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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
③商店街ダンジョン編
73/322

【第三十五話(1)】 変化するそれぞれの役割(前編)

[撮影禁止区間 →ここまで]

横断歩道を跨いだ先に、そう記された標識が商店街に配置されていた。上を見上げれば、錆色に風化した、看板の外れたアーチが瀬川達を見下ろす。

招き入れられるように、試しに一ノ瀬がその奥地に足を踏み入れた。

「……っ、確かに、千戸先生の言う通り。この奥はダンジョンみたいだ」

全身に感じた肌寒さが一ノ瀬を襲う。警戒心の高い彼女の意見に、瀬川と前園の表情が強張った。

「この先に、センセーが待っている……」

「そう、だね……でも、もう迷う訳にはいかないよ。進もう」

前園は長い黒髪を、迷彩柄の帽子の調整ベルトの隙間に入れるようにして纏めた。ポニーテールのようになった髪型は、前園の動きに沿って大きく左右に揺れる。

それから、一ノ瀬から受け取った”ふくろ”を自身の腰へと巻き付けた。

瀬川も前園の準備に見習うようにして、ファルシオンを右手に顕現させる。

そうして、覚悟を決めた勇者一行に後ろから近づく人影が一つ。


「や、久しぶりー。元気にしてた?僕は元気っ、あははっ」

黒色の上下のスウェット、首元に巻き付けたぼろきれのようなスカーフ。つかみどころのない雰囲気を漂わせるディルがそこにいた。

勇者一行は、冷めた目付きをして振り返る。

「……ディルか」

「なぁんだ、リアクションうっすいなー、つまんないの」

あまり驚いた様子もない瀬川が面白くないのか、ディルは口をとがらせて不満をぼやく。

未だに行動原理の読めないディルに対し、一ノ瀬は怒りを抑え、静かに語りかける。

「……お前が、千戸先生を(そそのか)したのか?」

その質問にディルは慌てた様子で首を横に振った。

「や、や、違う違うよ!?本当は今回、センセーにも配信者になって欲しかったんだ。ほら、前に言ったでしょ、センセーにも配信に参加してほしいって!」

「……確かに、お前はそう言っていたな」

「だから、こんな形で配信する形になるのは僕にとっても想定外だよ。そりゃあ、僕だって君達の仲がこじれるのは避けた方が得策だと思ってるよ?だって僕の目的は――」

「セイレイ君が成長する為、ですよね。ディルは支離滅裂な言動を繰り返していますが、ある程度の線引きはしている……そう思います」

前園の言葉に、ディルは中途半端な引きつった笑みを浮かべた。

「それ、誉め言葉として受け取っていいのかな……まあ、話を続けるけど。センセーのアイデアは、話を聞けば聞くほどセイレイ君の為になると思ったから僕も採用しただけ。死は新たな(せい)()み出すからね」

「お前は、相も変わらず意味の分からないことを言うんだな?何だよ死は(せい)()み出すって」

不快さを隠そうともせず、瀬川は怪訝な表情を浮かべる。

しかし瀬川の質問は、どうやらディルにとって待ち望んでいたものらしい。にやりと卑しい笑みを浮かべたと思うと、大きく両手を広げ、背筋を反らして叫ぶ。

「そう!!よくぞ聞いてくれたセイレイ君!!生が近づくほど、死もまた近づく!!反対に死が近づくほど、生も近づくんだ!!行き過ぎた生は行き過ぎた死を!!行き過ぎた死は行き過ぎた生を!!何事もメリット、デメリットで成り立つんだよ!!魔災だってそう、八割の人が死んだ、それは確かに一側面だけ見れば大きなデメリットだよ!!だが、メリットもあるんだ!!零から生きること!!それは人類の再構築の始まりと言えるんだ、間違ってない、間違ってないんだ世界は!!」

「おい、魔災にメリットだって?聞き捨てならない言葉だ」

親友を、大切な人を、家族を喪った原因である魔災にメリットがあるものか。

一ノ瀬はディルの詭弁染みた言葉に、苛立った様子を見せる。だが、ディルは楽しげな表情を崩そうともしない。

「センセーには言った言葉だけどね?皆、失うことを恐れすぎているんだ、失って初めて得られるものもある。君達の信頼関係だってそうだろ?センセーへの信頼を失った代わりに、君達は強固な絆を得た!」

