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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
③商店街ダンジョン編
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【第三十四話】 他人を守る手

「魔石を用いて実体化した食べ物は、魔素が影響しているからでしょうか。創傷治癒の効果を持ち合わせているようです」

商店街へと再び訪れた際、森本は開口一番にそう告げた。

その言葉に瀬川は首を傾げる。

「えっと、つまりお菓子とかが回復アイテムになる、ってこと?」

瀬川が簡潔に、森本の話を要約する。そのフィードバックに森本は頷いた。

「はい。ますますゲームじみた様相になってきましたが……魔素吸入薬は回復力に優れる代わりに、魔物化というリスクを含有していることから非常用でしか用いることが出来ませんでした。しかし、魔石を使い実体化した食料は回復力に欠ける代わりに、魔素の含有量も少ないみたいですね」

「……なるほど。どちらにせよ、これからの戦いに魔石の重要性が増したという訳ですね……」

一ノ瀬は難しい顔を浮かべ、顎に手を当てる。

魔素吸入薬の原材料として用いていただけの魔石に見出された新たな使い道。それは、より険しい戦いへと参加する資格を得たという事でもあった。

「……これで、また一つ。自分達を助ける能力を得ましたね。人を救う手が、徐々に大きくなっていく。それに伴って、零れる命がある可能性もある……それを忘れないでください」

森本は、いつか瀬川と前園に言った言葉を再び告げる。奇しくも、商店街ダンジョンに立ち向かうのはこの二人だった。

瀬川と前園はお互いに顔を見合わせ、それから頷き合う。

「分かっています。森本さん。セイレイ君や一ノ瀬さんに、全責任を負わせはしない。皆で手を重ねて、広げ合うんです。そしたら、零れる命もなくなるはずですから」

「……やはり、貴方達は紛れもない勇者一行です」

前園の言葉に、森本は満足げに柔らかな笑みを浮かべた。更に商店街の奥へと視線を向け、言葉を続ける。

「お願いします、希望の配信を見せてください。私に、世界に——そして、ダンジョンの最深部で待つという千戸さんに」

「任せて、森本さん。皆で未来を描くんだ……その為にもセンセーが何を考えているのか知らなきゃ。なんで、俺の為にネットを介して、皆にめちゃくちゃなことをするのか……」

思うところは多いのだろう。

人の死に怯える瀬川が、最も信頼を置いていた育ての親。そんな千戸が人の死へと導くように仕向けたこと。

なぜそのような行動をとるのか、彼は理解ができない。

いつしか瀬川は唇を強く噛み、拳を強く握っていた。

「セイレイ君……」

それを悟った前園が心配そうに瀬川の顔をのぞき込む。共に魔災後の人生を過ごしてきた幼馴染の姿に思わず瀬川は冷静さを取り戻す。

「……悪い。少し冷静さを欠いていたな。穂澄にとっては初めての配信だ、俺がフォローしなきゃな」

「申し訳ありません。私がパソコンを使えれば良いのですが……生憎パソコンには疎く……やはり、配信に私も参加した方が良いでしょうか?」

森本はおずおずと言った様子でそう提案する。確かに、主戦力であるnoiseこと一ノ瀬が配信メンバーから外れるのはかなり手痛いのは事実だ。

だが、前園は首を大きく横に振った。

「……いえ、大丈夫です、お気持ちだけ頂いておきます。お互いの役割……というのもありますが……私達二人で、センセーの言葉を聞きたいんです」

前園は、はっきりとそう返事した。

その胸中を察した森本は、複雑な表情を浮かべつつも頭を下げる。

「すみません。出過ぎたことを言いました。ですが、無理だけはなさらないでください。二人は、互いに大切な幼馴染なのですから」

大切な幼馴染である前園の命の責任を、瀬川に背負わせる。

そんな瀬川が抱く不安と葛藤は、計り知れないものだろう。

だが、瀬川に全てを背負わせまいと、前園は一ノ瀬から授かった棍の柄を強く握った。

「大丈夫です。一ノ瀬さんから沢山教わったんです、沢山学んだんです。その想いを無駄にしたくありません。セイレイ君の腰巾着になるのは嫌ですから」

前園は自身の言葉から、ふと一ノ瀬の言葉を思い出す。


----

「正直、一朝一夕で完全に戦えるようになるのは厳しいと思う。一番の問題は、真正面からの敵意と立ち向かうことだね……じゃあさ。私を敵だと思って、頑張って立ち向かってみようか」

「体格的には私と穂澄ちゃんは割と似てるんだよね。小柄で、細身。私は回避技術を持っているからいいけど、穂澄ちゃんはそうじゃない。近づかれたら一発アウトだってあり得る。だから、近づけないようにリーチのある武器が良いと思う」

