【第三十八話】 満開の笑顔
『なあ、センセーは私達がこのダンジョンに向かうことを予期していたと思うか?』
元の道へと戻る最中、noiseはふと二人に問いかけた。
幼馴染二人はお互いに顔を見合わせる。
「……ううん」
セイレイは何も思いつかず静かに首を横に振った。
しかし、ホズミは親指の爪を噛み考え込む様子を見せる。
「そう言えば、視聴者の方達は知らないんですよね。……撮影禁止区間、と書かれたエリアはこの商店街の前にもあったんです。そこでは、常時追憶のホログラムが起動しているところがありました」
[ずっとホログラムが動いてるってこと?]
[俺そんなところ見たことない]
[↑俺も]
——やはり、この商店街ダンジョンが異質という事なのだろうか。
流れるコメントの一つ一つ追いながら、ホズミは更に言葉を続けた。
「その場所では、配信を開始しようとしても出来ませんでした。まるでSympassの為だけに作られたような標識でしたね……」
『私も気になっていた。追憶のホログラムが映し出す映像も、今までのものとはまるで違う。思い出を映し出すというよりは、何か明確な意図を持っているようにも見える』
魔災は起こるべくして起きた現象だった。
そう意図づけられるような映像を見せられて、ホズミとnoiseは己の経験と知識をフルに回転させる。
「センセーがこの商店街ダンジョンに誘導するように仕向けた、ってことなのかな。だって、あまりにも出来すぎた偶然だもん」
『その可能性は無きにしも非ず、だ。もりm……こほん……ライトが魔石に関した研究を開始した。その一環でこの商店街を発見。そして、あのホログラム……』
「え、待って。それだと全部の行動がこの商店街に繋がることになっちゃうよ。だってライトさんが魔石の研究を始めたのって、総合病院ダンジョンの後でしょ?」
『全部の行動……か。そうだな。一度今までの行動を遡ってみるか』
どこか思い立ったように、noiseは過去の配信を振り返る。
『——総合病院ダンジョンは、ディルに私達が誘導された形だった。参考までに聞くが……初めて配信した、家電量販店ダンジョンには、どういう経緯で入ることになったんだ?』
「ちょうど、ストーさんの居る集落の近くで、Sympassが起動できることを知ったんだ。で、そこからセイレイ君がダンジョンの偵察に行きたいって提案して……』
『セイレイが……?』
noiseの言葉に、セイレイが割って入る。
「うん。俺さ、昔集落を魔物が襲った時。何もできなかったんだよ……それが悔しくて、悔しくて……」
『そう……三年前、魔物から助けられなかった後悔もあったか、ら」
そこまで話を遡ったホズミは、あることに気づきぴたりと足を止める。
「…………あ……ああっ……」
「……ホズミ?」
途端に青ざめた表情を浮かべるホズミ。彼女の顔を心配そうにセイレイはのぞき込む。
だが、幼馴染の視線は遠くを見たまま。
「……三年前。私達が魔物に襲われたのは、どんなタイミングだった?」
何処を見るでもなく虚空に視線を向けてそう問いかけるホズミ。
彼女に問いかけられたセイレイは、腕を組んで過去を思い出す。
「確か、センセーの授業を受ける為に、集落のはずれのとこまで出かけたんだよな」
「うん。で、インターネットが初めてつながることを知ったタイミングは、ストーさんの居る海の集落前。そして、その集落近くのダンジョンに単騎で入っていたnoiseさんは私とセイレイ君と同じ、センセーの教え子……家電量販店、ディル、総合病院、商店街……」
ホズミの頭の中を様々な記憶が駆け巡る。
センセーの言葉が巡り始めた。
お前達には”しっかり物事を観察する力”を覚えてほしいんだ。デッサンの勉強はその一環だ。お前達には魔災以前の日本にはどんな物が存在して、どんな人が居たのか。そうした一つ一つの物を感じ取って欲しいと思う。他人を助ける資格は、自分を助けることの出来る者にしか無いんだ。俺達は運良く生き残っているだけなんだ。助ける意思は大切だ……だが、状況を俯瞰しろ、自分自身さえ助けられないお前が助けに向かって,誰を助けられる?見間違いじゃなければ……”インターネットが使える”はずだ……!悪いけど、今回はセイレイの顔を立ててやってくれないかな。セイレイのことが不安な気持ちは分かる。それなら、ドローンで彼の様子を撮影しながら進むのはどうだ?
