【第三十三話(3)】 居場所と希望(後編)
[初めてじゃない?顔出し]
[美人に囲まれてセイレイが羨ましい]
[ただどうしてこのタイミングなのか]
[そりゃまあ荒れてるからだろ]
[荒らしてねえよ]
[やめろ揉めるな]
言い争いの耐えないコメント欄を見やりながら、前園は大きく深呼吸をした。
重なる一ノ瀬の手を手繰り寄せ、彼女の手を強く握る。
「……大丈夫。私は皆と進みたい、から……」
前園は不安を押し出すようにため息を吐いた。それから、再びドローンのカメラに視線を送る。
「いつも、勇者パーティの配信を観ていただいてありがとうございます。今回こうして配信を開いたのは、少しだけ聞いて欲しい話があったから、です。少しだけ、お付き合いください」
[わかりました]
[改まって言われると怖いな]
[はい]
[何を話すんだろう、顔出ししてまで]
「……私達は、勇者パーティとして日々配信を行っています。それは、希望を持ってほしいから。現実は辛く厳しいから逃げたくなるし、どこで魔物に襲われるのかもわからない。また、今まで住んでいた居場所を奪われるのかも、そんな不安におびえて、そんな自分が嫌で。怖くて、情けなくて、みっともなくて……ずっと、私もそうして生きてきました」
頭の中に抱いた言葉を、ありのまま、繕うこともなく発する。感情が、直接伝わるように。
綺麗ごとなんていらない。必要なのは、対等に接することだ。
前園はそう心に決めて、浮かび上がった言葉をぽつりぽつりと紡いでいく。
「もしかすると、皆さんは経験したことないかもしれませんが……私とセイレイ君は、三年前に逃げ込んだ集落を魔物に襲われ、破壊されました。セイレイ君は、皆を助けに走ったのに。私は、ただ隠れてドローンでその惨状を撮ることしかできなかった。今でも、その判断は正しかったのか分からなくなる時があります」
[何で撮影したの?]
[災害でカメラを向ける人の気持ちが分からん]
[でも大事な記録になるよ]
[それはそうだけどさ、優先順位が違うだろ]
[ホズミさんは今は、自分の行動についてどう考えてるの?]
「……セイレイ君には、ひどく怒られました。『助けに行くことよりも、逃げることよりも、記録に残すことの方が大切なのか』……って。ね?セイレイ君」
前園がちらりと瀬川に視線を送る。だが、彼はどこか歯切れ悪く視線を明後日の方向に送った。
「あ?あー……ああ。でもさ、ホズミがさ、記録に残すことは大切だって言った話。それを聞いて『確かにな』と思う俺もいてさ。間違いだったのか、正しかったのか、俺はもうわかんなくて……」
「セイレイ、それでいいんだよ」
自分の発した言葉に葛藤する瀬川に対し、一ノ瀬は口を挟む。
「正解か不正解かなんて、所詮人間の編み出した言葉だよ。何が正しくて、何が間違ってるかなんて結局、未来の私達にしか分からない……いや、もしかすると何百年も経ってからしか分からないかもしれない。だから、私達が今できるのは『そういうことをした自分を受け入れること』……だよね。ホズミちゃん」
「うん。一ノ瀬さんの言うとおり。受け入れることって、とても大切なの」
「本名で返事しないでよ……」
げんなりとうなだれる一ノ瀬に対し、前園はクスリと笑った。
「どうせ総合病院ダンジョンで本名バレてるじゃん、今更だよ」
「まあ、それはそうだけどさあ……まあいっか。ハリボテゴボウって呼ばれるよりはマシだし」
一ノ瀬の”ハリボテゴボウ”という言葉に瀬川は顔を逸らして、「んぐっ」と笑いを殺す。前園はそんな二人のやり取りに柔らかな笑みを浮かべた。
それから真剣な表情に顔を戻し、言葉を続ける。
「そう。私が大切だと思うのは、『受け入れること』だと思うんです。良いも悪いも関係ない……確かに、自分の居場所が欲しくて、他人を蹴落としたい気持ちも分かる。他人を見下して、自分が優位に立ちたいこと。それも分かる。だからこそ、私は皆の想いを理解したい。配信を観てくれる皆が、『ここに居ていいんだ』って思えるような配信にしたいんです」
[受け入れる受け入れるってさ、そう生半可なことじゃないだろ]
[荷が重くないか?十人十色、いろんな意見があるんだぞ。全部を受け入れるってことは、全部の意見と向き合うってこと。辛い言葉も、厳しい言葉も、心無い言葉も。全部お前らに降り掛かるんだぞ]
