【第三十五話(3)】 変化するそれぞれの役割(後編)
『残り三体、そのうち一体は橙色をしている。恐らくいつもの特殊個体だろう、気を付けろ』
「任せろっ!!」
noiseが叫ぶ声がドローンのスピーカーから響く。
ホズミは歪む視界の中、セイレイは颯爽と駆け回り、次から次に襲い掛かるスライムの攻撃を受け止め、躱す姿を捉える。避けきれずダメージを負う場面も見られたが、セイレイが放つスキル、”自動回復”によりその負ったダメージもたちまち回復した。
「ぜああああっ!!」
遂にセイレイは、橙色のスライムを残した全てのスライムを全滅させることに成功。それまでじっと様子を伺うようにして、動く気配の無かった橙色のスライムがゆっくりと動き始める。
ホズミはセイレイが戦っている間に、”ふくろ”から魔石で実体化させたスナック菓子を口へと運ぶ。徐々に痛みは治まり、体力ゲージが回復するのをドローンのホログラムで確認した。
痛みが消失し、再び行動可能となったホズミはセイレイの元へと歩み寄る。
「……ありがとう」
「そういう話は後。もう分かってると思うけど、油断するなよ」
「うん」
まさか、セイレイの口からそんな言葉が出る日が来るとは思っていなかった。
ホズミは胸中に場違いな感想を抱きながら、両手でしっかりと棍を握り直す。
眼前の橙色のスライムは、突如として物陰に隠れたかと思うとカチャカチャと何か物音を立てた。
すると、noiseが操作するドローンのスピーカーから声が響く。
『勇者、魔法使い!この音は宝箱を開けている音だ、強力な攻撃に警戒しろ』
「分かった!」
セイレイが返事をすると共に、橙色のスライムは頭上に一振りの杖を持ち出す。ちょうど、ホズミが持つ棍ほどの大きさの両手杖だった。
「なっ……?」
ホズミは、眼前のスライムに対し困惑の声を上げる。
両手杖を頭上に抱えたスライムの姿が、突如として変形を始めたからだ。
「ピキィ……ピィ……」
やがて、そのスライムの姿が高く伸びていく。その姿は、セイレイ程の大きさの、人型へと姿を変える。
[人の姿に変形した?]
[いや、でも的が大きくなった]
[その解釈もあるけど。杖を持っていることと関係あるんじゃ]
コメント欄が困惑の声で埋め尽くされる。だが、その様子など知りもしないセイレイは深く身をかがめた。
「人型になったってことは、的も大きくなったってことだろ!」
今にも宣告し、躍り出ようとしているセイレイの前にホズミはすかさず立ちはだかる。
「駄目っ!!」
間髪入れず、セイレイに先立ちホズミは宣告した。
「スパチャブースト”青”!!」
[ホズミ:煙幕]
システムメッセージが表示されると共に、ホズミを中心として灰色の煙が覆いつくす。
その間にホズミはセイレイをかばうように押し倒した。
「なっ!?」
体勢を崩した二人は、勢いのままに地面に倒れ伏す。
ホズミは気づいていた。
スライムの持つ杖の先が、セイレイに向いていることを。
スライムが小さく、「ピィ……」と鳴いていることを。
そして、彼女の予感は的中する。
「……っ!!」
ホズミは頭上に襲い掛かる熱風に思わず目を細めた。橙色に照らされた炎が、ホズミが生み出した煙を穿つ。
先ほどまで二人が立っていたところを、鋭い矢のような炎の弾が突き抜ける。
「な……なにがっ……?」
セイレイはその自身を貫こうとしていた炎弾に驚愕の表情を浮かべた。
真っすぐに通り抜けた炎は、やがて商店街のシャッターに着弾。
激しい爆風と、土煙が巻き起こる。轟音が、商店街を包み込み、ドローンを介した配信画面は大きく揺れた。
『二人とも大丈夫か!?』
ドローンのスピーカーからnoiseの声が響く。
「……ああ、大丈夫。ホズミが助けてくれたから」
激しい轟音に耳鳴りを残したセイレイとホズミ。緑色の光を纏った二人は、ゆっくりと残る煙幕の中立ち上がった。
未だ敵に認知されない状況の中、セイレイは、ホズミに向けて柔らかな笑みを浮かべる。
「……ありがとう」
「そういう話は後じゃなかったの?」
ホズミは苦笑いしながら、そう皮肉を言う。
内心は、セイレイの役に立てたことが嬉しかった。それと同時に、ホズミは自身の役割を自覚する。
——私の役割は、皆が安心できる居場所を作ることだ。
皆が、安心して配信できるように。私が、私の役割を遂行できるように。
ふと、森本が配信前に言っていた言葉を思い出す。
『緑色は、安心感や健康、調和などを連想させるそうです』
——安心感。
「ああ、そっか」
その言葉に、ホズミは納得がいった。それから、徐々に煙幕の晴れ渡る中ホズミは静かに宣告を開始する。
「誓うよ。私は……」
『……ホズミ?』
noiseの困惑する声が響く。だが、既に始まった宣告に伴い、徐々にホズミの全身を淡い緑色の光が覆い始めた。
「確かに、私は皆ほどの力は持ってない。noiseさんのように洗練された戦い方も、セイレイ君のように真っすぐな戦い方もできない。私が出来るのは、皆が安心して戦えるような場所づくりなんだ。皆が安心して前を向けるように。だから、誓うんだ」