今までの言葉がホズミの脳裏を過ぎる。
答えが繋がっていく。
センセーは、私達の育ての親は、千戸は——。
『ダンジョンに潜入する時に、”皆の意見を聞きながら”、”リアルタイムで情報を共有”する……』
『いや、あれがあるじゃん。"Sympass"で配信すれば、全部解決だろ』
千戸の誘導に、セイレイはまんまと引っかかった。
——全て、センセーに仕向けられていた?
私達の選択。私達の行動。私達の繋がり全てが、たった一人の行動によって導かれたものだとすれば。
全てが裏切られたような感覚。真っ白な脳みその中に、ただ自分自身の魂がぽいっと投げ捨てられたような、空虚な感覚を覚える。
「……あ、あ……全部、全部……」
ホズミは、震える全身を抑え込むようにぎゅっと自分の体を抱きしめながら、蹲った。
「ホズミ!!どうしたんだ!?」
セイレイは慌てた様子でホズミに寄り添う。
全身は青ざめ、カタカタと恐怖におびえるホズミの姿にセイレイは思わず動転した。
『ホズミちゃん!!どうしたの!?』
「全部。全部全部全部全部…………私達は、導かれていた…………!!!!」
縋るように強く、強くホズミはセイレイの肩を掴む。震える唇で、今にも逃げ出しそうに怯えた姿で。それでも、にこりと自虐的に微笑んで。
ホズミは、セイレイにはっきりと告げた。
「……セイレイ君。君は、最初から勇者に選ばれていたんだよ…………紛れもない、本物の勇者様……だよ……」
「何を!何を言ってるんだホズミは!?」
「セイレイ君は分からない。いや、分からない方がいい……最悪だ。そんな、セイレイ君の人生を一体何だと思って……ね、ね」
「おい、落ち着けホズミ!!一体何に気づいたんだ、何に!!」
ぐるぐると、最悪の思考が巡る。ブツブツと微笑みながら何かを繰り返すホズミの姿は、もはや狂気にしか映らない。
そんなうつろな瞳をセイレイに向けたホズミ。
何かが、壊れる音がした。
「……えへへ」
すると、途端に彼女の表情は柔らかなものとなった。
「……ホズミ?」
「……ね。セイレイ君」
満開の桜のような笑みを浮かべるホズミ。いつもであれば、彼女の姿が眩く、素敵なものに感じられたのだろう。
しかし今は、不穏な気配しか感じ取れずセイレイは思わず身を引く。
セイレイの胸中を知ってから知らずか、ホズミは垢抜けた笑みのままセイレイに向けて言葉を続けた。
「私、ね。セイレイ君のこと、好きだよ」
「……は?」
「ずっと。ずっと、ずっとずっとずっとずっと。ずーーーーっと好きだった。そのひたむきに真っすぐな姿も、私を大切にしてくれているって分かる言葉も行動も、ちょっとふとした瞬間に見せる無邪気な姿も、穢れを知らずに純粋なままで前を向き続けるセイレイ君が、大好き。世界で一番好き」
もはやホズミの眼中には、Sympassで配信をされているという事など眼中にはなかった。ただ、感情の流れるままに、ずっと大切にしてきた幼馴染に想いを告げる。
だが、何の脈絡もなく発せられたその言葉は、noiseにとっても。視聴者にとっても狂気にしか映らない。
[ホズミちゃんどうしたの]
[ドラマの欠片もないんだが]
[ごめん怖い]
[いったん落ち着け]
[ヒッヒッフー]
[↑それラマーズ法なw]
『どうしたのホズミちゃん?そんないきなりセイレイに告白しても、嬉しくないはずだよ。ほら、もっとドラマチックにしないと……あるじゃん、もっとさ、ね、ね……?』
どう言葉をかけていいのかnoiseも分からないようだ。
noiseはとりあえず思い浮かんだフォローの言葉をホズミにかけてみるが、その言葉は彼女には届かない。
「……ホズミ、どうした。お前……」
突然の幼馴染からの告白。だが、明らかに何か頭のねじが外れてしまったようなホズミの姿にセイレイは目を丸くし、戸惑いを隠すことが出来ない。
ホズミは告白の答えを待たず、セイレイの心配の言葉にも返事せず、ゆっくりと立ち上がって商店街の先を見据える。
その表情は、普段通りの彼女に戻っていた。
「……さて。この先に、セイレイ君の記憶通りならレンガ造りの橋があって。センセーが待っているんだよねっ。ね、行こうよ勇者様っ」
「あ、ああ……」
声の弾んだ幼馴染の言葉にどう反応するべきか分からない。
ホズミは一体何に気づいたのか、何を理解したのか。
背筋を伝う冷たさから目を背けるように、逃げるように。セイレイは標識の消えた道を進む。
To Be Continued……