「……それは、結果論です」

完全に否定することが出来ない。だが、否定しなければならない。

その葛藤の狭間に挟まれながら、前園はなんとかその言葉だけを絞り出す。

ディルには当然前園の胸中はお見通しだっただろう。だからこそ、彼は前園の言葉には直接答えない。代わりにくるくると舞踊でも踊るかのようにその場で回り始めた。

「あははっ、何事もトレードオフだよ。何事も失うことと得ること。それはイコールなんだよ。実際にさ、文明の発展によって得た世界は何さ?死を遠ざけ、変化を恐れ、ただ安寧のままに生きる人々?それが正しい姿なわけないでしょ?死を遠ざけ続けた結果……だから魔災が起きたんだ。大きな生が、大きな死を生み出しただけのことなのに」

「——!?貴方は、魔災の何を知っているのです!?」

森本は目を見開き、ディルに食って掛かる。突然打って変わった森本の態度にディルは驚き、大きくしり込んだ。

「やばっ、言い過ぎたかな……その辺りはセンセーから聞いてよ、ダンジョンの最深部で待ってるってさ」

「……センセーは、魔災が起きた経緯を知っている……と?」

わなわなと肩を恐怖と怒りと困惑に震わせながら、それらを押し殺すように前園は静かに問いかける。

だが、ディルはそれ以上まともに取り合おうとしなかった。

「それは僕が答える内容じゃない。大事なのは考えることだよ、思考が人を成長させるんだよ?自分で探しに行かなきゃ」

「……」

「ほら、答えを得る手段は明確なんだからさ、行っておいで」

ディルはそこで言葉を切り、再び来た道を戻るように踵を返した。

勇者一行が様々な思いを巡らせる中、ディルは彼らから遠ざかるように歩みを進めながら手をひらひらとさせる。

「ま、頑張ってー。せっかくの卒業式なんだ、視聴者に晴れ舞台を見せなきゃ、ね?」


やがて、ディルの姿は影に溶けるようにして完全に見えなくなった。

様々な謎だけを残して。


「……生が近づくほど、死も近づく……か」

瀬川は、セイレイは。静かにアーチをくぐる。

その瞬間、彼の全身を冷たい威圧感が襲い掛かり、それは風となってセイレイの衣服を、流れる金髪をはためかせた。

セイレイは右手に携えたファルシオンを大きく振り回し、それから、だらりと自然体に垂らす。

前園は、ホズミは。一ノ瀬から受け取った棍をしっかりと両手に握った。

「私達は、死の先にある答えを知らないと。それが、更なる生に繋がるのなら」

「……ああ。センセーが一体、世界の何を知っているのか……」

そうセイレイが呟いた瞬間。

彼の脳裏に再びジャミングが走る。


——また、この感覚か。

悪態をつきながらも、セイレイはその脳裏に移し出される映像に意識を向けた。


----

追憶の中に映し出されるのは、シャッターが並ぶ商店街の一角。幼く、背丈の低い俺は二人の男性を見上げている。

一人の無精ひげを生やしきった男性。そして眼鏡をかけた、生真面目そうな男性。


一人は、以前の記憶の中で映し出された男性と似ている。しかし、もう一人は——。

『……千戸。俺は、本当に申し訳ないと思っている』

無精ひげを生やした男性は、深々と頭を下げる。

千戸と呼ばれた生真面目そうな男性はやれやれと言わんばかりに首を横に振った。

『今更謝ってもどうにもならないだろ。一度狂い始めた歯車は、二度と元には戻らない。ならば、進むのみだ』

『辛い思いをさせる……な』

『……お互い様だ』

『頼んだぞ、彼のことを』

そこで、二人は俺のことを見ていることに気づいた。二人は腰をかがめて俺へと語り掛ける。

『ああ。セイレイ、だったな。彼のことをそう呼べばいいのだな』

『そうだ。セイレイは、希望の種なんだ。絶対に、希望を絶やさず、育てるんだ……それが、やがて世界という大きな、とても大きな花を咲かせる』

『……わかった。手段は選ぶまい』

----


「……希望の……種……」

「どうしたの?セイレイ君」

ホズミが心配そうにセイレイの顔をのぞき込む。だがセイレイは笑って首を横に振った。

「いや、ちょっと思い出したことがあっただけ。俺がセンセーに預けられた時の話だよ」

