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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
③商店街ダンジョン編
77/322

【第三十七話(1)】 舞い散る桜吹雪(前編)

商店街を挟むようにして、公道が舗装された道。横断歩道をまたいだ先にある標識に、セイレイとホズミは思わず足を止めた。

「……ここも、か」

セイレイはげんなりした様子でそれに視線を送る。


[撮影禁止区間]

そう記された標識がぽつんと立ちはだかっていた。セイレイは憂鬱な面持ちでその標識を撫でる。

「この奥に、橋があるはずなんだけどな……これじゃ、通れない」

「配信が切れちゃうもんね……仕方ない、他の道を探そっか」

ホズミの提案にセイレイは頷いた。それから、異なるルートを探すべく歩道に沿うようにして、辺りを警戒しながら探索を行う。

二人の前を行くnoiseが操作するドローンが偵察を行うべく、空を泳いだ。


しばらくして戻ってきたドローンのスピーカーからnoiseの声が響く。

『この先に魔物はいなかった。ただ、気になることがあった』

「姉ちゃん、どうしたの?」

セイレイが続く言葉を促す。すると、小さく咳払いをした後noiseは答えた。

『そうだな。タイルを覆いつくすように木の根が張り巡らされていたんだ』

「覆いつくすように?タイルをせり上げるように、ではなく?」

noiseの報告に、ホズミは首を傾げる。

魔災後、管理者を失った商店街では木の根が育ち、タイルをせり上げて敷地内を侵略することもあるのかもしれない。そう考えたホズミだったが、木の根がタイルの表面を覆いつくすとなると話が変わる。

そのホズミの考えにには、noiseも同感だったのだろう。「ああ」と彼女は同意の声を上げた。

『私もそれには同感だ。だとしても、たった十年であれほど育つものなのか……?』

noiseはセイレイ達に説明するというよりは、自分に言い聞かせているように呟く。その実態を見ていない二人はお互いに顔を見合わせ、その続く道へと足を運ぶことにした。


★★☆☆


セイレイとホズミは、かつて山奥の集落で良く見た木を想像していた。しかし、二人が目の当たりにした木の根は、想像をゆうに上回る規模のそれだった。

「……これは、何が起きているんだ……?」

シャッター街を、巨大な木の根が覆いつくす。

一部の店舗は、木の根に貫かれたように抉れ、瓦礫をタイルの上にまき散らしていた。

唖然とその光景を眺める二人。

突如、その二人の間を、春風が通り抜ける。

それと同時に襲い掛かるのは、桜吹雪だった。

「わっ」

「きゃあっ」

思わず、セイレイとホズミは通り抜ける桜吹雪に顔を覆い、目を細めた。

桃色の花弁が、招き入れるように二人を覆いつくす。

「……これは……」

セイレイは、頭に降りかかった花弁を拾い上げ、それをじっと見つめる。

「綺麗な花びら……だけど……」

温かな風が、どこか穏やかさを感じさせる花吹雪が、二人を彩っていく。だが、その陰鬱な雰囲気の漂う、巨大な木の根が覆いつくす商店街においてはかえって不穏な空気を生み出していた。

「進むしかないんだよね。この先に、きっとセンセーがいるんだから」

「……ああ」

まるで二人の門出を祝福するように吹き荒ぶ桜吹雪の元を辿るように、セイレイとホズミは歩みを進める。


[桜が舞い散ると、卒業式を思い出すな。さっきnoiseさんが卒業の話をしてて思い出したよ]

[うん。懐かしいんだけど……ダンジョンの中で桜吹雪って言うのもおかしくない?]

[そうなんだよなあ、卒業式の気分に完全に浸れたらいいんだけど]

[わかる]

[ガチ泣きしたなあ。これでみんなと離れ離れになるのか、って思うと。もう戻れないんだ、あの日は帰ってこないんだ、って思うと感極まったな]

[そうなんだよな。説明のできない感情がこみ上げたのを覚えてるよ]

これが、ただの卒業式だったら平和な会話で終わったのだろう。

だが、今はダンジョン配信の最中だ。ダンジョンを彩る桜吹雪という異質な状況。

そのコメント欄を眺めながら、noiseにはどこか込み上げる胸騒ぎが消えなかった。


----


桜吹雪の元を辿るセイレイとホズミ。その先に待ち構えていたのは、満開の桜を咲かせた一本の巨木だった。

そして、その奥に備えられた台座には、七色に光る宝石——追憶のホログラムが光るのが見える。

「……また、このパターンか」

セイレイは右手にファルシオンを顕現させ、物陰に身を隠しながらその巨木を見据えた。

ホズミも同様に両手杖を顕現。魔石を杖に装填した後、人差し指を唇で挟みつつ思考を巡らせる。

「総合病院ダンジョンと同じだね。恐らく、あのホログラムを取り込んだら撮影禁止エリアも解除されるかも」

「ということは、あの木は……」

『ほぼ確実に、ホログラムの守護者……というところだろう』

勇者一行は意見を合致させ、お互いに頷き合う。

ホズミは両手杖をしっかりと握り、前傾姿勢を取る。

「私が煙幕で敵の視界を奪う。その隙に攻撃をお願い」

「分かった」

強く頷き、それからnoiseが操作するドローンを見上げる。

ドローンが表示するホログラムには、それぞれにその巨木について考察するコメントが流れ出す。


[魔物の名前で言えば、トレント、というところか]

[そうだな。どんな攻撃をしてくるのか……]

[商店街を根っこで覆いつくした原因がトレントだとしたら、木の根で攻撃してくるんじゃないか?]

