【第三十五話(2)】 変化するそれぞれの役割(中編)
『この商店街は、昔……そうだな。おおよそ大正、明治時代から存在するそうだ。人々の生活の中心としての役割を担っていたんだが、戦後の復興と共に都市開発が一気に進み、徐々にその本来の目的を失った。魔災以前には既にシャッター街となっていたが、時々人が少ないという部分に勝機を見出して、テナントを借りて商売をする店舗もあったらしい』
noiseは、セイレイとホズミが商店街の中を進む中、視聴者に向けてかつての姿がどのようなものであったか説明を行っていた。
[noiseさんやっぱ知識面に強いな]
[頼んだよ 1000円]
[しかし、こう道のりが真っすぐだと敵が良く見えるから探索自体は順調に進みそうだけど……]
[それは、魔物もきっと同じだよ。開けた道だからこそ、作戦が通用しづらい]
[ホズミちゃん、本当に大丈夫なの?戦える? 1000円]
コメント欄には、noiseが配信に参加しないことに懸念の言葉が流れる。
一瞬の沈黙が包む。しかし、noiseは自信をもってはっきりと答えた。
『私が直々に指導した。あとは本人が実戦への適応が出来るかどうか、次第だが……』
数多もの戦いの経験を持つnoiseが直々に指導する。その言葉には、かつてnoiseに指導を受けたセイレイが、ダンジョン配信者としての才覚を発揮しているという前例もあることから説得力があった。
[なら、大丈夫だと思うけど……]
[スキルも大幅に変わっているから、戦い方も大きく変わるよね]
[そう言えば、ライトさんの時は忘れてたけどさ。ホズミちゃんって勇者パーティの役職で言ったら何に当てはまるの?]
『ホズミの役職、か……』
ドローンのスピーカーから漏れたnoiseの言葉を拾い上げたホズミは、ちらりとドローンへと関心を寄せる。
「……noiseさんは、私のことをどういう立場で見ているの?配信ナビゲーターとして支援してる私のことを」
しばしの沈黙の後、noiseはゆっくりと確かめるように、言葉を紡ぐ。
『私は、ドローンを難なく駆使するホズミはすごいと思う。何もそうした技術を持たない人間からすれば、ある種魔法のようなものだ……そうだな、ホズミは魔法使い、か』
「魔法使い……」
ホズミはその呼称を確かめるように、噛みしめるように呟いた。それから、静かに頷く。
「うん、実際に魔法が使えるわけじゃないけど。道理にかなってるし、それで行くよ。魔法使いホズミ、ね」
『そうだ。頼んだ、魔法使いホズミ』
何度も呼ばれるその呼び名がくすぐったく感じたのか、ホズミは肩をすくめて身をよじらせる。
「……何度も呼ばれると気恥ずかしいな。でもさ、このシステムにも、魔法ってあるのかな……」
しばしの沈黙の後、noiseからの思案するような声音で返答が響く。
『……スパチャブーストが存在する世界だ。もう何があっても驚かない』
これまでの経緯を思い返すと、確かにイレギュラーに続くイレギュラーが続いていた。
ホズミはこくりと頷き、それから先導するように進むセイレイへと小走りで駆け寄り、肩を並べる。
「それもそうだよね。……しかし、商店街の最深部って一体どこだろう?」
彼女の疑問に答えたのは、セイレイだった。彼は二人の会話を黙って聞いていたが、静かに語り出す。
「……ずっと、進んだ先に道が開けたところがある。そこにはレンガが重なる大きな橋が架かっているところがあるんだ。多分、センセーがいるとしたら、そこじゃないかな」
「来たことあるの?」
ホズミの問いかけに、セイレイは神妙な面持ちで頷く。
「ああ。少しずつ思い出してきたよ、俺は魔災前、センセーとここで会ったことがある。総合病院ダンジョンと同じだ、きっと、ここにある追憶のホログラムにも何かがある……」
『私と、同じ……か』
セイレイは、自身が発した言葉を契機にいつかの夢で見た内容を思い出す。
——お前は、存在しない人間だ。世界を救う希望の種である勇者セイレイ。お前は、誰からも認められる人間であるが故に、どこにも存在しない人間なんだ。
ただの夢というには、あまりにもセイレイの心の奥深くに刻み込まれたその言葉。未だにその真意は掴めないままだが、今は進むしかない。
すると、ゆっくりと地面を擦るような音が正面の看板の影から響くのが聞こえた。
「……っ」
ホズミはその物音に表情を強張らせ、棍を両手で携え、低く構える。
既に額には汗がにじみ、呼吸は荒くなっていた。
『ホズミ。冷静になれ、動揺は視野を狭くする』
「——分かってるよ……」
noiseの指摘に対し、ホズミは苛立ったような返事をした。恐らく、彼女自身も冷静になるべきだというのは分かっているのだろう。
分かっているが、この全身を肌という肌を駆け巡る恐怖は留まることを知らない。
もし、傷を負ったら?もし、目の前の攻撃に対処できなかったら?