[information
ホズミ:スパチャブースト”緑”を獲得しました。
緑:障壁展開]
「ピィ……ピィ……」
ホズミが続ける宣告の間にも、スライムの魔法詠唱は止まることを知らない。
だが、それでもホズミはセイレイを庇うように立ち、前を向き続けた。
「私は、皆が安心できるように、戦うんだ!!スパチャブースト”緑”!!」
「ピィーーーー!!!!」
ホズミが棍を持ったまま両手を正面に突き出して宣告するのと、スライムの両手杖から炎弾が再び放たれるのは同時だった。
[ホズミ:障壁展開]
そのシステムメッセージが、コメント欄に流れた。
同時に、ホズミの眼前に巨大な淡い緑色の障壁が展開され、爆炎を真っすぐに受け止める。
「——っ、私は……皆を守るんだ!!」
大気を震わせる轟音と、激しい熱風が障壁を突き抜けてホズミとセイレイに襲い掛かる。だが、それでもホズミは目を背けることなく真っすぐに前を向き続けた。
土煙が舞い上げながら、徐々に威力を殺された炎弾は大気へと溶けて消える。
それと同時に、ホズミが顕現させた障壁も虚空へと溶けて消えた。
「セイレイ君っ!!!!」
「スパチャブースト”青”!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
ホズミが呼びかけた意図を悟ったセイレイは、すかさず宣告した。システムメッセージが表示されるのとほぼ同タイミングでセイレイは大地を蹴り上げ、橙色のスライムへと飛び掛かる。
「ピィッ!?」
スライムの驚愕の声が上がる。顔こそ存在しないため分からないが、恐らく目を丸くして驚いていることだろう。
「俺と、ホズミ——二人の力があれば怖いものなしなんだよっ!!」
そうして、低く構えたファルシオンを、スライム目掛けて振り抜いた。
[残り:0]
★★☆☆
「セイレイ君。セイレイ君の、自動回復スキルでさっき気づいたことがあるんだけどね」
「……ん?どうした」
敵を全滅させ、ファルシオンを再び大気の中へと溶け込ませたセイレイはホズミへと振り返る。
ホズミは自身の手のひらをじっと見つめながら、話を続ける。
「どうやら、セイレイ君が触れた相手には同じように自動回復スキルの影響が及ぶみたい。さっきの炎の弾を回避する時、私セイレイ君に、と、飛びついた、でしょ?」
そこまで話した途端、突如として恥ずかしい想いがこみ上げたのだろう。ホズミは顔を赤くしてそう問いかける。
だが、いつもの如く”にぶちん”なセイレイは訳も分からず首を傾げた。
「う、うん?うん」
「その時に私にも緑色の光が被さったの。どうやら、触れた相手にも自動回復の効果が付与されるみたいだね」
「そうなんだ、ちょっとお得だな」
セイレイの感想にホズミはがくりと体勢を崩す。
「……そういう問題?私は支援スキルしか持たないからあまり恩恵はないかもだけど。覚えておいて損はないかも」
「うん、分かった。それと、さっきのスライムの杖を拾ったんだけどさ」
そう言ってセイレイがホズミに差しだしたのは、先ほどまで橙色のスライムが扱っていた両手杖だった。
洗練された、真っ直ぐに伸びた杖の先には紅く煌めく龍の目のような宝玉が添えられている。
「これさ、ホズミなら使えるんじゃないかな?どう扱えるか分からないけど、もしかしたらさっきのスライムみたいな芸当が出来るかも」
「……」
ホズミは、しばらくじっとその両手杖を見つめる。その意図が読めず、セイレイは首を傾げた。
「……どうした?ホズミ」
しばらくそのセイレイが差し出す杖を見つめたのち、ホズミは受け取った両手杖を慎重に受け取る。
そして、両手杖を二度と離すまいと言わんばかりにぎゅっと抱きかかえた。
「ふふ、セイレイ君からそう言われちゃ、使わない訳にはいかないよね。ありがと、大事に使うよ」
「……ん?あ、ああ」
セイレイは突然機嫌のよくなったホズミの胸中を理解できず、再び商店街の先へと歩みを進め始める。
そんな二人を他所に、ドローンのスピーカーからキーボードを叩く音が響く。
[なんかさ、この二人が微笑ましいよ。こういう男女の距離感っていいよね]
[↑もしかしてnoiseさんが打ってるのか]
[そうだよ?だってあんまり二人の邪魔したくないし]
[多分セイレイ君気づいてなさそうだけどねw]
[まあ今後の展開に期待]
[あー、いいなあ。私もああいう恋愛したかったんだよなー]
[↑noiseさんも好きな人いたの?]
[居たよ?まあもういないんだけどね、その話また今度していい??]
[あっこれは長そう]
[また今度雑談配信開いてよ。noiseさんの学生時代の話気になるし]
[↑いいよー。学生かあ、懐かしいなあ。ちゃんと卒業したかったなー]
新たな力を得たホズミ。彼女もまた、着々と配信者としての素質を開花させつつあった。
皮肉にも、ディルの描いた「プロローグ」の筋書き通りの世界が、生まれようとしていた。
To Be Continued……