなかった。

迸る稲妻が、セイレイと同化する。

「……スパチャブースト”黄”」

[セイレイ:雷纏]

そのシステムメッセージが表示されると共に、セイレイの姿は瞬時に稲妻と消えた。

商店街を覆うように伸びきった木の根の上を、セイレイは駆け巡る。ドローンのカメラはセイレイを捉えきれず、激しいモーションブラーと青白い稲妻のみを映し出す。

右から左、上から下。その数多の方向に伸びた木の根を稲妻が焦がしていく。

縦横無尽に駆け巡るその姿を、魔王は懸命に目で追う。だが、迅雷と化したセイレイの姿を十分に捉えることが出来なかった。

「もういい。もう、どうでもいい。お前は消えろ、死ね」

「——っ」

突如として魔王の眼前に現れたセイレイ。彼は、ファルシオンを顕現させ、迸る稲妻と共に大きく振るう。

魔王はすかさず手のひらから纏うように放出した蔦で即席の盾を生み出し、その一撃を受け止めた。

唸る稲妻が、二人を中心として大気に迸る。


潰えることのない光が、セイレイの内から放出する。

「ああああああああああっ!!消えろ!!お前だけは、この世から、消えちまえっっっ!!!!」

「生憎だが、我は消えるわけにはいかないのでな」

魔王は、川底から次々に木の根を伸ばす。突如として生み出された足場を魔王は転々と跳ねるように移動し、セイレイの連撃を躱し続ける。

「黙れっっっっ!!黙れ!!ライト先生を殺して!!魔災の中で頑張って生きてきた皆を殺して!!何のために、何のために皆生きてきたと思ってる!!その罪、命を以て償え!!」

セイレイの激昂は止まる所を知らない。怒りに身を任せ、幾度となく剣を振るう。

己の無力を取り戻すように、セイレイは感情のままにファルシオンを薙ぐ。魔王セージの命を奪うべく。

——世界を取り戻すべく。

「……セイレイ君……」

ホズミはまるで変わり果てた雰囲気の幼馴染の姿を、黙って見届けていた。

これほどまでに、感情を剥き出しにして怒り狂う彼の姿は見たことがない。

怒ることはあった。感情が無かったわけではない。


しかしそれは、中身の見えない感情表出だった。内に秘めた瀬川 怜輝という本物の人格を押し殺して作り出されたような偽物の感情に感じていた。

今、殺意という本性をむき出しにして剣戟を振るうセイレイこそ、瀬川 怜輝のありのままの姿なのだろう。

まるで次元の違う戦いに参加することすらできず、ホズミは呆然と彼の姿を眺めることしかできなかった。


「……強い、想い……」

そんな時ホズミは、ダンジョン前にライトと会話した内容をふと思い出す。


青は今までの無力な自分からの解放感。

緑は信頼、他人を守りたいという想い。

スパチャブーストの覚醒条件として、考えられる強い想いについて話した。

そして、『黄』や『赤』にも同様の誓いがあるという可能性についても考察していた。

『ホズミちゃん。今のセイレイは……理性を失ってる……ライトさんが、死んで、しまったから……』

「分かってる」

ホズミは顎に手を当てて思考を巡らせる。ちらりと、もう二度と動くことのないドーム状に押しつぶされた木の根に視線を送った。

滴る血液は、周辺のアスファルトを暗赤色に濁していく。

「……一ノ瀬さん。黄色から連想する言葉、って何?」

『黄色は……跳躍とか、快活とか、明るい。あと、注意、ってイメージを持つようだね……それ、今関係ある……?』

ぐるぐると、ホズミの脳裏を思考が巡る。

もう二度と戻らないから、二度と戻れないから。

だから、これから生きる人たちの為に考えなければならない。

それが、勇者パーティとしての宿命だから。果たさなければいけない責務だから。

最初は偽物として配信していたはずの勇者パーティは、いつの間にか本物に仕立て上げられた。いや、最初から本物だった。

「……気づかされたんだ。私達は、本物だって……本物の、勇者一行なんだ、って……」

ホズミは、やがて一つの結論にたどり着いた。


スパチャブースト”黄”の覚醒条件。

ただの好奇心や、純粋な想いだけじゃない。背負ったものを、これから背負うものを自覚すること。

その覚悟の先へと突き進む、跳躍する想いが今。セイレイに力を与えているのだと。


「俺は、勇者として!!おまえを倒すんだっっ!!」

遂に勇者セイレイが振るう雷鳴纏う一撃が、魔王セージの胴を捉えた。


To Be Continued……

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