【第三十六話】 卒業式の前触れ
「もしかして、だけど……」
ホズミは、セイレイから受け取った両手杖を手から離してみる。
すると、予想通り、ホズミの手から離れた両手杖はその造形を光の粒子に変えて、世界から消えた。
「セイレイ君の剣と同じだ。持ち運びが自在になるのは便利だね」
どこか感心した面持ちで頷き、それから床に零れ落ちた魔石を一つ一つ拾い上げ、”ふくろ”の中へと片付けていく。
セイレイは辺りに魔物がいないか、じっと物陰に潜みながら警戒していた。
まだ商店街ダンジョンも序盤だ。格子状に、複雑に絡み合った商店街のどこに魔物が潜むのか分からない。その為にも、両手杖の使い方は早々に会得しておいた方がよいだろう。
魔石の回収を終えたホズミは、再び右手に力を籠める。
すると、両手杖は再び光の粒子を掻き集めるようにして顕現した。
「うーん……どうやって使うんだろう」
試しに、両手杖を誰もいない通路の奥に向けて掲げてみた。
「えっと……放て!!」
宣告の内容も分からないので試しにそう叫んでみるが、案の定というか何も起こらない。
一人でブツブツと喋っているホズミに対し、セイレイは苦笑いを浮かべた。
「新しいおもちゃを手に入れた子供みたいだな……壊すなよ?」
「なっ……子供じゃないもん!だってせっかく使えそうだし、長い戦いになるなら早く使い方覚えた方が良いでしょ!?ね、ね!?」
物凄い剣幕でまくしたてるホズミに、セイレイは引きつった表情で後ろずさりした。
「あ、ああ……まあ、それはそうだな……」
「分かってくれればいいのっ」
ホズミはnoiseの真似をするように「ふんっ」と可愛らしく鼻を鳴らして、それから再び杖を構えて色々と宣告を試し始めた。
大切な幼馴染から貰ったものを無駄にしたくない、という想いもある。しかし、その本心にはセイレイどころか、当事者であるホズミさえも気づかない。
なかなか進まない二人に見かねたnoiseはドローンを操作。セイレイの傍らに近づけ、スピーカーを介して話しかける。
『セイレイ……ホズミちゃんに協力してあげて?あの子多分納得するまで動かないよ』
「……分かったよ」
セイレイはため息を吐き、ホズミの傍へと歩みを進めた。それからホズミが携えた杖をじっと見つめる。
「セイレイ君?どうしたの?」
「なあ、ホズミ。その杖を見せてもらってもいいか?」
「え?う、うん……」
ホズミから受け取った両手杖をまじまじとセイレイは確認する。すると、杖の持ち手の部分に不自然に膨らんでいる部位があるのを発見した。
その膨らんだ部位の中心は窪んでいる。ちょうど、先ほどまでホズミが拾い上げていた魔石が入りそうな大きさだ。
「ん?ここにある窪み……ホズミ。魔石を出してもらってもいいか?」
「……うん」
セイレイの指摘に、ホズミもある可能性が浮かんだのだろう。”ふくろ”から魔石を取り出し、それを杖のくぼみの部分に当てはめる。
すると、突然両手杖から眩い、赤い光が二人を照らした。
「わっ!?」
「きゃっ……これは……」
二人はその赤色の光に照らされながらお互いを見合わせる。だが、しばらくするとその光は徐々に収束し、元の両手杖の姿に戻った。
「……もしかすると、次の戦いで使えるかもしれないね」
「そうだな……本当に、訳が分からないことばかりだ」
セイレイは納得がいかない様子で首を傾げながら、一足先に歩みを進めた。
「あっ、待ってよー!」
ホズミは棍を”ふくろ”に戻し、それから小走りでセイレイに追いつく。
----
セイレイとホズミは、思わず立ち止まった。
撃ち抜かれたように崩落した天井が、瓦礫となって通路を塞いでいたからだ。
辛うじて瓦礫の隙間から抜けることはできそうだが、不穏な予感のしたホズミはドローンに視線を投げかける。
その意図をnoiseは察したのだろう。ドローンを瓦礫の上に浮上させて、奥の様子を偵察する。
[スライムがうようよいるな……]
[合計15体]
[しかもそのうち2体はオレンジか……またあのバカみたいな魔法ぶち込まれたらたまったものじゃない]
[ホズミちゃんの緑スキルならカバーできるけど]
[でも、支援額には限りがある。俺達も1回しかスパチャは送れないし、あまり一気に使うのは得策じゃないよな]
[今は……16500円か。ホズミちゃんも、セイレイ君も、緑スキルは3000円使用するんだよな]
[5回は正直心許ないね……青だけでどうにかなるとも思えないし]
[ごめん、まだスパチャ送ってない]
[↑いや、取っておけ。いざという時まで送らないのも一つの手だ]
[確かに、一気に使い切って消耗するよりは良いかもね]
各々の考察に目を通しながら、noiseはそのドローンが表示するホログラムを二人に見せる。
セイレイとホズミは、そのコメント欄が示す考察に顔を見合わせた。
