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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
③商店街ダンジョン編
65/322

【第三十一話(3)】 現実にはない居場所(後編)

ダンジョン配信のコメント欄が荒れていることなど知りもしないセイレイとnoise。


「まずは様子見、だなっ!」

noiseはヘドロ状の異形に向けてダガーを投擲。空を切るそれは、真っすぐに異形の体に突き刺さる。

「ゥ……アア……」

呻くような声を上げながら、異形はその体をnoiseの方へと傾ける。まるで形の掴むことのできない異形に顔はないが、全身の動きは”怒り”を表現しているようにも感じた。

異形の視線がnoiseに集まっている最中、セイレイはnoiseの後ろから躍り出るようにして宣告(コール)する。


「スパチャブースト”青”!!」

[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]

システムメッセージがコメントログに表示されると共に、セイレイの両脚を淡く、青い光が纏う。

その両脚でアスファルトの地面を蹴り上げる。砕けたアスファルトと土煙が後方へと舞い上がった。

「ぜあああああああっ!!!!」

セイレイは顕現させたファルシオンを上段から異形へと斬り下ろす。それに対応できなかった異形は、瞬く間に絶命しその身体が地面に溶けるように消えていく。


[すげええええ]

[やっぱ戦いの技術が違うわ]

[カッコいい]

[がんばれー! 1000円]

[まだ送ってなかったのかよw]

[いいだろ別に]

[応援してるなら先に送れよ]

[わかる]

[どうせ一回しか送れないもんな]

[残り:3]

[撃破数:1]

[↑いる?]

『……はぁ……』

ホズミは荒れたコメント欄を眺めて、ため息を吐いた。

どうしてこうも関係ないことに、思考を使わなければならないのだろう。

今はそんなことに思考のリソースを割くべきではないのに。

焦燥と、諦念の想いが脳裏を支配する。

その思考は、徐々に配信ナビゲーターであるホズミの意欲を奪っていた。


ホズミの胸中とは反して、戦いに専念するセイレイとnoise。


突如として、異形のヘドロの肉体は崩れ、溶け始めた。

「なっ……!?」

瞬く間に地面と同化した異形の姿に、セイレイは驚愕の声を漏らす。

しかしそんなセイレイに対して、noiseは冷静だった。姿勢を低くかがめて宣告(コール)する。


「スパチャブースト”青”」

[noise:影移動]


そのシステムメッセージと共に、noiseも異形と同様に地面に沈むように陰に消える。

「ア……ァァ……?」

異形は姿を消したnoiseに困惑の声を上げ、お互いに身体を傾け合う。

だが、そんな偉業を他所にnoiseの影はゆっくりと動き始めた。

やがてnoiseの影は、異形が溶けた先に重なる。

その瞬間。

「そこだっ」

「ア゛ァッ……」

noiseの声が地中から響く。それに重なるように異形の苦悶に満ちた声も響き、突如として地中から弾かれるようにして飛び出した。

吹き飛ぶ異形の体は、商品棚に衝突し体制を大きく崩す。

「やああああっ!!」

その崩れた体制の異形に、セイレイはすかさずファルシオンを構えて振り抜く。それは、異形の胴を捉えた。

「ァ……」

真っ二つに身体を切り裂かれた異形の体は、徐々に灰燼と化していく。

それを確認したセイレイは再び宣告(コール)

「スパチャブースト”青”っ!!」

[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]

再びセイレイの両脚を淡く、青い光が纏う。それを確認した後、残った異形の元へと一気に距離を縮める。

「ぜああああああああ!!」

そして、セイレイは大振りに剣を振りかぶった。


[撃破数:4]

[残り:0]

[やっぱ他と違うわ]

[すげぇ]


