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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
③商店街ダンジョン編
70/322

【第三十三話(2)】 居場所と希望(中編)

「ふん、ふんふふ~ん♪」

前園は鼻歌を歌い、スキップしながら集落への道のりを歩む。実際にはスキップのテンポが分からないのか、歩きながらジャンプをしているようにしか見えないのだが。

「……穂澄ちゃん、なんだかご機嫌だね」

テンションの高い前園について行くことが出来ず、一ノ瀬は唖然としていた。

だが、そんな一ノ瀬に前園は笑顔で振り返る。

「えへへ、そうかなっ。何だか皆と今度こそ力を合わせれるんだ―って思うと、すごく楽しくて!」

「まあ、それなら……良かった?」

困惑しながらも、前園の機嫌が戻ったことに一安心する一ノ瀬。彼女は次に瀬川に耳打ちをした。

「……セイレイ、私、穂澄ちゃんの声が弾んでるの初めて見たよ……」

「姉ちゃん、俺もだよ……いっつも難しい顔してる姿しか見たことない」

「まあまあ、それだけ瀬川君も、一ノ瀬さんも彼女にとっては大切な居場所の一つなんですよ。それが戻ってきたことが嬉しくて、嬉しくてたまらないのでしょう」

二人の会話に割って入った森本が、温かい目をしてそう言う。

森本の言葉に気づかされた瀬川と一ノ瀬の表情に、再び反省の色が映る。

「穂澄には悪いことしたな……」

「うん、もう同じことを繰り返しちゃだめだね。私達の居場所はここなんだから……それはそうとさ」

突如として真剣な表情になった一ノ瀬。彼女に釣られるように、瀬川の目も真剣なものになる。

「どうしたのさ、姉ちゃん」

瀬川が聞き返すと、一ノ瀬は申し訳なさそうに頭を下げた。

「……いや、私のわがままでセイレイにも嫌な思いさせた事、謝りたくてさ……ごめん」

その言葉に瀬川は慌てて首を振る。

「え、俺気にしてないよそんなの!姉ちゃんは姉ちゃんで大変な思い抱え込んでたもん、仕方ないよ」

「大変な……思い、そうだね。うん……やっぱりさ、私思うんだ」

「ん?」

そこで一ノ瀬は先に歩みを進める前園と瀬川を交互に見やった。

「千戸先生の話。もしかしたら、千戸先生……何かとんでもないことを企んでいるのかもしれない」

「……俺の、為だって言ってたよね」

「うん……それでね」

「どうしたの?」

一ノ瀬は、ずっと疑問に感じていたことを瀬川に投げかける。

「セイレイって、ディルと言い千戸先生と言い。何かと気に入られてるみたいだけど……何か、心当たりってある?セイレイに一体何を見出しているのか、気になって……」

瀬川は顎に手を当てて、改めて自分が置かれた状況を考える。

だが、いくら経っても瀬川の中に答えは出なかった。

「……ごめん、分からない」

「魔災前ってどんな子供だったの?もしかしたらそこにヒントがあるかも」

一ノ瀬の指摘に、瀬川は次に自身の過去について思い返そうとした。しかし、いくら思考の糸を辿っても、瀬川がかつて歩んだ過去の姿は朧げなままだ。

「俺が……子供の頃……魔災前……。覚えてない……ごめん」

どれほど思い返そうとしても、(もや)がかかったように記憶は一向に蘇らない。

答えを示すことが出来ず、申し訳なさそうに俯く瀬川。

「そっかぁ……」

その瀬川の頭を一ノ瀬は優しく撫でる。

「な、なんだよ」

「セイレイが気にすることじゃないよ。魔災の後の方が印象に大きいもんね、生きるだけで精いっぱいだったし」

「……うん」

「嫌なこと聞いちゃったかな。ごめんね、穂澄ちゃんも待ってるし行こっか」

一ノ瀬は瀬川の手を引いて、小走りで前園の姿を追いかける。

彼女の、少しだけ冷たい手の感触を感じながら瀬川は自身の過去に思いを馳せる。


----

ふと、突如として瀬川の思考がジャミングされたような感覚に陥った。

記憶の映像が大きく乱れ、歪んだ思考の断片が瀬川の脳裏に移し出される。

『——まだ…………階……ぞ……!』

『——も、怜輝君の為…………し…………!!』

映るのは、真っ白な壁に囲まれた無機質な空間。その中を行き来する白衣を着た人達が行ったり来たりしている様子が微かに映る。


乱れた映像の中、鮮明に映るものがあった。

白衣を着た、無精ひげを生やした中年男性の姿が映る。

顔は分からない。だが、どこか懐かしいような気持ちになった。その男性は、瀬川の方に真っすぐ顔を向けて語り掛ける。

『怜輝。お前には、これから辛いことが待ち受けているかもしれない。何もかもリセットされた世界がお前を待ち受けている。だが、その世界でお前は生きるんだ。……零から。その思いを忘れないように、お前をこう呼ぼう。

