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天明のシンパシー  作者: 砂石 一獄
③商店街ダンジョン編
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【第三十一話(2)】 現実にはない居場所(中編)

魔物の巣窟であるダンジョンは、大小問わず様々な施設の中に存在する。


今、勇者一行は大型スーパー店舗の前へと訪れていた。

きらきらと目を輝かせてドローンのホログラムが表示するコメント欄を確認する勇者セイレイ。

彼とは反対に、じっと目の前のガラスドアから中の様子を覗く盗賊noise。

配信ナビゲーターを務めるホズミは、カメラに映らないように壁に隠れていた。

普段であれば、そこに彼らの恩師である千戸がホズミの隣に立っているはずなのだが、今彼はそこにはいない。


スパチャブーストの配信者達への付与。当初こそ様々なダンジョン配信者が増えることを視聴者は期待していた。

しかし、いざ蓋を開いてみれば起こったのは、阿鼻叫喚の地獄絵図。

瞬く間に現実を知った配信者達は一部の戦闘技術を持つ者達を除き、ダンジョン配信から手を引かざるを得なかった。

それに伴い、勇者セイレイ達の配信がどれほど優れたものであるのかを視聴者たちは知る。

以上の経緯を経た結果、生み出されたそのコメント欄にホズミは思わず頭を抱えた。


[お前らしかいない 1000円]

[勇者様、私は貴方達に期待しています 1000円]

[50000円くらい送りたい 1000円]

[いけいけー! 1000円]

[最高 1000円]