[それをモロに喰らったらひとたまりもないよね……特に防御力の低いホズミちゃんが危険だ]

[単純に考えれば、ホズミちゃんの魔法が効くと思う]

[確かに、出し惜しみしてる場合じゃないか] 


『対象名はトレント、だな。木の根を使った攻撃を警戒……下からの攻撃に気を付けろ。ホズミは、相手の隙を狙って魔法を放つんだ』

コメント欄の情報を要約したnoiseは、二人に情報共有を行う。

「うん。私の魔法が攻略の鍵を握ってるんだね」

ホズミは両手杖を確かめるようにしっかりと握り、トレントを真っすぐに見据える。セイレイも低く前傾姿勢を取り、正面を向く。

改めて、勇者一行はお互いに顔を見合わせ、頷き合う。

「じゃあ、始めるぞ。Live配信の時間だ!!」

「うん!行くよ——スパチャブースト”青”っ!!」


[ホズミ:煙幕]


そのシステムメッセージが表示されると共に、ホズミを中心として灰色の煙幕が商店街通路を覆いつくす。

そして、その巨木はやはり魔物だった。

「ギギ……ギギギ……」

煙幕が取り巻くと同時に、トレントはゆっくりと軋むような葉擦れ音を奏でながら動き始めた。

セイレイは自身の視界を覆う煙幕を切り払いながら、宣告(コール)する。

「スパチャブースト”青”!!」

[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]

セイレイの脚を淡く、青い光が纏う。次の瞬間、セイレイは煙の中から勢いよく跳躍。煙幕の中から突如として躍り出たセイレイに、トレントは反応することが出来ない。

ゆっくりと身体を軋ませながら、セイレイの方向へと身体を向けるがそれより先にセイレイはファルシオンを振るう。

「ぜああああああっ!!」

加速する勢いのままに薙ぎ払った一撃は、トレントの胴を捉えた。

「ギギッ……!!」

苦悶の声のような音を響かせながら、トレントは大きく体を揺らす。桜吹雪が再び舞い散る中、セイレイは大きくバックステップし距離を取る。

「……やっぱり硬いな」

セイレイは苦虫を噛み潰したように呟く。実際、トレントの外皮を削ったのみでほとんどダメージを与えられていないようだった。

煙幕は徐々に晴れ上がるなか、トレントは大きく体を揺らす。

『勇者!!左へ避けろ!!』

noiseの言葉にセイレイは素早く反応。大きく左へサイドステップを繰り出す。

間一髪だった。

先ほどまでセイレイが立っていた場所を、真っすぐ垂直に伸びた木の根が貫く。回避が少しでも遅れていれば、今頃セイレイは串刺しになっていただろう。

「……ありがとう」

串刺しになった自分自身を想像して鳥肌の立ったセイレイは、noiseが操作するドローンに向けて小さく礼をした。

だが、ドローンのカメラはトレントを捉えたままだ。

『そういう話は後だってホズミも言ってただろ。しかし、やはり防御力が高いな』

「うん。出し惜しみしてる場合じゃないと思う……ホズミ、頼んだ」

セイレイは、距離を取って後方でじっとトレントの出方を伺っているホズミへと視線を投げかける。

話を聞いていたホズミは強く頷く。

「うん。ただ、無闇に魔法を打っても効果が薄いと思う。ごめん、しばらく敵の攻撃を引き付けてほしい」

「任せろ」

強く頷いたセイレイ。彼は再びトレント目掛けて駆け出した。

スキルを用いてもほとんどダメージを与えられないことが分かっている為、セイレイは宣告(コール)はせずに素の状態でトレントへと近づく。

「ギギギ……」

軋む不快な音を奏でながら、トレントはセイレイの方を再び向く。すると、伸びた枝をセイレイ目掛けて振り下ろした。

「うわっ!」

セイレイはすかさずサイドステップし、そのトレントの一撃を回避。

「これで、どうだっ」

すかさず振り下ろされた枝に向けてファルシオンを振るう。切り裂かれた枝は、ぱきっと軽快な音を奏でながら地面に零れ落ちる。

「ギィィィ……ッ」

苦悶の声を上げながらトレントが大きく仰け反る。

その瞬間、セイレイはその仰け反った巨木の幹に真紅の宝玉が顔をのぞかせていることに気づいた。

「ホズミ!!赤色の宝玉だ!!」

「え!?」

彼女の位置からは宝玉は見えないのだろう。セイレイの意図が読めず、困惑した様子で聞き返す。

勝機を見出したセイレイはホズミを呼び寄せるべく大声を上げる。

「俺の隣へ来い!俺が攻撃を引き付けて、仰け反らせる!木の幹の上に宝玉が見えるからそこを狙うんだ!!」

「——っ、分かった!」

ホズミはセイレイの指示に従うように、小走りで彼の元へと駆け寄る。だが、ホズミが駆け寄る先のタイルが大きく抉れ始めた。

「っ!!」

それに勘づいたホズミは大きくバックステップ。次の瞬間には、抉れた木の根が真っすぐにタイルを貫いていた。

「危ないな……っ!!」

体勢を立て直したホズミは、すかさずその木の根目掛けて両手杖の石突で突きを放つ。しかし、トレントの強固な外皮を貫くことはできず、悲しくも木屑を散らしたのみだった。

次の瞬間には木の根は地中へと再び姿を隠し、抉れたタイルのみをその場に残した。

『木の根と言えども物理攻撃は通らないか……恐らくサポートスキルも厳しいだろう』

ドローンのサポートスキル”殴打”も恐らく、トレントの外皮の前には無力だ。そうnoiseは悟り、ふわりと高くドローンを上昇させる。

『私は戦況支援に専念する。何度も言うが、地中からの攻撃には気を付けろ』

「うん、ホズミ——行くぞ」

「もちろん。セイレイ君」


千戸 誠司の教え子二人は、各々の得物を構え、トレントと対峙する。


To Be Continued……

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