[これに関しては同意。さすがに無茶を言ってると思うし、出来ないことは言わない方が良い]
[でも、それが出来たらすごいよな]
[まあな、でも理想論だろ]
やはり、不安げなコメントが流れる。理想論だ、無茶だと。
確かに事実だ。まだ16歳である前園には、荷が重い話だというのは重々理解していた。
前園も、魔災に墜ちた世界を生き抜くたった一人の少女である。だがそれ以上に、彼女は勇者パーティの配信ナビゲーターだった。
「わっ」
「ホズミちゃん?」
前園は、いきなり瀬川と一ノ瀬の肩を抱き、自身へと密着させる。
「もちろん、私ひとりじゃ無理です。だから、皆がいるんです。皆で抱えて、悩んで、向き合って。私達が皆の居場所を作ります。作りたいんです、敵じゃなくて味方なんだ、理解したいんだって。敵はたった一つ、過去の私自身であればいいと思っています」
「過去の?」
その言葉の真意を掴めず、一ノ瀬は首を傾げた。
「うん。間違ったことをした、どうしようもないことをした。もう二度と取り返しがつかなくて、それでも戻りたいと願う気持ちは誰にでもあると思う」
「……」
かつて、己の師を殺めた一ノ瀬はその言葉に黙りこくる。
彼女の事情をなんとなく理解している前園は、一ノ瀬の肩を優しく叩いた。
「でも、戻れないよね。死は不可逆的で、それありきで人生が進むから。だから、敵はそれだけでいい、理解できないのは当然。分からないのは当然。知識を持つ人間が間違うのは当たり前のことだよ。争って、潰し合って……居場所を奪い合ってしまう。敵だって思ってしまうから、味方だと思えないから」
「それで、皆に味方になって欲しい、ってことか」
瀬川の言葉に、前園は強く頷いた。
「そう。だから私はこの配信を開きました。この配信を観ている人達は皆味方なんだ、同志なんだ。それを分かって欲しかったから、十人十色、色々あると思う。でも、敵じゃない。私達を応援してくれるって気持ちが繋がっている限り、貴方達、私達は味方なんです」
ドローンのカメラに映る前園の姿は、希望に満ちていた。真っすぐな目で、一時も目を逸らすことのない彼女の姿。
その彼女が紡ぐ言葉に、徐々に人々は心動かされ始める。
[味方なあ]
[ごめんなさい、俺も攻撃的なコメントしてたかも]
[いいよ。ホズミさんの言う通り、誰だって間違えるんだろ]
[すぐになんとかしてほしいとは言わないよ。少しずつ俺達も言葉を合わせて行こう]
[うん、ありがとう]
[というかさ、少し質問]
「……?どうしました?」
[noiseさん……一ノ瀬さん、口調違わない?誰この人]
コメント欄の鋭い指摘に、一ノ瀬は「ぶっ」と顔を背けて吹き出した。
「今それ関係ある……?べ、別にいいじゃん」
[俺も気になってた]
[わかる]
[そう言えば家電量販店ダンジョンの時もちょっとだけその片鱗見せてたな]
[キャラ作りか]
[まあ配信にはキャラ作りは必要不可欠だもんな]
「……言われてるぞ、姉ちゃん」
にやにやと楽しそうに瀬川は一ノ瀬を見る。
「あー、あーーーー私は何も知らない、聞こえない、オフだから今は!!そんな日があってもいいの!!」
「……一ノ瀬さん……」
同情するような目線を前園は送った。
一ノ瀬は両手で顔を隠しながら言い訳がましく呟く。
「だってぇ……大事な話してるのにさぁ……キャラ作りしてたら空気読めってなるでしょぉ……」
[なんかごめん]
流れたコメントを見た一ノ瀬は、もう一度小さく噴き出した。
「……や、まあ……皆お互いを知らないだけだもんね。じゃあ、今日は皆を知る為の配信にしよっか」
[雑談配信枠か]
[まあ、お互いを知るきっかけにはなるよな]
[ありよりのあり]
「雑談配信……そういうのもあるんだ」
瀬川はその言葉の意味をちゃんと理解できていないようだ。
そんな彼に対して前園は、その流れるコメント欄に楽しそうに笑みを零す。
「うん!お互いを知るきっかけになるなら何度でも開くよ、雑談配信!大丈夫、安心して、何でも話して欲しいよ」
「あ、じゃあ俺からいい?さっきの恨み言なんだけどさ……エス……なんとか、って言うの。分かってて押し付けただろ」
ここぞとばかりに意見を述べた瀬川に、前園は申し訳なさそうに頭を下げる。
「……ごめん」
[え、それ何の話?]
[配信前に何してんだこのカップル]
[付き合ってるの?]