「確かに、強行突破するにしても、あの入り口からじゃ奇襲も難しいよな」
「うん。迂回路はありそう?」
ホズミはドローンに向けて質問を投げかける。キーボードを叩く音が響いたのち、申し訳なさそうにnoiseは語る。
『……いや、この道を抜けないと迂回路にすら辿り着かないようだ。現にここまで脇道はなかっただろう?』
「そっか……とりあえず、瓦礫を挟むようにして状況を探ろう。瓦礫越しに魔法を放たれたら危険だし、アクションカードで連携を取るよ」
そう言いながら、ホズミは”ふくろ”から黒、赤、黄、緑の四色のアクションカードを取り出した。
彼女に見習い、セイレイもポケットからカードを取り出す。
「分かった」
二人は巨大な瓦礫を挟むようにして、奥の様子を静かに伺う。
[魔法使い:赤]
[勇者:緑]
お互いのポジションから、魔物が近くにいるかの確認を図る。赤は、近くに魔物がいるということ。緑は、近くに魔物がおらず安全な状況を示す。
アクションカードを介して状況確認を終えた二人。ホズミは静かに瓦礫の合間を縫うようにしてセイレイに合流する。
そして、小声でセイレイに語り掛けた。
「私に考えがある。さっき両手杖に魔石を装填したでしょ?」
「あ?ああ、それがどうした?」
セイレイの問いかけに、ホズミは両手に携えた杖をがしっと握りながら、通路のずっと奥に見えるスライムの群れへと視線を投げかける。
「私の考えが正しければ、使えるはずだよ。さっきのスライムと同じ魔法が」
「……任せていいか?」
幼馴染の言葉に、ホズミは強く頷いた。それから、瓦礫の隙間から両手杖だけを突きだす。
ホズミは、目を閉じて杖を握る手に力を入れる。すると、徐々に杖の先に光が帯び始めた。
纏まった光は、杖を介してホズミに繋がる。やがて、ホズミの足元に魔法陣を構築。その光は質量を持ち、ピリピリと大気を震わせる。
「出来る、出来るはずなんだ。私が、セイレイ君が安心して戦える場所を作るんだっ」
「……まさか、本当に……?」
セイレイの目が驚愕の色に変わる。ホズミを中心に、光を帯びたプログラミング言語が浮かび上がり、空を泳ぐ。
その姿は、追憶のホログラムを彷彿とさせる。
「——放てっ」
[ホズミ:炎弾]
ホズミの掛け声と共に、両手杖から鋭い矢の如き炎が、一直線にスライムの群れ目掛けて放たれた。爆炎が衝撃波を生み出し、スライムの群れを大きく吹き飛ばす。
土煙が舞い上がり、吹き飛んだスライムの何体かは灰燼と化した。
耳鳴りを感じながら、ホズミは瓦礫の影から身体を躍らせる。
「——行くよ!」
「あ、ああ!」
その威力に困惑したセイレイだったが、ホズミの声にハッとした様子で土煙の中を駆け抜ける。
『ホズミ。聞こえるか。魔法を使用した時、支援額が3000円消費された。あまり、多用はできない』
「うん、分かった!」
noiseの言葉にホズミは頷きながら、爆炎にひっくり返ったスライムに向けて両手杖を振り下ろす。
「やっ!!」
勢いのままに振り下ろした杖は、スライムの胴を捉えた。灰燼と化した姿に絶命を確認。そのままホズミはすぐさま振り返る。
「ピィッ……ピィィィィ……」
橙色のスライムはその突如現れた不届き者に警戒の鳴き声を上げた。
「……ほら、おいでっ?」
ホズミは杖を持っていた手を離す。すると、光の粒子となり、杖は世界から掻き消えた。
『ホズミ!?』
[待って]
[素手はダメ]
[魔法使い、正面1 迅速な対応を]
だが、ホズミは素手のまま、一直線にスライムに向けて駆け出した。
スライムは武器を持たないホズミに勝機を見出す。大きく身を引いたと思うと、自らの小柄な体躯をパチンコ弾のように射出した。
鋭く大気を貫くが如く、スライムは一直線にホズミへ襲いかかる。
『ホズミ!!回避しろ!!』
noiseからの怒号が飛び交う。
「ううん、大丈夫!」
しかし、ホズミは避けることもせず真っすぐにスライムを見据える。
それから、両手を正面に突き出した。光の粒子が彼女に集まり、再び両手杖が世界に顕現される。
「ほら、来たっ!!」
「ピィッ!!??」
スライムが困惑の悲鳴を上げたのもつかの間、自ら飛び込んだ勢いでホズミが顕現させた杖に貫かれたスライム。それは瞬く間に全身を灰燼に変えて、世界から消えた。
杖に付着した灰燼を振り払いながら、セイレイに視線を送る。
「なるほど、その発想があったか」
セイレイは楽しそうににやりと笑いながら、彼女の真似をするようにファルシオンから手を離す。すると、ファルシオンは大気に溶けるようにしてその姿を消した。
すぐさま素手のまま身をかがめ、スライムへと駆け出す。
「スパチャブースト”青”っ!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