怖い、怖い、怖い。
思わず恐怖に足がすくみ、徐々に自分の体は空を浮いているんじゃないか、地面に立っていないのではないか。そんな訳の分からない感覚がホズミを襲い掛かる。
だが、隣で肩を並べる幼馴染はなんて事ないと言わんばかりの笑顔を浮かべ、そんなホズミの肩を叩いた。
「大丈夫だ。俺もいる。一緒に戦おう」
「……あ」
「俺が敵の注意を引く。姉ちゃんの動きを散々見て来たんだ、完璧でなくてもちょっとくらいなら真似出来るはずさ」
「……うん」
大丈夫。
たった一言で、ホズミの中に渦巻いていた思考がクリアになっていく。
ホズミは大きく深呼吸し、それからじっとガタガタと大きく揺れる看板の先を見据える。
そこから現れたのは。
「……ピィ、ピィ……」
「……スライム?」
何体も重なるように動く、30cmほどの大きさしかないスライムの群れだった。
水色の、半透明のゼリー状の細胞で覆われたそれは、地面を擦るように動く。ただし、その中の一体だけは橙色をしていた。
ゲーム内では序盤の敵として扱われるその小柄な魔物に、セイレイ達の警戒心は思わず緩む。
だが、noiseの怒号にも似た叫びがドローンのスピーカーを介して響く。
『っ、油断するな!!そいつは、スライムは強敵だ!合計8体、決して油断するな。早期撃破を狙え!!』
「わ、分かった!!」
noiseの発言に改めて気を引き締めるセイレイとホズミ。その言葉を契機に、スライムの内の一体がセイレイへと襲い掛かる。
「ピィーーーー!!」
甲高い鳴き声と共に、セイレイへと飛び掛かり体当たりを図る。セイレイは応戦するようにファルシオンを振り払った。
しかし、スライムは器用にも空中で身体をくねらせてそれを回避。
「……ぐっ!?」
「セイレイ君!?」
攻撃を受け止めることもできず、体当たりの直撃を喰らったセイレイ。よろよろと体勢を崩しながらも、気丈にスライムを睨む。
『勇者残り体力9割。継続した戦闘を行う為に、緑スキルの使用を勧める』
noiseの指示に従い、セイレイはすぐさま宣告する。
「……っ、スパチャブースト”緑”っ!!」
[セイレイ:自動回復]
そのシステムメッセージが流れると共に、セイレイの全身を淡い緑色の光が覆う。
「やぁっ!!」
身を引こうとしたスライムに向けて、ホズミは構えた棍を鋭く振り下ろす。だが、スライムはくるりと踊るように身体を捻り、それも回避。
「——ちょこまかと、逃げるなぁっ!」
「馬鹿っ、前に出すぎるな!」
攻撃が思うように当たらず、ホズミは更に前進しながら追い打ちを狙う。セイレイが引き留める声もホズミの耳には届かない。
「やああっ!!」
前傾姿勢から更に棍を突きだす。
「ピィッ!?」
その一撃はようやくスライムの身体を捉え、一撃を当てることに成功。
吹き飛ぶスライムの姿に、ホズミの表情が思わず歓喜に緩む。
しかし。
「ピィッッ!!」
「……っあ、……は……!?」
別のスライムがホズミ目掛けて鋭い体当たりを仕掛ける。彼女の脇腹に直撃したスライムの体当たりは、ホズミを大きく吹き飛ばした。
「穂澄ッ!!!!」
『魔法使い、残り体力6割!引け!!』
ドローンのスピーカーからnoiseの怒号が響く。
地面を這いずり、ホズミは背中を丸めつつもゆっくりと身体を起こす。垂れた自身の黒髪が片目を覆い、視界を奪う。
「っ……ぐ……うぅ……」
いつの間にか、配信を続けているうちに。セイレイやnoiseが次々に強敵を倒している内に、自分も強くなったような感覚を覚えていた。
自分もセイレイ達の力になれるんだ、と肥大化した思いだけが彼女を取り巻いていていた。
だが、たったスライムの体当たり一撃を喰らっただけでこのありさまだ。
「っ……ぅ……」
脇腹に熱せられた鉄を押し付けられているような、鋭く鈍い痛みがホズミを襲う。
呼吸の仕方を忘れてしまいそうなほど、全身を恐怖が襲う。
「ピィーーーー!!」
そんなホズミに向けて、スライムは再び体当たりを仕掛ける。
思わず、ホズミは、眼前に迫った恐怖から言葉通り目を背けた。
『サポートスキル”殴打”!!』
その時、noiseの声がドローンのスピーカーを介して響くと共に、ドローンからマジックハンドのような腕が伸びる。それは、一直線にスライムへと直撃し、大きく弾き飛ばした。
「ピィッッ!!」
『セイレイ!今だ!!』
noiseの掛け声とともに、セイレイはホズミをかばうように躍り出る。
ひらりと動くセイレイの金髪が陽光に煌めく。痛みも忘れ、ホズミは緑色に煌めくその彼の姿に目を奪われる。
「スパチャブースト”青”っ!!」
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
すかさず宣告したセイレイの脚を、今度は淡く青い光が纏う。それと同時に、セイレイは跳ねるようなステップと共に駆け出した。
「ぜあああああああっっ!!」
臆することなくスライムの群れへと突撃し、セイレイは次から次に襲い掛かるスライムを切り払う。
ホズミは、その幼馴染の姿をまぶしいと思うと共に、どこか彼の姿を遠く感じた。
いつの間にか、彼とこんなにも大きく差が開いていたなんて。
次から次にスライムを切り払い、灰燼へと変えていく彼の姿が陽光に照らされる。
「……っ……」
今、彼女を襲うのは脇腹の痛みだけではない。
心の痛み。
自分自身の役割は、配信者にはないのだろうか?そう不安が過る。
[セイレイ、ホズミちゃんを守るんだ!]
[頑張って!! 1000円]
[あと3体!!]
[負けないで、勝って]
[居場所を守るんだ]
コメント欄の応援を受けながら戦う勇者の姿。散々コメント欄を介して知っていたはずなのに。
どこか、幼馴染の姿が遠く感じた。
To Be Continued……