「そう言えば、セイレイ君は私と出会う前からずっとセンセーと行動していたんだったね」

セイレイはこくりと頷く。

「うん。センセーはずっと俺達のことを考えてくれてた。そこに嘘はないと思う……だけど、今のセンセーの行動は理解できない」

「そう、だね。進もう、答えを探すんだ」

セイレイとホズミは、静かに商店街の奥へと足を運ぶ。

シャッターに挟まれた通路。ひび割れた天井から、微かに日差しが差し込むその道は、かえって物寂しさを演出させる。

その二人の後ろに、noiseが操作するドローンが付いた。

ホズミから受け取ったインカムを装着した彼女の声が響く。凛とした、透き通るような声がスピーカーを介して伝わる。

『……勇者配信。開始する。くれぐれも気を抜くなよ』

「うん。分かってるよ姉ちゃん」


[information

サポートスキル”支援射撃”は使用できません]

[information

サポートスキル”熱源探知”は使用できません]

[information

サポートスキル”殴打”が使用可能です]

[information

ホズミ:スパチャブースト”青”を獲得しました。

青:煙幕]

ホズミは、その次から次に表示された、システムメッセージに目を通す。

「……ドローンスキルは、誰が操作するかによってスキルが変わるんだね」

「そう、みたいだな。今回は見通しの良い道が続いているのが幸いか……」

全てのメッセージに目を通したセイレイは、再び商店街の続く道のりに視線を送った。薄暗い道の続く先は、真っ暗闇となっておりどこか不安な気持ちになる。

だが、進まないという選択肢はない。

ホズミは”ふくろ”から四色のカードを取り出した。赤、黄、緑、黒の四色のカードだ。

——家電量販店ダンジョン内を移動する際に用いていた、アクションカードである。

「熱源探知が使えない分、これが役立つかもしれない。念のため持っておいて」

「……分かった」

セイレイはアクションカードを羽織ったパーカーのポケットにしまい込んだ。それから、二人は辺りを警戒しながら歩みを進めていく。


----


森本は、徐々に商店街の奥へと姿を消していく二人を見やる。それから、ドローン操作に集中するnoiseの肩を叩いた。

「……?」

noiseは、インカムを外し森本へと首を傾げながら視線を送る。

「すみません。やはり私も彼等の後をつけてもいいですか……千戸さんに、私からも確認したいことがあります」

「……いや、それは……」

その言葉に、noiseは逡巡した。

本当に、森本を行かせても良いものか。セイレイと、ホズミと、センセー。かつて魔災を共に生き抜いた彼らのあいだに森本を割り込ませるように仕向けるべきか?

だが、ホズミはダンジョン配信が初めてだ、万が一にでも戦える人材がいつでもフォローできるように居た方が——。

noiseは(もや)がかった思考を振り払うように、大きく頷いた。

「……分かりました。ただ、限界まで二人の邪魔はしないであげてください。出来ることなら、二人が答えを見つけるまでの妨げになるような要因は避けたいんです」

「承知しています」

そうして、森本は室外機に姿を隠すようにしながら、セイレイとホズミの後をつけ始めた。

配信メンバーとして参加していない森本は、今は戦う能力を持たない。その為、戦闘を避けることは必須だ。

その姿を見送ったnoiseは、再びインカムを装着して配信に専念する。


----


この選択肢が、本当に正しかったのかは分からない。

お互いに納得した上での選択だったとしても、もう私には後悔しか残らない。

春風の吹く、桜吹雪の舞い上がるダンジョン。

セイレイと、ホズミにとって、これから忘れることのできない卒業式が待っているなんて思いもしなかったんだ。


最悪の歯車は、最も最悪な方向で噛み合い始めた。


To Be Continued……

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