——生・零(セイレイ)……と』

----


「……?」

瀬川はその脳裏に映し出された映像に足を止める。

「どうしたの?セイレイ」

一ノ瀬は不思議そうに、瀬川の顔をじっと見た。何か物思いに耽る表情の瀬川に疑問を抱く。

「う、ううん、何か思い出せそうな気がしたんだけど……上手く言葉に言い表せないや」

「そっか……追憶のホログラムにセイレイの思い出があると、いいね」

「うん。俺も、知りたい。俺の根底が何なのか分からないのは嫌だもん」

「二人とも、早く早く!もうすぐ集落に着く!!」

前園が元気に飛び跳ねる姿に、一ノ瀬と瀬川は思わず苦笑を漏らした。

「穂澄ちゃんも結構純粋なとこあるんだね……行こっか、セイレイ」

「うんっ」


瀬川は思考を切り替え、再び小走りで前園を追いかける。

思考の断片に移し出された、瀬川のいつかの記憶。

価値観、居場所、世界。色々な言葉が瀬川を取り巻いていく。

暗雲閉ざされた世界で、瀬川だけが唯一の天明だった。勇者セイレイとして開く配信が、回線を介して、光を繋げていく。

ひたむきに純粋な想いは、やがて人々にシンパシーを生み出す。

天明のシンパシーは、徐々に、しかし確実に形を紡いでいた。


★★☆☆


道の駅集落に戻った勇者一行。開けた草原の上に腰掛けた前園は、パソコンとドローンを一ノ瀬に託した。

しかし、その表情は硬く、そわそわと辺りを見渡す。

「うう……緊張するなあ」

ドローンの前に立った前園は、ここにきて緊張がこみ上げてきたようで何度も深呼吸を繰り返していた。

「大丈夫?配信変わろうか?」

パソコンを操作する一ノ瀬が心配そうに前園を見やる。だが、彼女は首を大きく横に振った。

「いやだっ、私がやるの!これが私がやりたかった配信なんだから……」

「そうは言っても穂澄。全身が震えてる」

「ううううううううるさいっ、これは……そう!武者震いなのっ!」

あまりにも緊張が全身に現れている前園に思わず一ノ瀬は噴き出した。

それから、一ノ瀬は体を起こして歩みを進める。前園の隣に腰掛けた一ノ瀬は、彼女にピタリとくっついた。

「え、あ、一ノ瀬さん?」

「ほら、私も隣にいるよ?セイレイ、こっちにおいで!一緒に配信しよ」

「姉ちゃん、いいアイデアじゃん!じゃあ俺も穂澄の隣に……」

「ひゃわっ」

あっという間に瀬川と一ノ瀬の間に挟まれた前園。彼女は動転したまま両側に座った二人を交互に見やる。

「ううー……、あ、ありがとう……」

二人が隣に居てくれることに安心感を覚えたのか、前園はどこか恥ずかしそうに俯きながら感謝の言葉を告げた。

「ふふ、どういたしまして。じゃ、配信を始めるよ?今回、スパチャは関係ないから設定切っておこっか」

「うん、それでお願いっ」

一ノ瀬の提案に、前園はこくりと頷いた。

それから、前園ほどではないが流れるタイピングでSympassを操作。しばらくしてから、パソコンのスクリーンとドローンのホログラム上に瀬川達の姿が映し出される。

しばらくじっと配信画面を見て待っていたが、やがて同接数のカウントが増え始めた。それに伴い、コメントが流れる。


[こんにちは、勇者様]

[待ってました!]

[あれ?今日はダンジョンじゃないの?]

[真ん中の女の子誰??]

[可愛い]

[お人形さんみたい]

[もしかしてナビゲーターさん?]

[てかスパチャ送れないんだけど……]

[スパチャスパチャってうるさいなあ]

[↑噛みつけば良いってもんじゃないぞ]

[番犬かよww]


やはり、コメント欄には攻撃的な言葉が時々流れていた。

前園はそのコメント欄に胸を痛め、表情が曇る。

——現実に、居場所がないから。ここに居ていいんだって、誰も認めてくれないから。

不安げに俯く前園の手の上に、パソコンを膝の上に置いた一ノ瀬が自身の手を重ねた。

「……大丈夫だよ、穂澄ちゃん。始めるんでしょ?希望の配信」

「……うん」

前園はこくりと頷き、覚悟を決めた顔をしてドローンのカメラを真っすぐに見つめる。その先に存在する視聴者を見据えるように。

「……こんにちは。私は、勇者パーティの配信ナビゲーターを務めている、ホズミです」


ここから始めるんだ。

皆がもう、居場所を見失わないように。

その思いが、前園を突き動かす。


To Be Continued……

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