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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
③商店街ダンジョン編
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【第三十九話(1)】卒業記念品(前編)

通行可能となった通路。そこには、魔物の気配ひとつさえしなかった。

静寂漂うシャッター街の間を、セイレイとホズミ。二人を捉えるnoiseが操作するドローンが通り過ぎていく。

「……また、桜……」

セイレイは、その花弁を手のひらに乗せる。

ふわりと温かな春風と共に、桜の花びらが舞い上がった。それは二人の間を通り抜け、はらりと地面に舞い落ちる。

「えへへ、まるで新しい門出を祝うようだね。ね?」

ホズミは上機嫌に弾むようにセイレイの方を振り向く。両手杖をしっかりと握りしめたまま、彼女は笑顔を幼馴染に向けた。

しかし、そんな彼女とは反対にセイレイは浮かない顔を隠せない。

「……ああ……なあ、お前は」

「えへへー。こんな豪勢な卒業式なんて初めてだよ。私達、小学校さえ卒業してないもんねっ」

セイレイの言葉はもはや耳に入っていないようだ。ホズミはくるくると踊るように回りながら、先へと進む。

戸惑いを隠すことの出来ないセイレイに、noiseはドローンを近づけた。それから、耳打ちするように言葉を掛ける。

『……セイレイ。もし、ホズミちゃんが暴走し始めたら、意地でも止めて。今のホズミちゃんは、歯止めが効いていない』

「……ああ。ホズミ……お前は一体何に気づいたんだ……」

「あー!もう、ひそひそ話なんていけないんだあー、ねっ。ね。行こ、卒業証書を受け取ろうよ」

『……みーちゃんも、こうだったのかな……』

noiseは、心が狂気に満ちたホズミの姿に、かつての後輩――船出 道音の姿を重ねた。

心のキャパシティを超えた現象は、人の理性を失わせる。限界を迎え、感情の制御機能すらまともに働かなくなって、もはや攻撃性という本能のままに動くことしかできなくなる。

今まで居場所だと信じてきた全てを否定されたホズミの心は、徐々に狂い始めた。


ーーーー


商店街のアーチを、赤色のリボンが彩る。勇者一行は、それらのアーチを通り抜けていく。

桜吹雪はより一層舞い上がり、セイレイを、ホズミの爽やかな門出を演出する。


商店街を抜けた先にあったのは、大きなレンガ模様に彩られた橋。

橋を貫くようにそびえたつ、巨大な桜の木からは、満開の桜の花弁がひらひらと舞い上がる。

その下に悠然と立っていたのは、セイレイと、ホズミの育ての親、千戸——。


ホズミは、持っていた両手杖をすぐさま千戸に向けた。

「……放て」

[ホズミ:炎弾]

何の容赦もせず、ホズミは魔災に墜ちた世界でずっと育ててくれた千戸に向けて、鋭い矢の如き炎を放つ。

瞬く間に直撃した爆炎が、千戸を覆いつくすように弾けた。轟音が吹き荒れ、それに伴って桜吹雪もより一層舞い上がる。

「ホズミ!?お前一体何をしているんだ!?」

「……次」

セイレイが動転する声も彼女の耳には届かない。”ふくろ”から素早く魔石を取り出し、再び両手杖に装填する。

『待って、ホズミちゃん!!もう支援額は3000円しかない!次放ってしまうと支援額が無くなる!!』

「……放て」

[ホズミ:炎弾]

noiseは動転しながらも懸命にホズミを引き留める言葉を掛ける。しかし、いかなる言葉も彼女の耳には届かない。

再び大きく轟音が弾け、舞い散る桜吹雪と弾ける灼熱がレンガの橋を覆いつくす。

「喋らせちゃだめだよ。ね。千戸を、もう二度と喋らせちゃだめだよ」

大きな愛情は、反転して大きな憎しみに。


——何事もトレードオフだよ。何事も失うことと得ること。それはイコールなんだよ。

商店街ダンジョンに入る前、ディルが放った言葉。

その言葉が、意味を持ち始める。


ホズミは再び、魔石を装填し両手杖を再び炎の中に突き付けた。

「……放て」

しかし、彼女の言葉に両手杖は答えなかった。

無言を貫く両手杖の意味を探るように、ホズミはちらりとドローンが映すホログラムに視線を送る。

[information

支援額が不足しています]