次から次に流れる、勇者達を崇拝するようなコメントと、飛び交うスーパーチャット。

ダンジョン配信を行うためにほぼ必須と化しているスパチャを受け取れること。それ自体はありがたいのだが、この状況は明らかに異質だ。

もはや狂信にも似たコメントが、確認できないほどの速度で流れていく。

セイレイは何の疑いも持たず、加速するコメント欄を眺めて嬉しそうに笑う。

一方でnoiseは、コメント欄をちらりと見やった後、安心したように、しかしどこか自虐的な笑みを浮かべた。


視聴者は徐々に狂信を加速させ、それに自覚することのない配信者達。

異質な状況が、そこにはあった。

その状況にホズミは、静かにインカムを外しぽつりと呟く。

「……皆、これがやりたかったダンジョン配信なの……?これって、本当に希望の配信なの……?」

彼女の呟きはマイクに拾われることはなく、またセイレイとnoiseの耳に届くこともなく虚空へと溶けて消えた。

疑念が沸き起こるホズミをよそに、セイレイはにこりと笑ってスーパー前のガラスドアに立つ。

彼の隣に、短剣を構えたnoiseが並ぶ。それから思い立ったようにセイレイの方へ顔を向けた。

「前回の総合病院の規模と比べると、今回はさほど難しくはないだろうな。……だが、油断はするな」

「うん、分かった」

noiseの言葉に、セイレイは冷静さを取り戻す。振るう右手からファルシオンを顕現させ、柄をしっかりと握る。

ホズミは小さく息を吐いて、思考を切り替える。


思う所はある。不安に、疑惑に、そして不信。

——だが今現在、彼らの命を握るのは自身のサポートだ。

そのことを自覚しているホズミはインカムを装着し直し、キーボードを叩いて宣言した。

「それでは……大型スーパー店舗、ダンジョン配信を、始めます」

彼女の声がドローンのスピーカーから響くと同時に、セイレイは左手でガラスドアを押し開ける。


----


「……っぐ」

普段は飄々としているnoiseの顔が、苦悶に歪む。

「鼻が……曲がりそう……」

セイレイは露骨に泣きそうな顔をして鼻を押さえた。

まず、ダンジョンに入るなりセイレイ達を襲い掛かったのは悪臭だった。

生鮮食品類や、包装の破けた食品類が腐敗した匂いがダンジョン内に充満している。

十年という歳月はあまりにも長すぎた。

ヘドロと化した食品群の上を、灰色の土埃が覆いつくす。崩れた商品棚や瓦礫が、本来の通路を大きく塞いでいた。

セイレイは涙目で鼻を抑えながら、noiseへと語り掛ける。

「……はひゃく……終わらせよう……」

「……」

noiseも眉をひそめながら、こくりと頷いた。


『……大丈夫ですか?』

ホズミは静かに、ドローンのスピーカーを介して尋ねる。

セイレイは首を横に振ろうとして——それからぐっと生唾を飲み込んだ。鼻を抑えていた手を離し、じっと前を見据える。

「……頑張って慣れる。進むよ」

「そう、だな」

noiseもそれに頷き、慎重に瓦礫に囲まれた道を進む。


「うわぁ……」

そのグロテスクな見た目の魔物に、瓦礫の陰に隠れたセイレイは思わず顔をしかめる。

ダンジョン内には、全身が大きく溶けたヘドロ状の異形があちらこちらに蠢いていた。

だがそんなセイレイを他所に、noiseは小さく息を吐いた後”ふくろ”からダガーを取り出す。

「……ホズミ、索敵を」

『わかりました。……サポートスキル”熱源探知”』

ホズミが宣告(コール)すると共に、配信画面内に赤色のターゲットマークが表示される。


[撃破対象数:4体]

[少ないな]

[まあ規模も小さいしな、総合病院が異質すぎた]

[勇者様期待してます!]

[がんばれがんばれがんばれ]

[変なコメントも増えて来たな]

[あんまりログ流れると情報がわからんくなるからやめてね]

[お前もな]

[は?]


『……コメントで言い争いしないでください』

新規視聴者と、以前から見てくれている人とがコメント間で争う様子が見られたことに、ホズミはため息を漏らす。

総合病院でのダンジョン配信時と比較すると、難易度は低い方だ。

その為セイレイとnoiseにとっては敵ではないのだろう。

だが、それとは異なる問題が出てきたことにホズミは頭を抱える。

コメント欄が荒れていることなど知りもしないセイレイとnoiseは静かに各々の得物を構えた。

セイレイがちらりとホズミのドローンへと視線を向ける。

「……ホズミ?なあ、敵は一体何体だ?」

『敵……?あっ、あ、4体です』

その言葉にハッとしたホズミは慌てて報告を送る。

「分かった、ありがとう」

そう言ってセイレイはタイミングを見計らうようにしてファルシオンを正面に構え、アタリを取る。


配信画面に流れるセイレイとnoiseの姿。彼らを応援するコメントが次から次に流れていく。

だが、以前と異なるのは、視聴者同士での言い争いが目立つことだ。新規の視聴者が、以前から居る視聴者に喧嘩を売るような場面が多々見られる。

ただ、皆等しく希望を持ってほしいだけなのに。

新しく視聴しに来た人と、以前から配信を見てくれている人がお互いに居場所を奪い合うように言い争う。


魔災に巻き込まれたからこそ現実はより一層辛く、厳しくなった。それはもちろん分かっている。

現実が辛くなって、インターネットに居場所を見出す。新たに出来た居場所に安心感を宿す、というのも理解できる。

だが、居場所をアピールするために、以前からいた人々を貶めるような行動をとるのは違うはずだ。

「……敵……」

ホズミはぽつりと言葉を漏らす。

敵とは、いったい何なのだろう。魔災に墜ちた世界で、人々はそれでも逞しく生きている。その努力が実を結び、徐々に安心できる場所を見出してきたはずだ。

セイレイ達が描くダンジョン配信は、希望を見出せない人々に手を差し伸べる救いの手だったはずだ。


——だが、この現状は一体何だ。

現実に居場所を見出そうとせず、インターネットにのみ自己投影することが正解だというのか。


一体何が、誰が、敵なのか。

ホズミは繰り返される混乱の中で分からなくなっていた。


To Be Continued……


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