「穂澄ちゃんが私よりも優れてるのは、柔軟な思考とセイレイに近い純粋さだと思う。大丈夫、いざという時に発揮するのは強い想いだよ、私も経験則からの知識で支援するから安心して?」

----


「強い……想い……」

ぽつりと漏らした前園の言葉を、一ノ瀬は首を傾げながら拾い上げる。

「穂澄ちゃん、何か気になることが?」

「え、ううん。ちょっとさ、スパチャブーストのことで気になることが……」

「穂澄ちゃんのスパチャブーストは配信が始まらないと分からな」

「そうじゃない」

一ノ瀬の言葉を遮って、前園は首を横に振った。

前園はきょとんとした顔をする一ノ瀬に向けて言葉を続ける。

「覚醒のこと。森本さんも、セイレイ君も。スパチャブースト覚醒の時に強い想いを意思表示してた。あれって、特定の想いに反応してるのかな、って……」

「あー……確かに。逆に私は、まだ緑スキル覚醒に至っていない」

前園の考えに、一ノ瀬は自虐的に苦笑を漏らしつつも返す。

「一ノ瀬さんは、前回の配信の時はセイレイ君とぎくしゃくしてたから……」

「……それは、否定できないなあ」

「私の考えになりますが……もしかすると、説明できるかもしれません」

二人の会話に森本が割って入る。その言葉に興味深そうに、一ノ瀬も前園も食いついた。

瀬川は商店街の空いている店舗を確認して回っており、二人の会話はまるで聞いていない。

「瀬川君。ちょっとこっちへ」

「ん?あー、ごめん今行く!」

森本に呼ばれた瀬川は小走りで、三人の元へと合流した。

「どうしたの?森本さん」

「瀬川君にも聞いて欲しい、スパチャブーストの覚醒についてです。以前、ディルさんは配信で『配信者の素質がある者にスパチャブーストを付与する』と言っていましたね」

「でもそれは、無造作に見せしめにする為だけに与えたんじゃ……」

一ノ瀬はディルへの静かな怒りを感じながらそう反論する。だが、森本は首を横に振った。

「目的自体はそうかもしれませんが、素質という部分においては条件設定がされている。私はそう思います」

「条件設定……青は、普通に考えれば『魔物と戦うという想い』ですよね」

前園の言葉に、森本は強く頷いた。

「……恐らくは。非公開アカウントが一同に並んだことも説明できます」

「……」

アカウントの非公開。それは、配信者の死を意味する。

それを理解していた一ノ瀬は、俯き、黙りこくった。

「……じゃあさ、緑は一体何を表すの?ディルと言い、俺と言い。どっちかというと防御に関係したスキルが目立つけど……」

「それですよ。瀬川君」

「……?」

ぽつりと漏らした言葉への森本の反応に、瀬川は首を傾げる。

そんな彼を他所に、森本は言葉を続けた。

「緑色は、安心感や健康、調和などを連想させるそうです。私も、瀬川君……勇者セイレイも、覚醒の宣告(コール)の中では信頼・他人を守りたいという想いが言葉になっていました。その答えがスキルとなったのでしょう」

——セイレイ:自動回復。

ライト:光線銃。

その二つの覚醒によって得られたスキルは、『他人を守りたい、信頼したい』という想いが発現したという形。森本はそう自身の見解を述べた。

彼の見解に重ねるように、前園は自分の意見を述べる。

「……ということは、青は今までの『無力な自分からの解放感』と説明を付けることもできますよね。青は開放感、というイメージを持ち合わせています」

「そうなりますね。実際に、私も無力が嫌で勇者一行の配信に参加しましたから」

「……ディルが使うスキルを考えれば。あと、『黄』と『赤』のスキルが存在するはずです。その二つも、同様の発現する為の宣告(コール)が存在する、と……?」

その疑問には、森本は首を横に振った。

「実際にその覚醒を見ていないので憶測の域を出ないですね。ですが、十分にあり得ることです」

「……覚醒……」

瀬川は、森本の見解を聞いたのちに己の手を見つめた。

「……まだ、この力が大きくなる……守れる命が増える……?」


瀬川の脳裏を、稲妻が迸る。

その稲妻は彼自身を取り巻くように、世界へと手を広げるインターネットのように迸る。

「……?」

脳裏に過ぎった感覚に瀬川は首を傾げた。しかし、その感覚の正体はつかめない。瀬川はどこか胸の奥に(もや)のようなわだかまりを抱きながら、商店街の奥へと足を進める。


To Be Continued……

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