「……チッ」

そのホログラムが表示するシステムメッセージに、普段のホズミからでは想像できないほどの苛立った表情で舌打ちを漏らした。

まるで、視聴者すら敵視するような鋭い目つきでホズミはドローンを睨む。

「ね、ね。応援してるよね、勇者パーティ。送ってよ、スパチャ。私達にチカラを送ってよ。じゃないと、私、殺せない。千戸を殺せない」

「……やめろ、穂澄……」

セイレイは、ホズミの手を引き、静かに引き留めた。だが、彼女は止まらない。

遂にはセイレイの手を振り払ったホズミ。彼女は空を泳ぐドローンを両手でつかみ、カメラをのぞき込むようにして叫ぶ。

「送ってよ!!ねえ!!!!スパチャ送って!!私は殺さないといけないの!!諸悪の根源、千戸 誠司を!!あいつさえいなければ、私も!!セイレイ君も!!勇者パーティは生まれずに済んだんだ!!セイレイ君の人生はセイレイ君の物なのに!!何で!!何で!!」

[ごめん]

[今のホズミちゃんは応援できない]

[分からない、分からないよ]

[ひとまず落ち着けよ。ほら、深呼吸]

[居場所はセイレイとnoiseが居るところだって言ってただろ。雑談配信で散々語ってくれたじゃん]

「うるさいうるさいうるさい!!なんで、皆分かってくれないの!!あいつさえいなければ!!あいつさえ!!!!」

『ホズミちゃん。落ち着いて。私には貴方がどうしてそこまで怒っているのか分からない。だから、教えて?ほら、ゆっくりでいいからさ』

noiseは諭すように、ホズミに語り掛ける。

その言葉に、ホズミはハッとしたように自我を取り戻す。どこか自分自身に怯えるように、ちらりとセイレイに委縮した視線を向ける。

「……私、私は……」


「随分な卒業式の入場だな。セイレイ、穂澄……」

突然響く声の主に、勇者一行はぎょっとして振り向いた。弾ける炎の中、ゆっくりと千戸の影が現れる。

「……センセー……なあ、どういうことだよ。何で、穂澄はこんなにも怒っているんだよ」

「……言わないで……千戸 誠司。言っちゃダメ……」

ホズミは、縋るような眼を千戸に送る。

だが、千戸は二人の警戒し、怯えたような視線を意に介さない。

淡々と、変わらない波長のまま言葉を続けた。

「——俺から、まずは祝辞の言葉を送ろう……二人とも、よくここまで育ったな。卒業おめでとう」

「何を、何を言ってるんだよ。センセー……」

セイレイは続く言葉に怯えるように、首を大きく左右に振る。

「卒業した者は、やがて社会の役に立つため、職を手に付けるものなんだ。俺は、教師としてその一環を担ったに過ぎない」

「——貴方は。その目的のために、何をしたのか分かっているのですか」

ようやくクールダウンしたホズミは、冷酷な瞳を千戸に向けた。

「命の尊さを伝える授業の一つだ」

「……ふざけないで。あなたの行動で、どれだけセイレイ君の、いや、多くの人々の人生が狂ったと思ってるの」

「なあ、穂澄。センセー。二人とも、さっきから何を言って……」

二人の会話について行くことの出来ないセイレイ。彼に、千戸は言葉を掛ける。

「……勇者セイレイ。卒業前に、最後の授業をしよう」

「……は?」

「質問だ。何故、あの日。ダンジョンの外で活動することの出来ないはずの魔物が、集落を襲った?一ノ瀬も言っていただろう。ダンジョンの外では魔物は活動することが出来ない。追憶のホログラムの破壊?だとしたら、ダンジョンにいる魔物も消える。そして、そのタイミングは、俺が二人を集落のはずれの草原に連れて行った時だ」

「言わないで、言わないで……!」

ホズミは、必死に縋るような視線を千戸に送る。

『……千戸先生。貴方は、まさか……』

noiseも同様にある答えにたどり着いたようだ。戸惑いの言葉が、ドローンのスピーカーを介して伝わる。

「……どういうことだよ。センセーが、まるで魔物を送ったみたいな言い方さ……」

セイレイも一つの答えにたどり着いた様子で、怯えと怒りが入り混じった表情で千戸を睨む。

「……」

だが、千戸は何も言わない。代わりに、大きく手を水平に振るう。


すると、燃え盛る炎が、瞬く間に掻き消えた。

代わりに桜吹雪が再び舞い上がり、セイレイ達を桃色に染め上げる。

そして、千戸の眼前に現れたのは、七色に光る宝石——追憶のホログラムだった。


「その前に。お前達にはこれを見てもらおう。卒業記念品として、これを送る」

「……センセー……」

セイレイは、ぽつりと恩師の名前を呼ぶ。だが、千戸はその言葉には何も答えない。

代わりに、千戸はドローンに向けて視聴者に言葉を掛ける。


「これは、視聴者参加型の配信なんだ。お前達にも、参加してもらおう」

次の瞬間。空を、巨大なモニターが覆いつくし始めた。


To Be Continued……

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