システムメッセージが表示され、セイレイの脚に淡く、青い光が纏う。それと共にセイレイはくるりと身体を捻り、橙色のスライム目掛けて鋭い蹴りを繰り出す。
「ピギッ!!」
大きく吹き飛んだスライム目掛けて、スキルの持続時間が切れる前に再び跳躍。一気に距離を詰め、右手を突きだす。
しかし、その距離はスライムには遠く、本来であれば届かない距離だ。だが、セイレイはその右手にぐっと力を籠める。
「今だっ、貫けっっ!!」
「ピィィッ……!」
光の粒子を纏いながら顕現したファルシオンが、スライムを瞬く間に貫く。
灰燼となり、世界から掻き消えたスライム。辺りをぐるりと見渡せば、既に魔物は全て灰燼と化しており、世界から消えていた。
静寂の商店街が、再びその配信画面に流れ始める。
[……魔法ってすごいな]
[いや、でもホズミちゃんの戦闘センスもなかなかだぞ]
[お互いに高め合ってるって感じ、かな]
[確かに。この二人の絆が見えた気がするよ]
『……敵、全滅を確認。先に進めるぞ』
noiseは瞬く間に敵を殲滅させた二人に困惑の声色を漏らしながら、そう報告した。
★★☆☆
レンガ様のタイルが敷き詰められた橋の上。ディルは楽しそうにスマートフォンでセイレイ達が描くLive配信を閲覧していた。
その目は、まるで子供のようにきらきらと輝いている。
「ね、センセー。すごいね二人ともっ、成長してるっ」
ディルは楽しげな表情を浮かべ、千戸へと語り掛ける。だが、千戸はディルが持つスマートフォンにちらりと視線を送った後、誇らしげに笑った。
「ふっ、本当に成長したな……二人とも」
「間違いなく、センセーの教育の賜物だよー。でもさ、本当にいいの?プロローグに繋がるから、僕は良いんだけどさ」
ディルの問いかけに、千戸は強く頷いた。
「いずれ死ぬといったのはお前だろう?そして、死のことを『二度と戻らないもの』だと言ったのもお前だ」
「それはそうだけどさ。僕としてはセンセーが綺麗な命の散り様を見せつけるだけで良かったんだけどなあ」
「まだ役割を持つ以上、死ぬ訳にはいかないからな」
呆れた様子でディルはため息を吐いた。それから、じっと千戸を見据える。
「……やっぱりさ。センセー。君は、僕よりも知ってるよね?今を見据えているようで、見ていない。まるでもっと先を分かっているみたい」
「さあ、どうだろうな」
「あははっ、何があっても答える気はない、か。それもまた一つだね」
ディルはうんと大きく背伸びをして、それから千戸へと手を差し出した。
千戸は、じっとディルの手を見つめた後、彼の手を握り返す。
その骨張った手を見つめたディルは、にやりと笑った。
「——ようこそ、Dead配信へ。センセーを、新規配信メンバーとして歓迎するよ。じゃあ、始めようか、僕達の配信を」
「ああ、始めよう」
突然、千戸の背後のタイルがせり上がる。大きくレンガを弾けさせて伸びあがる巨木。木の根は大地を這い巡り、瞬く間に千戸を中心としてそれは橋を覆いつくす。
その巨木は、桜の木だった。
満開に咲き誇る桜の花弁が、ひらひらと舞い散る。それは千戸を、木の根に覆われた橋を彩る。
ディルはその姿に満足そうに頷いた後、千戸に背を向けるように踵を返す。
「——センセー、卒業おめでとう。僕達はDead配信、勇者セイレイのLive配信に対を成す存在。生を描くセイレイ君に対し、僕は死を描く。そして——」
「——俺が、いや。我が。勇者と対を成す、魔王……でいいのだな」
千戸——改め、魔王セージはそうディルに確認を取る。
ディルはくすりと笑って、その商店街から姿を消した。
To Be Continued……
【登場人物一覧】
・瀬川 怜輝
配信名:セイレイ
役職:勇者
本作主人公。純真無垢な性格であり、他人の為に全力を尽くす。
センセーの方針によりデッサン技術を磨いており、その経験から優れた観察眼を持つ。
・前園 穂澄
配信名:ホズミ
役職:魔法使い
本作ヒロイン。大人しめで引っ込み思案気味な性格。
配信ナビゲーターがメインの役割であるが、新たに魔法使いとしての素質を開花させた。
・一ノ瀬 有紀
配信名:noise
役職:盗賊
セイレイから「姉ちゃん」と呼ばれる、ひたむきに真っ直ぐな女性。
勉強熱心であり、日々魔物やダンジョンに関した研究を独自で行っていた。洗練された回避技術を持ち、戦闘ではその能力を惜しみなく発揮する。
・森本 頼人
配信名:ライト
道の駅集落を管理している初老の男性。
元医者であり、その持ち余る知識から彼等を助ける。
・ディル
配信名:ディル
Dead配信を謳う、素性不明の少年。その行動の一つ一つには、彼なりの信念が宿っているらしい。
・魔王セージ
かつて瀬川 怜輝と前園 穂澄の育ての親だったもの。