----


「あれ?ダンジョンボスはいないのかな?」

やがてスーパーの最深部へとたどり着いた勇者一行。七色に光る追憶のホログラムを前にして、セイレイは首を傾げた。

疑問に答えるように、noiseは追憶のホログラムへと歩みを進める。

「それほど大きくないダンジョンだと、追憶のホログラムの守護者はいないことがある」

「そうだったんだ、初めて知った……」

「まあ、説明する機会が無かったからな……こんなことになることが分かっていたのなら説明したんだが……」

noiseはどこか責任を感じているようで、歯を食いしばる。

”こんなこと”というのは、一部の配信者にスパチャブーストの付与を行ったことだ。

千戸の指示でディルが実行に移したという事実が再びnoiseの脳裏を襲い掛かる。

——ダンジョンを攻略してしまえば、再びまた現実と向き合わなくてはならない。


その事実を理解しているからこそ、noiseは分かっているのに追憶のホログラムに手を近づけられずにいた。

だがnoiseの抱く葛藤など知る由もないセイレイは、興味深そうにさっさと手を追憶のホログラムへと近づける。

「あっ……」

思わずnoiseは困惑の声を上げた。セイレイはそんな彼女の様子にきょとんと眼を丸くする。

「え、姉ちゃん。何か俺悪いことした?」

セイレイのせいではない。そんなことは分かっているが、現実を拒むnoiseの口調は思わず荒くなる。

「……別に、なんでもねぇよ」

「……そう?」

明らかに吐き捨てるような彼女の姿にセイレイは違和感を抱く。

二人の空気は、険悪なものになっていた。


だが、すでに追憶のホログラムは起動を始めていた。

地面を迸るプログラミング言語。光が、彼らのいる空間を覆いつくす。

世界はかつての姿に書き換えられる。


『いらっしゃいませー当店のセールはこちらです!』

『3番レジ、応援お願いします』

『すみません、調味料売り場ってどこですか』


かつての大型スーパーで和気あいあいと、買い物をする客の姿が映る。

ある者は楽しそうに子供と手をつなぎながら。ある者は、スーツ姿でくたくたの表情で歩きながら。

様々な想いを抱いて食材を求める人たちの姿がホログラムを介して映し出される。


[やっぱ懐かしいわ]

[また総菜食べたいな、結構好きだったんだよな]

[半額セールを待ったりな]

[わかる。シール持った店員を囲うようにして皆立ってるの]

[ハイエナかな?]

[ハイエナだわ]

コメント欄は、かつてのスーパーでの思い出を語るコメントで埋め尽くされる。

配信ナビゲーターを務めるホズミにとっては、各々の想いが映し出されるこの瞬間に最も配信を行う上でのやりがいを感じることが出来る瞬間だった。

だが、今はそれよりも気になることがある。


noiseは、苛立った様子で足で地面を叩く。

「……セイレイ。スケッチしないのか?」

鋭い相貌で睨まれたセイレイは恐怖に怯え、思わず身を縮こまらせる。

「あ、えっと、うん。今は良いかな、って……」

「あっそ、まあいいけどさ」

どうしてnoiseはこれほどまでに苛立っているのか分からず、セイレイは困惑を隠すことが出来ない。

「……姉ちゃん、俺なんか悪いことした……?直すところがあったら言って?」

「……」

セイレイは勇気を出してnoiseに問うが、肝心の彼女は質問に答えることなく明後日の方向を見ていた。

実際にはセイレイに非はなく、noise自身の八つ当たりに過ぎない。しかし、そのことをセイレイが知る由はなかった。

険悪な空気のまま、ホズミはドローンを操作。追憶のホログラムへとそれを近づけていく。


『……それでは、追憶のホログラムを融合させますが。大丈夫ですか』

「え、あ、うん……大丈夫」

「……ああ」

重苦しい。

こんな気持ちでダンジョン配信をするなんて、とホズミは思わず気落ちする。

今回は難易度も低く、つつがなく配信を終えることが出来た。

しかし、これがずっと続くのか。

逃げ出したい、もう配信をしたくない。こんな気持ちでずっと一緒に配信なんかできやしない。

そんな気持ちを胸の奥に抱いたまま、ホズミは宣言も忘れてドローンと追憶のホログラムを融合させた。


眩い光が、ダンジョンを包み込んだ。

しかしそれも一瞬のことで、その光はドローンに吸収される。


[information

サポートスキル”支援射撃”が強化されました。:弾数1→2]