あらぬ方向に話が飛び交い始めたコメントに、前園は顔を赤くする。
「なっ……そ、そんな訳ないでしょ、第一私とセイレイ君は……ぅ」
「そうだよ、ホズミと俺が付き合うなんて絶対になっ、痛い痛い、なんで!?」
無神経な言葉を発した瀬川。
突如として彼の頭を、冷ややかな目で前園は何度も叩きだした。
「えっ、ちょ、何!?いきなり何!?有紀姉ちゃん、何とかして!?」
困惑する瀬川は、助けを乞うように一ノ瀬に視線を送る。
だが一ノ瀬は、うんうんと納得したように頷くばかりで助けの手を差し伸べようとしない。
「今のはセイレイが悪い。もっとやれー、ホズミちゃん。悪しきセイレイを成敗しろー」
「姉ちゃん何言ってるの!?と、止めてー!!放送事故!!放送事故だから!!」
「このっ!馬鹿、にぶちん!!あほ!あほ――――っ!!」
[確かにこれはセイレイが悪い]
[一ノ瀬さんTS前オッサンだったりしない?]
[↑ごめん笑った]
[茶化し方がヤジ入れるおっさんなのよ]
[あまりにも鈍感すぎてホズミちゃんが可哀想になる]
[ご愁傷様]
[R.I.P]
[まあこれくらいの距離感の方が見ていて安心できるのはない?]
[↑気持ちは分かる]
[わかるわぁ]
その勇者一行の雑談配信は、視聴者を巻き込む形で進んだ。
魔災に墜ちた世界で、久しぶりに人々は改めて一致団結したような気持ちを覚える。
希望は、確実に伝播していた。
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配信を終えたセイレイは、ダンジョンに潜った訳でもないのに呼吸が乱れ、疲れた様子を見せていた。
「ぜぇ……はぁ……酷い……穂澄」
前園も同様に息が上がり、ぺたりと座り込んだまま瀬川を睨む。
「セイレイ君が……はぁ……悪い……っぅ……」
最初こそ茶化すように楽しんで眺めていた一ノ瀬だったが、あまりにも揉め続ける二人に呆れた様子を見せる。
「喧嘩するほど仲が良いって言うけどさあ……にしては喧嘩しすぎでしょ」
「久々に喧嘩したよ……俺らだって……」
「ほんっとにね……」
息が上がり、完全に疲弊した瀬川と前園。
そんな彼らに近づく人影が一つ。
「相変わらず、仲睦まじそうで何よりだよ。セイレイ、穂澄」
何度も聞いた声。今までは安心感を抱くことが出来たその声。
三人は表情を強張らせて、その声の主に視線を送る。
「……センセー……」
瀬川はじっと、千戸 誠司を見上げた。彼は無表情のまま瀬川を見下ろす。
「……一ノ瀬から、話を聞いたな?俺が、ディルに提案してスパチャブーストを配信者に付与するよう仕向けたことを」
「……聞いた。何で、センセーはそんなことをしたの?」
敵として見るべきか、味方として見るべきか。瀬川は分からずにじっと千戸を見上げる。
だが、彼の表情は未だに読めない。
「セイレイの為、ひいてはお前らの為だ」
やはりというか、千戸は何度も聞いた言葉のみを告げた。だが、瀬川は納得がいかず首を横に振る。
「ディルもそうだけどさ、俺の為だって言われても分かんないよ。なんで俺一人の為にそんな皆が死んじゃうようなめちゃくちゃな事をするのか、分からない」
「……」
千戸は、瀬川の質問に答えることはない。勇者一行の顔を一人一人見やった後、踵を返す。
彼らに背を向けながら、千戸は勇者一行に語り掛けた。
「お前らがさっき訪れた商店街……その奥は、ダンジョンになっている。その最深部で、俺は待つ。焦らなくてもいい、準備をしっかりとな」
「……え?」
一ノ瀬はその言葉に瞬時に思考を巡らせる。
ダンジョンの最深部?ダンジョンボスは?一人で、どうやって?ディルと繋がっているから?
……運営?
様々な憶測と疑念が一ノ瀬の脳裏を渦巻く。
同様に、聡明な前園も一ノ瀬と似通った考えが過っていただろう。だが、それでも前園は立ち上がり、千戸の背中を真っすぐに見る。
「私は、信じています。センセーは何も考えなしにこんな事をしないことを。信じたいんです、信じさせてください!!」
「……信じるだけでは、どうにもならないこともある」
千戸はそれだけを返し、集落を後にした。
再び静かになった草原の中。
前園は一ノ瀬の方へと向き直り、深々と頭を下げる。
「……次のダンジョン配信。私が配信に出てもいいですか。ドローン操作……ナビゲーターを、一ノ瀬さんに交代して貰うことになりますが……」
千戸が何を考えているのか分からない。
セイレイの為に行動する先に、何を見据えているのか分からない。
分からないから、知らなければならない。聞かなければならない。
前園は、沸き起こる不安と恐怖から目を逸らすことなく、向き合おうとしていた。
To Be Continued……