--当配信は終了しました。アーカイブから動画再生が可能です。--


★★☆☆


陰鬱な気持ちを抱いたまま、前園はダンジョン配信を終了させた。

「……ずっと、このまま続けるつもりなの?」

多くの配信者に配られたスパチャブースト。その瞬間から大きくSympassを介したインターネットの世界は狂いだした。

熱狂的に、狂信的に、勇者セイレイ達の配信を観る視聴者たち。お互いの居場所を奪い合うように、互いに非難し合うコメント欄。

一ノ瀬は現実から目を逸らし、インターネットの世界に逃げようとする。

瀬川はその状況に気づくこともなく、単純に評価されることを喜ぶばかり。


もう、何を、誰を頼ることが出来るのか。前園は配信を続けることの意味を見失いつつあった。

そんな彼女の胸中を知る由もない瀬川と一ノ瀬は、ダンジョン攻略を終えたとは思えない表情でガラスドアから姿を現す。

「……」

一ノ瀬は未だ苛立った雰囲気を隠そうともせず、黙って明後日の方向を見ている。

「……戻った、よ……」

そんな一ノ瀬に怯える瀬川。彼はそそくさと逃げるように前園の元へと小走りで駆け寄った。

二人の間に漂う、ピリピリと威圧感漂う空間。

ついに、前園はどこか諦念を抱いた。


——もう、いいか。

やがてその答えにたどり着くまで、そう時間は掛からなかった。


「——セイレイ君、一ノ瀬さん」

静かに、前園は語りかける。慎重に、聞き漏らすことのないように。

重みのある切り出し方に、何か重要なことを話そうとしている。そう悟った二人は、静かに前園の続く言葉を待つ。


「……配信は、もうやめましょう」


一瞬の沈黙が、彼らを包む。

「……は?」

やがて一ノ瀬の顔が大きく苛立ちに歪みだす。

次の瞬間には,一ノ瀬は十も年下であるはずの前園の胸倉を掴んでいた。

「おい、何を言っているんだ穂澄!ダンジョン配信を続けなかったら、誰が、誰が……!!」

大きく栗色の髪を振り乱しながら一ノ瀬は、前園に食って掛かる。

だが前園は飄々とした表情を崩さず、一ノ瀬の目を見据えた。


「……そんな状態の貴方と、配信をしたくありません」

「……なんで……?」

「穂澄……一体、何を言って……」

一ノ瀬も、瀬川も。前園の言っている言葉の意味を完全に理解できない。

故に二人とも同時に呆けた顔で、彼女の——配信ナビゲーターの顔を見る。

だが前園の意思は変わらない。

じっと一ノ瀬を見つめ、それから大きくため息を吐いた。

「……一ノ瀬さんは、どうして配信にこだわるのですか。あなたほどの実力者なら配信がなくともダンジョン攻略が可能なはずです」

その質問に一ノ瀬は言葉を詰まらせる。だが、彼女はどうにか言葉を紡いでいく。

「そ、それは……だって、みんなと一緒じゃなきゃ意味がないし……」

「確かに、皆で配信する、そこに勇者パーティとしての意味がある。というのは事実です……ですが今日の貴方は何ですか、まるで現実から逃げるみたいに、現実に帰りたくないみたいに」

「……穂澄ちゃんには分からないよ」

一ノ瀬はポツリと呟いた。だが、真実を知らない前園は聞く耳を持たず、パソコンをリュックサックに片付け始める。

「分からない、知らない。一ノ瀬さんはそればかりですね……どうしてそこまで何もかもを隠そうとするんですか?」

「それは、二人の為を想って……!!」

「セイレイ君が苛立ちを隠そうともしない貴方に怯えてるんですよ!?そこまでして、何が私達の為ですか!!」

「——っ!」

彼女の言葉にハッとした一ノ瀬は瀬川の方を振り向いた。今になって気づいたと言わんばかりに、後悔の念が一ノ瀬を取り巻く。

だが、前園はそこで話を止めることなく、更にまくしたてる。

「そんな状況で、良くもまあ私達の為だって言えたものですね!?自分のやっている行動を振り返ってみてくださいよ、頭の良い貴方なら分からない話じゃないでしょう!?」

「……私は、大人だから……二人のことを考えて……」

「十年もほとんど他人と関わることのなかった貴方のどこが大人ですか!!」

「……ぅ」

言ってしまった。この言葉は一ノ瀬を最も傷つける言葉だと分かっていたはずなのに。

だが、一度出してしまった言葉は引っ込めることが出来ない。

前園はその勢いのまま、さらに一ノ瀬を傷つける。

「十年間ずっと他人とほとんど関わらなかった貴方の精神年齢は私達とそう変わらないんですよ!他人との、社会との関わりを断って!!そして配信……ネットの世界に逃げ込もうとしている貴方のどこが大人ですか!!」

「やめろ穂澄!!言い過ぎだ!!」

黙って二人の様子を見守っていた瀬川だったが、とまることなく言葉の刃を突き立てる前園を止めようと彼女の両肩を掴む。

だが、前園は瀬川をも涙目で睨んだ。

「セイレイ君もセイレイ君だよ!!居場所がここじゃないって何!?私達の十年間は何だったの!!ずっと、一緒に魔災以降逃げ延びて……一緒に支え合って生きて行こうって言ったじゃん!!」

「っ……穂澄……俺は」

「ふざけないで!!私がどんな思いでセイレイ君の、勇者一行のサポートを行ってると思ってるの!!本当に力になれてるのかな、本当にこのやり方で正しいのかな、ってずっとずっとずっと!!私は私なりに裏方の役割としてやってるんだよ!!ちゃんと皆が生きて帰ることのできるように!!そんなダンジョン配信を現実から逃げる手段に使うな!!!!」

前園の悲鳴にも似た絶叫は、静かに反響し虚空へ溶けていく。

瀬川も、一ノ瀬も彼女の言葉に何も言い返すことが出来なかった。

「……もう、いいです。私は、配信をもう開きたくありません……勇者パーティは解散にしましょう」

前園は二人を残し、一足先に集落に足を運ぶ。


勇者パーティの崩壊の足音が聞こえた。


To Be Continued……

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